7話 慌てたりピキッたり
昨日はあまり眠れなかったと、しょぼしょぼの目をササハは擦る。
今日は四人で再度保管室へ行こうかと話し合ったが、ノアがケイレヴの事を探したいと言うのでササハとミアの二人で向かうことにした。
「大神官の意図通り行動している今は何もしてこないと思うが、それでも気をつけろ。知らない人物に話しかけられても絶対に着いていくな。食べ物で釣られても無視しろ。特にササハ、おまえは」
「もう! そんなに何回も言わなくても、分かりましたってば!」
別行動を許可したレンシュラだったが、やはり心配は残るため、これでもかとササハとミアに言い聞かせる。早くしろと急かすノアを引き止め、ササハに注意を繰り返すレンシュラを、ミアはお母さんかなと眺める。
部屋の外にはケイレヴが寄越したのか、共に保管室に付き添ってくれる案内役が待ちぼうけを食らっているのを思い出し、こちら側の行動が読まれているのか、監視されているのか、どちらにしろ気味が悪いが深く考えないことにした。
漸く部屋の外に出て二手に別れ、ササハとミアの前を歩くのは宿屋まで迎えに来てくれた小間使いの男。男は首に包帯を巻き言葉を発せないようで、静かに目的地を目指した。
その道中、通路から外の景色を覗いていたササハが、ぎょっとしたように目を丸めた。
「ねえ、あそこ人が倒れてない?!」
窓へと駆け寄りササハが言う。庭園とは違う、建物裏のスペース。その奥は林へと続くが、ササハの言う人物は建物に近い木の側で腹ばいの状態で倒れていた。
流石に未だ冬の寒さが残る気温の中、呑気に昼寝でもしている訳でもないだろうし、ササハは次の瞬間には外へ出るため走り出していた。
「ササ……待って、あたしも行くから一人で動かないで!」
遅れてミアと案内役の男も後を追う。
「大丈夫ですか!? 意識はありますか?」
倒れている人物の元へ着いたササハだったが、下手に触って衝撃を与えてしまうのはマズイかと、まずは声をかけてみる。遠目からは分からなかったが、倒れていたのは女性のようで、案内役の男と同じ小間使いの服を纏っていた。
女性には手足どころか顔面にまで包帯が巻かれおり、近くにいるだけでも漂ってくるほど強い薬草の匂いがした。さらに髪は短く――――と表現するよりも、刈り取られていると言いたくなるほど女性にしては珍しい髪型をしていた。
ミアが思わず息を詰めるほどの姿に、ササハは気を失っている女性に触れて良いのか両手を彷徨わせていた。
「ミア、お兄さん、どうしましょう。この方の包帯や薬の匂い……何かひどい怪我をされてるんだと思うんですけど、触っても良いと思いますか!?? もし火傷の傷だったりしたら、下手に掴んでずるりと皮膚が剝けちゃったり」
「やめてよ! 具体的に想像させないで!!」
い、医者を! いいえ、むしろ神殿に行って回復薬を!! と慌てふためくササハに、これまた慌てふためくミアが「神殿はここよ!」とかろうじての冷静さでツッコミを入れる。
その傍ら、驚きに一時停止していた案内役の男が人を呼んでくると身振りで示し、余計なことはせずに大人しく待とうとササハとミアは女性の近くで身を屈めた。
顔色も分からないほど包帯でぐるぐる巻きにされていたが、僅かに上下する身体に力を抜く。ササハも回復薬は持っていたが、怪我をするならノアのほうだろうと、自分の分もノアの鞄に突っ込んで来てしまった。
「それにしても、すごい薬草の匂いね。神殿にいるのに治療してもらえないなんて…………神殿では召使いの扱いは酷いのかしら」
「召使い?」
眉をひそめ言うミアを見る。
「さっきの、案内してくれた男性もそうだけど、神官服を着ていないでしょ。彼らは行く宛がなくて神殿で保護された人たちらしいんだけど、あまり良くない扱いをされてるって噂もあるの」
周囲に誰もいないこと確認しながら、小声で話す。
「酷い噂だと保護された人たちを奴隷として売ったり、何かの実験や儀式に使ったなんて話まであって――――あたし今日まで嘘だと思ってたけど、この人を見ると……ちょと、ね」
「そ、そんな、まさか。流石に、そんな酷いこと本当にあるわけ」
「本当にそう思う? 絶対に有り得ないって言い切れる?」
「それは………………」
「………………」
息を呑み、お互い見つめ合う。包帯ぐるぐる巻きで倒れている人物に気圧されたのか、突拍子もない考えが浮かび否定出来ないでいる。
そうしている内に男が人を呼んできて、複数の足音が足早に近づいて来るのが聞こえた。
「やはりミミだ」
「まだ出歩けるような状態ではなかったはずでは? 看護役はなにをしているんだ」
案内役の男の他に、男性が三人。一人は神官の階級衣を着ており、残りの二人は小間使いの服を着ていた。
「あの、この人、大丈夫なんですか?」
二人組の小間使いの男はミミと呼ばれた女性を躊躇いなく担ぎ、心配のあまり声をかけた。確認のために同行したと思われる神官の男は、一瞬不思議そうな顔をしたがササハの言いたいことを察したのか、納得した表情で口を開いた。
「大丈夫ですよ。あの子は数日前に保護された少女なのですが、大きな怪我を負っている訳では有りませんので」
「じゃあ、あの包帯は何のために」
「何か肌にかゆみ感じる病にかかっているようで、手や足など、自分で強く掻いてしまうのです。あ、ですがご安心ください。病自体は条件が揃わない限り他者に感染することはありませんので」
「え? あ、はい」
確かに二人の男が両脇から腕を回し抱え起こしても、揺らされた事に声が漏れるのみで、触られることで痛みが発生している様子はない。また、男たちが躊躇なく触れたことから感染の心配がないのも事実だろうが、感染るなどの考えがよぎるほどの余裕はなかっため、そうなんですかと返すしかなかった。
更に神官の男が言うには、回復薬も試してはいるがあまり効果は出ていないらしい。
「しかしあの状態なので、事情を知らない信徒様方の目に留まると要らぬ不安を与えかねませんので、現在は治療所で絶対安静を言い渡していたのですが」
どうやら勝手に抜け出して来たみたいだ。
少女を抱えた男たちは既に去り、神官もそれ以上質問がないのであればと礼をしていなくなった。
結局ミミと呼ばれた少女に大事は無かったという事で、ササハは安堵し力が抜ける。
それはミアも同様らしく、しばらくササハとミアが落ち着くまではと案内役の男は静かに待ち、当初の目的地である保管室に着いたのはそれより更に時間が経ったあとのことだった。
◆◆□◆◆
ブルメアが王城に滞在してから三日が過ぎた。その間、第二王子であるコリュートが何かを要求してきたり、情報を求めたりすることは一切なかった。ではどうして自分たちは城に呼ばれたのかと、ブルメアはじわじわ苛立ちを募らせていた。
やることと言えばハートィとコリュートと三人、室内で出来るゲームをしたり、他愛もないおしゃべりを(コリュートが一方的に)したりと無為に日々が過ぎていた。
ただロニファンだけは――――
「城を見て回りたいんですけど、よろしいでしょうか?」
「お兄さんなら良いですよ。好きに色々見て回ってください」
いつもとは違い、どこか逼迫した空気を放つロニファンがコリュートへ問えば、あっさりどころが、自由にして良しという返答にブルメアのほうが困惑した。
「で、殿下! 流石に王城を好きに回るなど」
「お兄さんなら良いのです。お兄様からお許しも頂いてますし、いざと言う時の許可証も、ヒトメ? につかなくなるマカイゾウ魔道具も預かっているので!」
ふんすと誇らしげに胸を張るコリュートであるが、預かっているの言葉に不信感を抱いたブルメアは眉を寄せる。これではまるでロニファンが王城を動き回ることは予測していたようで、ブルメアは探るようにロニファンへと鋭い視線を向けた。
「貴方、もしかして第一王子殿下と何か関わりを持っていたりするのかしら?」
「そんなまさかぁー田舎から出てきたただのド平民に、そんな訳あるはずないでしょ」
小馬鹿にされたように感じる物言いに、ブルメアの眉間のシワが深くなる。ロニファンがササハの友人でなければ、思いっきり言葉の刃で斬りつけねじ伏せてやったのに。そういった私念を込めて睨みつけるが、ロニファンは気にした様子はなくコリュートへと向き直る。
「オレとしては願ってもいないことです。ありがとうございます」
細かい言葉遣いは苦手、むしろ出来ないと、ロニファンとハートィは早々に砕けた話し方でも構わないと許可をもらっている。それにロニファンは「じゃあ遠慮なく」とタメ口で話そうとしたため、流石に無礼がすぎるとブルメアに殴られたのはつい三日ほど前の話しだ。
「そうだお兄さん、カレツァ卿には会えましたか?」
「――――いいえ、まだです」
「よろしければ、ぼくの王族のケンリョクで場を用意することも出来ますよ」
まだ成人もしていない王子様の権力とはと思いながらも、そこまではとロニファンはゆるく首を横に振る。
「どうしようもなくなったらお願いするかも知れないですけど、今はまだ――――」
苦い表情を浮かべるロニファンに、ハートィが心配そうな視線を向ける。
王城を訪れた初日、ロニファンはコリュートにとある人物について情報を求めた。王城務めの内務官として、主に教団とのやり取りを取り仕切っている男――――ダニエル・カレツァ。
以前、コリュートがどうしてその人物について知りたいのかと聞いた時、ロニファンは迷いながらも答えた。
――“あの男は、オレの親父を殺した敵なんです“
ロニファンは思い出す、故郷の――まだ空気が刺すように冷たい真冬に訪れたエンカナの町で。知ったのだ、白猫の姿を借りていた母親の記憶を垣間見たことによって。ロニファンの母は息子を心配するのと同じ様に、父親のことも心配していた。だからロニファンと父親の側を着いて回っていた。自身が病で命を落としてから、チェイスが亡くなるその時までずっと。
なのにあの男――ダニエルはチェイスを殺した。ロニファンがチェイスによって家から、強制的に追い出されてしまったその後。自身も家を出たと見せかけ、実は戻って来ていたチェイスをフェイルに変えたのだ。
――“あの男が、アイツがオレの親父を殺した! フェイルに変えやがったんだっ!“
エンカナで知った母の記憶。そしてもう一人、ササハが解放してくれたチェイスの記憶。あの時二人は最後の別れを告げに来てくれた。触れ合うことは出来なかったが、必死に伝えようとしてくれた。「愛してる」と「幸せに」という気持ち。
それなのに――――――その最後の別れの時、辛い記憶まで流れ込んできてしまい、ロニファンは囚われてしまった。
チェイスがフェイルに変えられた時、霊となった母はチェイスのそばに居た。止めて下さい、お願いしますと決して届かぬ悲鳴を上げていた。その母親の目を通して視たチェイスには赤い文字が纏わりついており、ダニエルが魔石を使うとその文字は大きく膨れ上がり輝きを増し、最後にはチェイスの命を奪い化物へと変えてしまった。
「アイツは人間をフェイルに変えちまう方法を知ってる、そしてそれを実際に使っている!」
過去の記憶から意識を戻したロニファンは、苦しげに言葉を吐き出す。
「許せねぇ……絶対にアイツだけはオレがこの手でっ……!!!」
固く拳を握り肩を震わせるロニファンに、ブルメアが冷静を装って頭を冷やさせる。
「何をするつもりかは知らないけれど、自身の破滅に繋がるような物騒なことは考えないでちょうだい」
諭す声音にロニファンは返事をしなかった。
だが、ダニエル・カレツァ。その人物の犯した罪を暴く――――それがロニファンが王城に来た理由だった。
(という事は……ロニファンの助けとなる動きを見せた第一王子の目的は何かしら?)
ロニファンにだけ許された、王城での特別待遇。第一王子であるゼルスの思惑は分からないが、疑いを持ち用心するに越したことはない。
(それに対して、何をするでもく第二王子の遊び相手をさせられるだけの私は、ただロニファンを王城に呼ぶためだけの理由付けってこ、と・・・)
ビキリ。そんな憶測を抱いてしまったブルメアは、額にどデカい青筋を走らせていた。




