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1話 王都

 雪解けも待たず、年が明けひと月も経たぬほど。新年の浮ついた雰囲気も落ち着き、多くの人の生活が平常へと戻る。農作業が再開されるにはまだ早く、残り僅かの冬の終わりを待ちわびる人々とは裏腹に、一部の者たちには緊張が走っていた。


 王国民の大多数が存在すら認識していない化け物――――フェイルという存在。中でもとりわけ厄介な四体が、この一年にも満たない短い間に消滅した。


「うおーすごい、すごい! なあ、あそこ行ってみたい! 行ってみようぜササハ!」

「外に行くならレンシュラさんに聞いてみないと」

「レンシュラ!」

「駄目だ」

「なんでだよ! 少しくらい良いじゃねーか!!」


 王都にあるレストランの二階。貴族街の中でも一等地にあるレストランからは、なだらかに広がる下層区の街並みが遠目に見えていた。


 その窓から見える色とりどりの布がノアの目を引き、興味を引き付けてならなかった。


「あれって市場ですよね。凄いなぁ。さすが王様が住んでる大きな町は、冬場でもあんな大きな市場が開かれるんですね」


 窓から身を乗り出すノアの横からササハが顔を覗かせ、その反対には別の少女がもう一人。


「ミアは王都の市場、行ったことあるの? 前は王都の学校に通ってたんだよね?」

「市場――――どころか、街にもほとんど行ったことないわ。だってあたし学校の敷地内にあった寮から、校舎までの行き来しかしていなかったもの」

「なあなあ市場、市場行ってみたい! レンシュラ~!!」


 現在、室内にいるのは四人。ササハとノアに、レンシュラとミア。レストランの一室を借り、四人は待ち合わせの為にこの場で過ごしている。


「駄目だ。ここには何しに来た。遊びに来たわけじゃないだろう」


 途端、表情を曇らせるノア。ノアが覗く窓とは反対方面。そこには王都を象徴する大きな城と、それに劣らぬ程の白の建物がある。


「大神官に会いに行くのだろう、ならば大人しくしてろ」


 王城と並び立つのは白の大神殿。ササハたちの今回の目的は、そこにあった。






 思い返すは半月ほど前。ササハに招待状が届いた、それも二通も。


 一通は第一王子からのもので、端的に言えば「話がしてみたいから会いに来い」と言うもの。本来であれば年明けの祈念祭で、四家門の当主と後継者が王族に挨拶に行くのが通例ではあったが、今年は先代当主が亡くなったことを理由に祭りの参加は断念。挨拶はまた改めて――――と濁した返事をしたところ、ならばせめて後継者の顔くらい見せてほしいと個人的なお願いがきてしまったのだ。


 ただこのお願い、あくまでも第一王子個人のものであり、尚且つ招待されたのがササハ個人ではなく『カルアン家の後継者』とあった。そのため――――――


――“なら第一王子殿下からの招待は、私に任せて下さい“


 そう名乗り出たのはブルメアで、言われたラントは真っ青な顔色で白目を剥いた。大事な愛娘の言いたいことも、考えていることも分かったからだ。


――“おそらく王家もササハのことは把握しているはずなのに、名指しではなく『(いえ)の後継者』とあえて曖昧な表現が使われている……ならば私でも構わないということですよね、お父様“


 本当の後継者であるバウム・カルアンくん十一歳は除外して、確信めいた眼差しを父へと向ける。そして王子からの招待状と同時期に届いたもう一通。二通の招待状が鎮座する卓上を眺め、ラントとブルメア父娘の話し合いに全くついて行けていなかったササハが顔を上げた。


――“ササハもどうせ行くならば、王城より中央神殿のほうが良いのでしょう?“


 もう一通の招待状。それが中央神殿の大神官より内・密・に届いた招待状であった。


――“それにしても貴女、どうして大神官様から手紙をもらうなんてことになったのよ?“

――“えーと、色々あって…………なんとなく??“


 卓上の手紙を横目に、困り笑顔のササハ。それにブルメアが頭が痛いと深い溜息を吐く。


 大神官からの手紙はいつ届いたのか、誰が受け取ったのか、はっきりしないまま大量の回復薬と共にラントの元へと届けられていた。ちょうどナキルニク家での出来ごとのあと、くったくたの様子で戻ってきたササハたちのタイミングを計っていたかのようなベストタイミングで。


 そして、その手紙にはたった一文。


『先生とお話したいのであれば、この手紙が読める人と一緒に中央神殿へ来て下さい』


 書かれていたのは海向こうの国の文字。ササハの実母であるカエデが(じゅつ)を使う時に使用していた、王国文字とは全く異なる異国の文字。その文字で書かれた一文を、ササハ以外に読めたのは同期のミアだけであった。





「ミアも、わたしたちの都合なのに、着いてきてくれてありがとう」

「別にあたしにとっても海向こうの文字や術のことで、新たな知識を得る機会になるかもだし、気にしなくていいわよ」

「えへへ、それでも本当に助かる。ありがとね」

「だから良いって言ってるでしょ! ちょっと、くっつかないでよ!」

「なあなあ。市場に行かないなら、早くその大神官? ってやつがいる神殿に行こうぜ」

「……迎えを寄越してくれるらしいからもう少し待て」


 故に、ササハたちは今王都にいる。第一王子の招待にはブルメアが応え、大神官――いや、ケイレヴからの申し出には彼に聞きたいことがあるササハとノアが声を上げた。


「早く大神官に会って、にいちゃんを助けてくれる奴がどこに居るか教えてもらわないとだからな」

「………………」


 人の魂を、他者の身体へと入れ替えることができるという人物――――ムエルマ。その人物が王城に居るとケイレヴは言っていた。しかしそれを聞いたのはササハだけで、意識を失っていたノアはそのことをまだ知らない。ササハも話していない。


「わたしも、大神官様には聞きたいことがあるわ」


 それも山程。


 おそらくケイレヴは、ササハの知りたいことの殆どを知っている。知っているのに思わせぶりにひけらかすばかりで、詳しくは何も教えてくれないのだ。


 だからこそ会いに行く。こちらから。折角向こうからも会いに来いと言ってくれているのだ。


「遠慮なんていらないよね! こうなったら絶っ~対に、大神官様の口を割らせてやるんだからね!!」

「おー! そうだそうだ!」

「お前らそういった事を大声で言うんじゃない!」


 意気込むササハとノアに、誰に聞かれたらと肝を冷やすレンシュラとミア。窓辺にいたミアが慌てて開けっ放しの窓を閉めれば、外の喧騒が一気に遠ざかっていった。

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