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18話 行方

「ごめん。見失っちゃった」

「死ね」

「率直に酷いっ!」


 場所を少しだけ移動し、壁も崩れた廃墟の中で、レンシュラは視線を寄越しもせず吐き捨てた。リオも相当走り回ったようで、平静を装いながらもシャツの襟はじとりと汗を吸っていた。

 僅かの沈黙。

 とりあえず手当をと、昨晩より傷だらけになっているササハの手をレンシュラが取り、逆に握り返された。

 ササハは強い意志を持ってレンシュラはを見上げた。


「協力、してもらえませんか」


 しかしすぐに迷いが生じ、力を込めていた指先が離れそうになる。


「出来たらでいいので、わたしに」

「何があったんだ」

「さっき、あの子が……ばーちゃ……、」


 途端目の奥から熱が込み上げ、頭の中がめちゃくちゃになる。息が出来ない。吸えば吸うほど、肺が、胸が締め付けられ、酸素を押し戻そうと躍起になる。


「泣いてちゃ分かんないよ」


 リオの冷たい声に我に返る。

 レンシュラがすごい形相でリオを睨みつけたが、その傍らで必死に涙を拭った。溢れて止まらない熱い雫を、無理矢理にでも抑え込む。

 崩れた壁の隙間から月光が差し込み、漂うチリが光を反射している。それら全部吹き飛ばす勢いで息を吐き出し、強い眼差しで顔を上げた。


「ルーベンさん、さっきの男の人を捕まえたいんです。どうか、わたしに力を貸してください。お願いします」


 咄嗟に立ち上がることも出来ず、座ったまま居住まいを正し頭を下げた。

 沈黙。頭を下げたままのササハに、先に口を開いたのはリオだった。


「ルーベンって人? ソイツが何? 何した人なの?」

「なにって……?」

「今朝はフェイルに子供を殺されて、それを恨んでる男だって話だったでしょ。なのにさっきは虐待がどうとか言ってなかった? 結局なんな訳?」


 リオは二歩ほど下がって壁に背を預け、わざわざ聞く体制をとって見せた。

 遠回しな許諾に、ササハの眉尻が下がる。


「ルーベンさんは、さっきの黒い子のお父さん」

「黒い子?」

「探していた未開花のフェイルだ。獣の姿をしていたが、本来は幼い子供だったらしい」

「ルーベンさんは嘘をついてた。あの獣みたいなフェイルが子供を殺したんじゃなくて、あのフェイルがルーベンさんの子供だったの」


 付け足された言葉に、リオが頷く。


「ルーベンさんは奥さんのこと売っちゃったり、子供のことも鎖で繋いで、ぶったりして虐待してた」

「だからあのフェイルは父親に固執していたのか」

「すっごいクズだね、その男」

「それで……。それで、あの子が謝ったの。わたしに。――紙のおばーちゃんを、お父さんから守れなくてごめんなさいって」


 息を呑んだのはのは誰だったのか。


「確かめないと、ばーちゃんをっ……あの子、持っていくって、お父さんはみんなあそこに持っていくって言ってたから、だから、ばーちゃんもそこに……」

「…………それが、さっきお前がフェイルと話していた内容なんだな?」


 レンシュラの言葉に、ササハはこくりと頷いた。リオは険しい表情を浮かべていたが、特に何も言わなかった。

 レンシュラが立ち上がる。


「事情は分かった。俺が行く。お前たちは先に宿に」

「それは駄目!」

「……大丈夫だ。相手は一般人だ。俺一人でも」

「そうじゃなくて、駄目なの。戻れない。宿屋のおじさんは人さらいで、逃げてきたばかりなの! 今戻ったら、また捕まっちゃうかもしれない!」

「!!!!????」

「ちょっと、え・・・――はあ??!!」

「それに、ばーちゃんのことすぐ聞きたいから、自分で捕まえたい!」

「待って! 分かったから待ってぇ!!」

「お前、っ! だから、そんな傷が増えて……」

「痛っ」

「! すまない」

「こんな傷くらい大丈夫です。それより」

「大丈夫じゃないから!! レンがすっごくショック受けてるから、先に治療させてあげて! もちろん協力もするから! ね!」


 リオの説得に、ササハも浮かしかけた腰をしぶしぶ落とす。薄暗いし、褐色肌のレンシュラの顔色は分からないが、リオの言葉を信じるならすっごくショックを受けているらしい。表情も僅かに目が怖いかなってくらいなので、ササハにはよく分からなかったが。


 手当を受けながら、ササハは今までの経緯を簡単に話す。

 一度村に行こうと宿を出ようとしたら、魔道具で意識を奪われた。原因は不明だが、ササハは霊から記憶を受け取ることが出来、そのおかげで逃げ出す事が出来た。その記憶から宿屋とめし屋の主人たちは前から似たような犯罪を繰り返し、誘拐犯たちのことは自警団には報告しておいた――――などなど。


「誘拐犯の仲間に、処理屋って呼ばれる奴がいるんだよね? それって今から探す男と関係してたりする?」

「分かんない。名前とかは言ってなかった」

「この町の行方不明者たちは、その誘拐組織の被害者だったってことかな?」


 リオが淡々とササハの説明に相槌を打つ。レンシュラは無言でササハの手に刺さっている木材の破片を取り除いてくれている。月明かりしか無い暗がりの中、真面目な男である。ササハが「あとでパッと洗って、適当に抜いとくんでいいですよ」と言っても聞く耳持たずだ。


 にわかに町がいつもより騒がしい気がする。どれほどの規模で腐敗の根は広がっているのやら。余計な血が流れなければいいのになと、リオは他人事だと割り切って目を逸らした。

 無駄な抵抗だろうに、だいぶ時間をかけたレンシュラの治療が終わった。


「あの男を追うにしてもさ、ちょっと不思議な感じだったんだよね」

「何が?」

「さっき僕が追っかけてた時。目の前にいたのに、気づいたら見失ってた……みたいな?」


 先程。フェイルと対峙していた時。リオは一人でルーベンの後を追った。


「お前が鈍すぎて撒かれただけじゃないのか?」

「はあ~。いくら僕でも――」


 無言でササハを指差すレンシュラに、リオの勢いが削がれる。


「いや、それは違うじゃん。コイツは単純に足が速いんだよ!」

「体力には自信があるもの!」

「はいはい。すごいすごい」


 誇らしげなササハに、リオはおざなりに拍手を送る。ササハの涙も、すっかり乾いたようだ。


「そういうことじゃなくて、実際、絶対見失うはずのない一直線の道でなぜか見失ったんだ」

「阻害系の魔道具でも持っていたのか」

「やっぱそうなのかな? あの時、魔道具を使う素振りはしなかったんだけどな」

「どの辺りで見失ったの?」


 落ち着いたら焦燥感が勝ってきたのか、そわそわしながらササハが訊く。

 廃墟から抜け出し、リオは山の方角を指差した。


「町の方角へ走ってなかったか?」

「今思うと、遠回りして山を目指してる感じだった」

「潜伏拠点でもあるのか?」

「あの子が言ってた“あそこにもっていってた“って。それも山の方角――山のてっぺんのほうを指差してました!」

「………………」

「……それは、あー……はは。やっぱり行くの止めたら?」

「行く」

「見なくていいものまで、見ちゃうことになっても?」

「行く。わたしが、ばーちゃんを迎えに行ってあげないと」

「はぁ~頑固すぎるぅー」

「正直やめて欲しい」

「やめません!」


 とりあえずは様子見と言うことで。

 相手の人数も、そもそも本当に誘拐犯の拠点がそこにあるのかも分からない。レンシュラとリオを盾に、危険を回避出来ると判断した場合のみ接触する。ということを約束し、ササハの同行が許された。


 外灯もない、月明かりだけの薄暗い夜。反対の、背負う町並みはいつもより明るいのに、ここは暗く静寂が包む。

 鳥の鳴き声も、虫の音もどこか遠くに感じる不思議な場所。町の終わりは通り過ぎ、すでに山の際へと踏み込んでいた。

 ササハが一本の木の側で立ち止まる。


「どうした?」

「前、ここで見つけたんです。ばーちゃんの髪飾り」


 黒い獣が地面を掘り起こしていたと思ったが、何の爪痕もなく、土に触った形跡すらなかった。


「僕も、この(あた)りかな? もう少し町よりだけど、その(へん)でさっきの男見失った気がする」

「気がするって、曖昧だな」

「なんか記憶が混濁? ハッキリしないんだよね」

「ならもう確定だろう」

「確かに。本人が持ってるか、もしくはどこかに道を隠す魔道具があるはずだ。――手分けして探す?」

「……別れない方がいい。相手の人数が多かった場合厄介だ」


 リオもレンシュラも、自身の特殊魔具を剣に変え周囲を探る。異様なほどに静かだった。

 風が吹き、枝が波打ち葉が落ちる。山の木々の背は高く、黒い柱が幾つも星空に向かってそびえ立っている。その木々の合間。黒の柱の、奥の奥。背を丸め佇む人影があった。


「――――!」


 声にならない悲鳴を上げ、ササハは咄嗟に自身の口を押さえた。

 顔は見えない。背丈は大人。夜の暗がりに潜む人影は、俯きながらある一点を指差していた。

 呼吸を荒くし、急に立ち止まったササハにレンシュラが振り返る。


「どうした?」

「――人、が……」

「……どこだ? 誰も、何の気配もないぞ」

「あそこ、まっすぐの木の後ろに」


 目を凝らすばかりのレンシュラに、どうやらササハにしか視えていないようだ。

 未だ消えぬ人影に、ササハは自然と指差す方へと視線を向ける。

 何もない。違う、今度は別の、老人の様に腰の曲がった人影が立っている。

 その影もまたどこぞを指し示し、その先には別の影が、幾つも、何人も続いていた。


「……あ!」


 影の道は山頂へと続き、その途中。子供の影が立つ木の幹に、見慣れた(ふだ)が貼られていた。

 ササハは影のことなどお構いなしに、その木に駆け寄り貼り付けられていた札を引っ剥がした。


「これ、ばーちゃんが作った御札(おふだ)だ! うちの家にも、知らない人が入ってこないようにって、一緒に作ったやつに似てる」


 血、もしくは血を混ぜたインクで()()()不思議な文字。図形のようにも見える複雑な文字は祖母の故郷のもので、ササハには意味不明な不思議な文字だった。

 呆然と、驚いた様子だったレンシュラが遅れて駆け寄る。ササハから札と言うものを受け取り、リオが首をかしげながら覗き込んでいる。


「なに? これ」

「…………」

「レン?」

「……似ている。カエデさんも、これと似たような。書き損じの紙のようなものを、使用していたのを見たことがある」


 カエデさん。レンシュラの探している人物のうちの一人。ササハと似た容姿をしており、レンシュラの恩人の奥さんで、九つになる子供がいるらしい。


「これって何なの?」

「知らない人が入ってこないおまじない。うちにあるのは、ばーちゃんが作った組紐を持ってないと、家の場所知ってても迷って辿り着けなくなるの」

「……ねえ、これってもしかして特殊魔具? 使われてる魔力が第六……」

「特殊魔具? ばーちゃんはただの()()()()()だって言ってたわ」

「えぇ???」

「なるほど」

「何でレンは納得出来るの? オマジナイって何? どういう事??」

「海向こうではそう表現していると聞いた。役割はほぼ同じだったはずだ」


 言ってレンシュラは大剣に変えている特殊魔具を持ち上げる。最初にササハには魔道具と()()()教えた、武器にも変わる不思議な道具。


「どちらも通常の魔力ではなく、第六魔力が原動力になっている。ただこの札は特殊魔具と違い、魔石に第六魔力を込めるのではなく、血で補っているようだ」


 レンシュラたちが付けている特殊魔具は特別な作りをしており、第六魔力以外の魔力を流せば認識阻害の効果があり、第六魔力だとフェイルを斬り裂く武器へと形を変える。


リオ(お前)はさっき、この札の効力であの男を見失ったんだろう。札が隠した道を、男は通る(すべ)を知っていて利用した」

「なら、この汚い紙を剥がせばいいってこと?」

「汚い紙って言うなぁ!」

「ササハ。他にも札は貼ってあるか?」

「道なりに何枚かあるみたいです」

「道?」


 茂る草は控えめで行く手を阻むことはないが、道と言えるものはない。

 ササハは自分にだけ視える人垣を見つめ、道となる影に黙祷を捧げる。顔は見えない。俯き静かに一点を指し示すばかり。


「教えてくれてる。このまま、まっすぐ上だって」


 会ったことはない。けれど髪型や、見た目のシルエットが、自警団で見た姿絵を連想させる。


「たぶん、この町で行方不明になった人たち」


 彼らもきっと、この先にいるのだろう。

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