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42話 思うところはありまくるけど

 ササハがルイスという男について知ったのは、それが彼の名であるということだけ。おそらくその人物はこの世にすでになく、どの様な形であれ再び会うことは叶わない――――その事をササハはレンシュラに伝えた。


 レンシュラは小さな声で「そうか」と返した後、視線を足元に落とし黙り込んだ。ササハが()と一緒にいた時間より、レンシュラが()と共に過ごした時間のほうが長い。何倍にも。


 ササハはしばらく何も話さず、レンシュラも何も言わなかった。




 そして翌日、ササハは熱も下がりベッドの上で起き上がれるまでには回復した。今回ササハの回復は早く、《青の剣士》と《白の聖人》を消滅させてからまだ二日しか経っていない。むしろノアとフェスカの二人は未だ熱が下がらず、たまに意識を浮上させては眠りに落ちるを繰り返しているらしい。


 その中でキャロルがナキルニク家やハーツ家と連絡を取り、状況説明と事後処理に追われていた。


「レンシュラさん。(せん)せ――――大神官様に会うにはどうしたら良いですか?」


 レンシュラと二人だけの部屋。ロニファンはノアの看病で隣室におり、キャロルも詳しい話は体調が安定してからと、今はそっとしておいてくれている。


 ササハの言葉にレンシュラはしばし黙ったが、なにか探るような視線を向けてきた。


「……なぜ、大神官に会いたいんだ?」

「…………」


 ササハはほんの少し、レンシュラに話すべきか迷った。


「山で神官服を見た気がしたが…………お前のその表情(かお)を見るに、見間違いではないようだな」


 ササハが驚くと、レンシュラは納得したように苦笑いを浮かべた。


「なにがあった?」

「……実は」


 あの時、教会にケイレヴ(大神官)が現れた。彼はまるで全てを知っているかのように振る舞い、ササハを助け誘導し、そしてフェイルの魂を入れ替えることが出来ると教えてくれた。ノアの前で。


「大神官様が言ってました。先代のリオーク家の当主様も、その方法でフェイルになったって。そういうことが出来る人がいるんだって」


 まだ体調は万全ではないのに、ササハは興奮気味に口を開く。


「そんな、そんなことが出来るなら……もしかしたらツァナイも………………」


 ハートィとヴィートの姉であるツァナイ。ササハが彼女と会ったのは父の屋敷だった。その時ツァナイはすでにこの世の人ではなくなっていたけれど、自我を失い彷徨うだけの霊でも、ましてやフェイルにもなっていなかった。


「絶対そうだ! ツァナイもフェイルにされたんだ! その人に、先生たちにっ…………だってツァナイの胸には赤い文字があった」


 激しく語るササハはどう見ても混乱している。


「なんで! どうしてそんな事しているの!? 何のために、どうしてどうして!」


 確かめなくては、聞き出さなくては気がすまない。


「なんでツァナイがフェイルにされ」

「やめろ!」


 レンシュラはササハの頭を抱き込んでその先を封じた。ササハの小さな鼻がレンシュラの胸元で押しつぶされ、物理的に何も発せなくなる。


「…………それ以上、言わなくていい」


 消え入りそうなレンシュラの声。ササハを抱き込むレンシュラの腕は力強く、なのに骨ばった長い指は弱々しく震えていた。




◆◆□◆◆




 日付を越えた早朝。ササハは宿を抜け出し山へ向かった。なぜかそこに向かわなければいけない気がしたから。


 宿周辺にはナキルニク家の騎士たちが居たはずなのに、誰にも止められることはなく出てこれた。熱はないが、だるさや寒さは十分に感じているのに引き返そうとは微塵にも思わなかった。


(あれは)


 エンカナの町から裏手を抜け、《青の剣士》が封じられていた場所。


「ロニファン?」


 そこには白の雪の中にぽつりと一人、黒の防寒着が佇んでいた。


「え、いつからいたの!? もしかして夜の間から」

「違うよ。オレもついさっき宿を出たとこだ。…………それより、お前こそどうしたんだよ? 外に出たりして大丈夫なのか?」


 ふくらはぎ辺りまである雪を踏み分け、ロニファンの元へ辿り着く。ロニファンは眉を寄せササハの顔色を確認しようとしたが、不調かどうかまでは分からなかった。


「わたしは大丈夫。なんかよく分からないけど、ここに行かなきゃって気持ちがして出てきちゃった」

「おいおい、本当に大丈夫かよ」


 ロニファンは、レンシュラやノアがするように、直接触って確かめたりなどはしてこない。代わりに疑いの視線と言葉で自白を促してくる。ササハは再度大丈夫だと唇を尖らせ、ここで何をしていたのかと周囲を見回した。


 後から聞いたことだが、ロニファンはフェイルを一体倒し、その時フェイルの煙に焼かれ()()()()()怪我を負ったらしい。怪我がそれなり程度で済んだのは、直後にササハが呪具を破壊するため第六魔力を広範囲に放ち、それによって煙も吹き飛ばされたからだ。


「でも、ロニファンこそフェイルの煙で怪我したんでしょ?」

「らしいな。気ィ失ってる間に治療してくれたんだろうな。起きたら怪我もなんもなくて、ちょっと体だるいなってくらいだった」

「そっか。大事(だいじ)ないなら良かった」


 フェイルの煙で負った傷とは違う痣は、神殿で作られる特殊な薬でしか浄化出来ない。だが、その浄化は問題なく済まされていたようでササハも安心し表情を緩めた。


 落ち着いた様子で話すササハにロニファンも安心したのか、無理に連れ帰るほどでもないかと、ここへ来た目的を思い出す。


「たぶん、この辺だったと思うんだよな」

「なにが?」

「オレが親父を斬った場所」


 思わずロニファンを振り返った。


「確信はないけど、たぶん……親父だったと思う」


 白猫をへばりつかせていたフェイル。


 大好きな母親を思い出させる、鳴き声の白猫。


(そういえばロニファンも。初めて会った時に赤い文字が見えた)


 ロニファンの文字はササハが無意識にだが解呪し、だが、あの時その無意識を行っていなかったらと思うとササハはゾッとする。


 ササハはその思考を振り払うように大きく頭を振ると、視界の端に光る赤を見つけた。


「フェイルの石」

「え?」


 赤黒く光る、フェイルにされた人の魂が封じ込められた石。その石がちょうどロニファンの足元近くにあり、ロニファンが踏み荒らしたからか白の雪壁から僅かにだけ弱々しい光が漏れていた。


「そうだ、普通に倒したフェイルは魔力だけが抜けちゃって、石になっちゃうんだっけ」

「お前、今さらっと重要なこと言わなかったか!」


 ロニファンの目にはフェイルの石とやらは映らないが、だが――――たしか二人がまだ訓練生だった頃。《黄金の魔術師》が現れ、自分たちの教育係がフェイルにされた事件があった。その時ロニファンはササハの手に握られる赤黒い石を見た気がする。それまではそんな石が落ちていたことなど気づきもしなかったが、ササハがその石を手に取った瞬間、ロニファンもそれを目にすることが出来た。


「……どこだ。その石、どこにあるんだ! 頼む教えてくれ!」


 親父を――


「そこに」


 ササハは言葉で説明するよりも、行動で示そうと身を屈める。ロニファンは言った、親父を斬ったと。ならばきっとこの石は――――――。


 ササハは石を拾い上げる。願いと魔力を込めて。


「サ――――――――――」


 ロニファンがササハの名を呼ぼうとし、ガラス玉が割れたような音が響いた。風はないのに何かがササハの手元から吹き荒れる。目も開けていられないような吹上(ふきあげ)と、息が詰まるほどの圧迫感に、ササハは目を閉じ唇を引き結んでいた。


 そうしてしばらくもしない後


――今まで本当にありがとう


 澄んだ、優しい女性の声。ササハはハッと目を開くと、優しい笑みを浮かべた女性の霊が小さく頭を下げた。


――これからもこの子と仲良くしてあげて


 白猫を思い出す、優しい声。その女性の斜め後ろに、ヒゲモジャで熊のように身体の大きな男の霊も現れ、彼も同じようにササハへ頭を下げた。そうして二人は名残惜しそうにも天を仰ぎ、その姿はゆっくりと消えていった。


「今のって、もしかして……」


 ササハは握っていた赤の石がなくなったのを確認すると、勢いよくロニファンを振り返った。


「ロニファン今――――」


 ロニファンは立ち尽くしたまま泣いていた。いくつも、いくつも涙の雫を転がしながら声も上げずに静かに。


 ササハはハンカチを差し出そうとしたが、そうするのは止めにして、音を立てぬよう身体の向きを元に戻した。邪魔をしないように。きっとロニファンはまだ、最後のお別れから抜け出せずにいるだろうから。


 幸い今日は天気が良いので、やんわりとだが陽の光も届いている。









 新しい年を迎え、祈念祭を無事終えた良き日。



 この日、《呪われた四体》全ての消滅が確認され、その報告は王城へも届けられた。



第五章完結です。

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