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2話 中央神殿

 ササハたちが王都について半刻(一時間)も過ぎないころ、中央神殿からの迎えが来た。神殿が寄越した使いの者は神官服ではなく、神官に仕える小間使いの格好をした一人の男であった。

 使いの男は元から喉が潰れていたのか、潰されたのか、声を発することが出来ない様子で動作のみで馬車に乗るよう促した。


「あんた大丈夫か? 喉痛くて喋れないのか? おれちょっとだけなら薬持ってるから分けてやろうか?」


 ノアが男の首に巻かれた包帯を見ながらカバンをひっくり返す。それをレンシュラが慌てて止めに入り、使いの男も大丈夫だと手振りで示し、それならばとノアも納得をした。


 その後床にぶちまけられたノアの所持品を皆で拾っていたところ、カバンの内側に結ばれていたタリスマンがササハの目に留まった。祝福のタリスマン。親が子供の健やかな成長を願い神殿から授けてもらうお守り。彼の持つそれの裏には、彼の名前と生まれた日が記されていた。


(そういえばリオもこのタリスマンを大切にしていたけど、今思えばノアのものだから無くしちゃ駄目って感じてくれてたのかな)


 彼のことを思い、ササハの表情が陰る。未だに納得はしきれいない。もしかしたらと、せめてもう一度なんて事を想像してしまうくらいには拒絶を引きずっていた。


「行くぞ」


 不意にレンシュラの声に意識が引き戻され、ササハは顔を上げる。


「ちえ、本当に見物もなしに出発かぁ。残念だな~」


 唇を尖らせるノアに、レンシュラは「いいから早くしろ」と柔らかな金髪の頭をはたく。その力加減はかなり控えめで、以前違う彼を引っ叩いていた時のものとは異なるものであった。


「あたしたちも行きましょ」

「うん」


 ミアに言われ、先を行ったレンシュラの背中を追う。


「なあなあ、神殿ってどんなところなんだ? ササハは行ったことあるか?」

「え? えーと、ここじゃない別の場所で遠目に見たことはあるけど、それくらいかな」

「そうなんだ。じゃあお前は?」

「ミアよ。お前って呼ばないで」

「じゃあミア。神殿ってどんなとこだ? 面白かったりしたか?」

「行ったことある前提で話さないでよ。あたしは」


 ササハは両隣にいる二人を気にしつつ、少し歩く速度を上げレンシュラに追いつこうと頑張る。


 リオがいなくなってしまい、以降――――レンシュラは彼の名前すら口にすることは無かった。






 中央神殿は王城と然程離れていない距離にあった。(あいだ)に強固な城壁があり、王城のほうがやや傾斜の高い位置にあるが、距離だけで考えればカルアン本家の本邸と訓練所と同程度ほどの近場にある。

 一瞬王城に連れて行かれるのかと(よぎ)ったササハであったが、その心配は全くの杞憂で、迎えの馬車はすんなりと目的地へと着いた。


 神殿は王城とは違い城壁などはなく林を抜けた先に石段を築き、その上に建てられていた。


 馬車は正面に見える大きな建物の横を抜け、更に奥へと進む。それまでに見たまばらな人影も次第になくなり、建物の裏側あたりで進行を止めると、御者席にいた使いの男が馬車の扉を開いた。


「ようこそお越し下さりました。皆さまを歓迎いたします」


 馬車から降りた先には、白のローブを纏ったケイレヴが立っていた。にこやかに人好きのする笑みを浮かべるケイレヴに、ササハの表情がきゅっと険しくなる。


「まさか大神官様自ら出迎えて頂けるとは」

「ちょうど手が空いておりましたので♪」

「先生……」

「はい先生です」


 レンシュラとササハの言葉に、ケイレヴは機嫌が良さそうに答える。なのにどこか躱されているような奇妙な感覚を覚え、ササハはまくし立てそうになった口を無意識に閉じていた。


「どうぞこちらへ。簡単に中を案内しますね」


 そう言うケイレヴにミアは緊張していたが、ノアはなぜか居心地悪そうにササハの服を掴んだ。


「ノア、どうしたの?」

「分かんないけど……なんかここ、ヤな感じする」


 ササハは否定の言葉を口に出来ず、だが肯定も返さなかった。


「行こ、ノア」

「うん」


 ただ背中を押す気持ちで、裾を掴んでいたノアの手を引き前を向く。ここには目的があって来た。


(先生が何を考えているか分からないけど)


 それでもササハの、ノアの知りたいことを知っている可能性がある人物だ。その可能性を掴むためにも、今はケイレヴの言葉を信じ付き従うしかなかった。




「こちらは祈りの間。日没の鐘までは扉も開放されており、主に外部から祈りを捧げにきた方々のための広間です」


 最初に案内されたのは、正面から見えていた一番大きな建物。そこの裏手から中へと入り、広間からは死角になる場所から中を覗き込む。広間は石造りながらも天井は高く、祭壇のような場所もあった。


 広間には神殿の人間と、外部からの訪問者両方の姿があった。しかしケイレヴはそれより中へ入ることはせず、「次はこちらです」と外に出て、すぐ隣にある別の建物の扉の前に立った。


「こちらは本来神官の資格を得た者しか出入りできないのですが、皆さんには特別に中を見せてあげますね」

「「え?」」

「??」


 ササハとミアはそんなことして良いのかと驚きの声を上げたが、ノアはいまいち理解出来ていなさそうに首をかしげる。レンシュラだけが表情を崩さすいつもと変わらぬ様子であったが、かえってそれが彼の警戒心を周囲に悟らせた。


「ふふ、そんなに身構えないで下さい。皆さんにお見せしたいものがあるだけです」


 一人楽しそうなケイレヴが、おそらく入口自体にかけてあった結界魔法を操作し、次に扉に銀の鍵を差し込み解錠する。ここまではケイレブの後ろに控えるように着いてきていた小間使いの男も、彼は中へは入らないようで道を譲るように扉の横側へと身を寄せた。


「さあ、どうぞ。中へ」


 両開きの扉をケイレブ自身が開け、中へと誘う。ササハは一瞬ひるんだが、レンシュラが迷いなく足を進めたので慌ててついて行く。


 短い、二重扉のための小部屋を抜けると、そこには一体の像が置かれた広間。広さは先程の祈りの間と呼ばれた場所と比べれば三分の一にも満たぬほどであったが、張り詰めた空気の重さは段違いであった。


「わぁ……せいじょ、さま?」


 漏れ出たのはササハの声。部屋の奥、中央に置かれた女性の石像が、ササハの意識を惹き込んだ。


 白く、精巧な石像。ローブを目深く被り、顔は見えないが石なのに柔らかさを感じさせる女体が、祈りを捧げる姿で鎮座している。


 かつて悪魔から大陸を守り、人々を救ったとされる聖女の像。自然とササハとミアが祈りに黙し、それを見たノアも真似するように両手を組んだ。


 それが落ち着いた頃、いつの間にか石像の奥側まで進んでいたケイレヴが四人を呼んだ。石像は石段の上にありそれを避けるように裏側へまわる。石段と背面の壁までの距離はそれほど無いように見えたが、突然壁の前で待っていたケイレヴの左手が壁に埋まった。


「ええ!! 先生の手が!!」

「ふふ、大丈夫です。簡単ですが特殊な幻影魔法で壁があるように見せているだけですよ」


 簡単なのに特殊とはと混乱しながらも、ケイレヴが埋まったように見える右手を真横に振れば、それまで行き止まりに見えていた壁が消え去った。幻影魔法とやらが解かれ、なにが出てくるのかと思えば、再び現れたのは似たような壁。少しだけ屋内の奥行きが広がっただけかと疑ったが、よくよく目を凝らせば、ただの壁にしか見えない壁面に一枚の扉が浮かんで見えた。


「あれ? 急にドアが……」

「おや、今度は魔法を解かなくても見えましたか。流石ササハさんですね」


 あると言われて他の三名も意識を集中させれば、次に声を上げたのはノアだった。遅れてレンシュラ、ミアからも息をのむ音が聞こえたが、それよりも驚愕を含んだうめき声がササハの口から漏れた。


 ササハの目に映ったのは一枚の扉。それを見つけ更に集中を向けていると別の何か、赤い、まるで文字の羅列のようなものまで視えてきたのだ。


(あれ、あの赤い文字みたいなのはっ……!)


 ササハは咄嗟にケイレヴを振り返る。


 ケイレヴはなにも返さずただササハと視線を混じらせ、感情の読めない微笑みを浮かべていた。

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