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34話 どうして

(呪鬼……呪い。呪いだ。あの靄の発生源に呪具があるはずよ)


 そう思い、飛び出したササハが見つけたのは一人の騎士。口からもうもうと黒の呪いを吐き出す人物は、どう考えても正常とは言えなかった。だが後方にいたため既に男が自害し、その身を呪具の媒体にしたことを知らないササハは男へと手を伸ばした。


 一刻でも早く、振りまかれる呪いを、呪具をどうにかせねばと。


(間違いない! この人が呪具を持ってるんだ!)


 呪具は無理に媒体を壊してはいけない。そもそも目の前の男が、どこに呪具を忍ばせているのかササハには分からない。だけれどササハにはとある知識があった。


(呪いはそれ以上の魔力で押し流すべし!)


 以前学習した内容を思い出し、ササハは男の腕を取ったまま大量の魔力を放出させた。


 そのあと。


 男の口から黒の靄が出なくなり、ササハは成功したのだと感じた。男が既に事切れていることにはまだ気づかず、まだ温かさを残す身体をゆっくりと地面へと下ろす。同時に呪いに充てられていた他の騎士たちも意識を失い、次々へとその場に崩れ落ちていった。


 立っている人の数が減り、視界がひらける。ササハはハッとしたように周囲を見回し、フェイルは? 《青の剣士》の動きはどうなっているのだと、今更血ながら気が引き、そんなササハのすぐ横にひとつの足音が近づき止まった。


「にい、ちゃん?」


 聞き慣れた声に顔を向け、視線が交わらなかった彼の先をササハも追った。

 現状が理解できず困惑している騎士。その向こうには此方側には背を向け、特殊魔具を手にしている十人にも満たない人影。そしてその先頭にはフリキティンがおり、そのフリキティンのさらに奥には一体のフェイルがいた。


「ぁ」


 彼の表情が崩れる。


「あああっああああああ!」


 彼の名を呼ぶまもなく、ドン! と押し潰されそうな魔力が、辺り一帯へと放出された。


 かはっ――、と誰かの苦しそうに息を吐き出す音が、彼の絶叫に紛れて聞こえた。


「ノ、ノア? ……ノア!! どうし、どうしよう! レンシュラさん! ノアが」


 人の倒れる音が重なり、ササハが振り返った先にはちょうど倒れ込むレンシュラの姿もあった。


「うあああああ、わああああああ!!」

「やめて、ノア落ち着いて! みんながっ!」


 魔力暴走。先程の呪具を壊すために意図されたササハの魔力放出とは違い、辺り構わず、全てを薙ぎ払うかのような荒々しい魔力。それまで錯乱し叫び声を上げていた彼は、急にぷつりと糸が切れたように動きを止めその場に倒れかけた。


「ノア!」

「ぅ――ササ、ちゃ」


 青白い顔がササハを見上げる。


「リオ? 鼻血が……ハンカチ」

「こ、ちはぃい、から……フェイ…………うるさい! 邪魔す――――っ…………そ、な怒るな……」


 リオは上げる力も残っていない腕で、なんとか指を突き出し前方を示す。見える人影はフリキティンたった一人で、その前方にいた一体のフェイルの姿はいつの間にかなくなっていた。


「め、…………だめ、だよ。…………そ……は、だめ……」


 リオはササハにではなく、胸元を抑えながら途切れ途切れに息を吐く。


(わかんない、分かんない! いったい何が起きているの!)


 ササハは混乱しつつも今にも崩れ落ちそうなリオの肩に触れようとし、いつの間にか向けられていた青空を残したハチミツ色の瞳に咎められた。


「ササちゃん、ここに、なにし、に来たの?」


 ササハはひゅっと息を呑み、触れそうだった指先を咄嗟に折りたたむ。ササハは無意識に顔を上げ、こちらを振り返ろうともしない一つの背中を見つけて立ち上がった。


「うん、そう。良い子だ、君は」


 ササハはリオを残して駆け出した。






 意識が飛びそうな強烈な魔力を浴びせられ、それでもフリキティンはなんとか持ちこたえた。持っていた特殊魔具さえ具現化するための魔力を体内から押し出され、まずいと己の死を眼前に突き出された。


 が、懸念した死の恐怖もまた強大な魔力によって押し流され、それまでフリキティンの前にあったフェイルという存在も綺麗さっぱりなくなっていた。


(なんて無茶苦茶な……)


 接触もせず、特殊魔具を介さずむき出しのまま発せられた第六魔力。それが一体とは言えフェイルを消し去った。そして、数瞬だけ――――フリキティンの目に燃える炎を宿した黒の石が視えた。その赤黒い石はフリキティンが瞬きをする間に視えなくなったが、それを不思議に思うことはなかった。


(今のがササハさんが言ってた黒い石……急激に魔力が収縮され、それが馴染むまでの間は高い魔力値になっていたのでしょう)


 だから私にも見えたのかとフリキティンは足元の石から視線を外す。そして先程の乱暴を通り越して凶悪と言ってもいい魔力に曝されても、開放されることのない強固な呪い。


 そうこうしている間に、何とか特殊魔具を扱うだけの魔力をひねり出したフリキティンは恐らく、自身にとっては最後になるだろう敵を睨みつけた。


「あ、ははは! 流石に先程の魔力は《青の剣士》すら削るか!」


 なんて素晴らしい日だ。見上げるほど大きかった《青の剣士》の三分の一を削り、それなのに黒い煙は問題なしだとでも言うように、元の形へと戻ろうとしているのには眉を寄せた。


 同時に、背後から聞こえた足音にフリキティンは振り返らずに声を張り上げる。


「貴女は来ないでください!」


 一瞬、足音が迷いを見せたが止まることはなかった。


「ですがわたしも――わぁ!」


 突如聞こえた驚きの声に振り返えれば、レンシュラがササハを積もった雪の山へと放り投げる姿が見えた。


「もうめちゃくちゃだ」

「カルアンの皆様には頭が上がりませんね」


 レンシュラの手にはまだ特殊魔具は握られていない。ギリギリまで魔力は温存しているようだ。


 すぐ先にいる《青の剣士》は片腕――剣を握った半身だけははっきりと形取り、表情なき黒の圧を二人へと向ける。離れた背後で、雪の山からササハがもがき抜け出そうとする気配が届いた。


「ここは俺が――――!?」


 レンシュラが《青の剣士》の注意を引こうと前に出ようとし、だが急に右足の自由が効かなくなりその場に縫い留められる。何だと焦りながらも足元に目を向ければ


(なんだこれは、紙?)


 苛立ちよりも勝った困惑。長方形の白の紙に、レンシュラには読めない異国の文字。沢山の線から構成されたそれを文字だと認識出来たのは、ササハの母であるカエデが似たような紙切れを持っていたのを知っていたから。

 まさかササハが何かしたのかと背後を見れば、ササハは何とか雪から這い出したくらいでそれどころではない様子。


 ではいったい誰だ、原因はなんだと《青の剣士》に意識を戻そうとしてレンシュラは聞き慣れぬ男の声を拾った。


「……申し訳ございません」


 そうして急に意識が遠のき、視界も暗くなる。落ち着いているとも、悲しそうとも取れそうな、まだ年若い男性の声。その声の主のせいかレンシュラの瞼は急速に重くなり、そのまま闇へと閉ざされる。ただ完全に闇へと誘われるその前に――――白の雪に紛れるような、白の神官服を見たような気がした。


 そんな背後での出来事をフリキティンが気にする様子もなく、もしくは気づいていないのか杖の形状をした特殊魔具を大きく振り上げる。《青の剣士》の標的もまたフリキティンにのみ向けられ、フリキティンの口元が僅かに横へと伸びた。


 フリキティンの特殊魔具は遠距離戦、後方支援型だ。本来であれば離れた場所から攻撃を放ち、使用者の安全性を上げてくれるものであり、直接殴れば鈍器としても使えるよ。などという代物ではなかったはずだ。


 一撃を、異形のくせに、まるで騎士のように剣のような物を作り、持ち、本物でもないのに、わざわざ表現し、多くの屍を、この地を守る、お前から守るために存在する騎士の、罪なき命を脅かし、なのになんの変化も、目的もなく、分からず、変わらずただ、ただここにいる。友の命を食い物に化け物。


「『いい加減くたばりやがれクソ野郎』ですよ!」


 それはかつて友に頼まれた伝言。いつか言ってやろう、俺たちで、私達で、幼いころに交わしたささやかな約束。夢。《青の剣士》を《白の聖人》を自分たちの代で倒そう、それくらい強くなろうと掲げた大き過ぎた目標。


(片腕、いや剣を握る右手だけでも落とせれば)


 そしてそんなチャンスは恐らく一度だけ。ちまちま遠距離からの攻撃など、そんな余裕は与えてもらえないだろう。避けられては困る。もう一度などきっと無い。ならばそのたった一度に全てをぶつける。己の魔力、身体ごとすべて叩き込む。


 その時フリキティンは視界の隅に入り込んだ人影に目を見開いた。


「フェス――――」


 ここに居るはずのないフェスカが立っていた。虚ろな瞳で、意識のない息子が。


 まずいと、フリキティンは《青の剣士》の右腕に特殊魔具を振り下ろした。殴打された右腕は拍子抜けしてしまうほど簡単に落ち、なのに何の支障もないというかのように元へと戻った。そして全てを出し切ったフリキティンを羽虫を追い払うように背中から切り捨て弾き飛ばした。


「っ――――――!」


 肉を裂かれる感覚はなかったが、身体の後ろ半分がもがれたのかと感じた。


 《青の剣士》がフェスカの元へ飛ぼうとした。フェスカを支配するナニカの元へ。《青の剣士》はもう、そのナニカ以外に意識を向けることはなかった。


 だから可能となった。


 止めてくれと、私の息子に近づくなと、声も、息さえ出なくなっていたフリキティンは表情を歪め、しかし次の光景に安堵し涙を流した。剣を鞘へと戻した《青の剣士》の右手がフェスカへと届く前に、ササハの右手がその黒へと届いた。


 まばゆい光と、黒の花吹雪が舞うように霧散した異形。それを見届けたフリキティンは子供のような笑みを浮かべ、ゆっくりと目を閉じた。

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