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33話 ずっと

 数日ぶりの快晴。昨晩までに降り積もった雪はそのままだが、吹雪く白に視界を遮られる心配はなくなった。


 すっかり人の気配がなくなったエンカナの町を後に、ササハは先を行くナキルニクの騎士たちの後ろを歩いた。先頭にいるフリキティンの話では《青の剣士》を除く、残った通常フェイルの数は五体。その五体だけは騎士たちの誘導に引っかかることはなく、《青の剣士》から引き離しての討伐は不可能と判断された。


「残されたフェイル含め《青の剣士》の足止めはナキルニク(私たち)が行います。ですのでササハさんは――――」


 出発前。そこで一度言い淀んだフリキティンは表情を歪めた。フリキティンは拘束ではなく足止めと言った。前者は可能性すらないと解っていたからだろう。むしろ《青の剣士》を数秒でも足止め出来るかさえ怪しい。

 また、騎士内の被害も想定より少なかったとは言え、この数日の間に負傷者も出ている。配下として囚われ、動きが鈍くなっていた通常フェイルとの戦闘でそれなのだ。それが今回《青の剣士》と対峙するとなれば――どれほどの被害が出るか、ナキルニク側は既に覚悟を決めた様子だった。


「見えた……」


 少し前を歩いていたロニファンの独り言が聞こえた。正直な話、新人で実践経験のないロニファンは足手まといにしかならない。

 後方支援かつ、決して前に出ない。それが彼が今日の討伐に参加する条件であった。


 フェイルとなり、《青の剣士》に首を落とされたチェイス。雪に埋もれて分かりにくいがササハは道中、いくつか赤い炎を宿した黒の石が落ちているのを見つけていた。


 他の人間には視えていな黒の石。昨日までの戦闘で石へと形を変えた――おそらく、フェイルとなってしまった人たちの魂。


(すでに石になった中に、ロニファンのお父さんがいたほうが……)


 良いのだろうか。それはササハが案じてもどうしようもない事だが、それでも自分の父親に――自分の父親が、救いのためとは言え武器を向けられ討伐される様など見たくはないのではないだろうか。


「ロニファ」

「大丈夫だから…………どうなろうが、迷惑かけるようなマネはしねーよ」

「そういうことじゃなくて」

「うん」


 分かってると、ロニファンは言葉にはせず、そして振り向きもしなかった。


「今はとにかく、ササちゃんは自分のことだけ考えてなさい」

「…………うん」

「よしよし、いい子いい子」

「リオうざい」

「酷い!? ちょ、レン聞いた今の!! どうしよう、うちの子が反抗期にっ!!」

「うるさい黙れ」

「流石に今ふざけんのは無いっすわー」

「リオのばーか」

「うぅ! すいません!!」


 三方から非難が飛び項垂れる。そうしてる間に隊列は完全に静止し、自然と注目が前方へと集まった。言葉は交わさない。人垣の向こうには、こちらに気づいているのかいないのか、別の方角を見据えたまま微動だにしない六体のフェイル。


 フリキティンが右手をあげ、その手に杖の形をした特殊魔具が握られた。初めてみたフリキティンの特殊魔具は遠目からでも美しく、澄んだ氷のような、しかしどこか温かみを感じさせる不思議な感覚が伝わってきた。


 その杖が振り下ろされる時が合図。ササハたちの出番はさらにその後なのだが、ナキルニクの騎士たちからは押し殺された緊張が嫌でも伝わってきた。


 そしてフリキティンが終わりの決意を固めるより前に、隊列の中ほど辺りが乱れた。


「お前、何をっ」

「うがぁっ!」

「あはは、あはははははは!」


 数人のうめき声と狂ったような笑い声。どうやら一人の騎士が特殊魔具ではない実物の剣を抜き、近くにいた仲間を斬りつけたようだ。


(なに? 何が起こったの?)


 距離はあるがレンシュラはササハを背に庇い、リオとロニファンも特殊魔具ではない通常の武器を手にする。特殊魔具では人間相手に攻撃を仕掛けることも、逆に防ぐことも出来ないから。


「頭の悪い国賊共め! お前ら全員、国に徒名す裏切り者共だ! 死ね! 醜く命を奪い合い、死んでしまえ!!!!」


 そう、一人の男が声を荒げ、男は仲間を斬りつけたばかりの剣を己の喉に突き刺し絶命した。突然の仲間の凶行に隊列は乱れ、誰もが状況を把握出来ず、そうしてる間に息絶えた男の口から黒い煙が吹き上がった。その煙は唯一ササハの目にのみ映り、だがササハは後方にいたためそれが何なのか瞬時には理解出来なかった。


(あれ……どこかで)


 黒の煙。邪悪な、まるで意思を持つかのように周囲へと広がり、周りにいた騎士たちへも入り込んでいく。


「うっ…………」

「なんだ、急に目眩が」


 煙を吸い込んだ騎士がよろめき、その身を支えようとした者の首を絞めた。


「やめろ!」

「ぐあ! 痛てぇ、テメェよくも、殺してやる!」

「落ち着け! どうしたんだ止めろ! すぐに武器を取り上げ……ぅう」


 黒の煙はどんどんと広まり、吸い込んだ者は正気を失っていく。通常の武器を携帯していたものはそれを使い、所持していないものは己の素手で、足で、同僚へと危害を加えようとする。


「後列部隊、撤退しなさい! それ以外は」


 フリキティンが叫ぶ。何があろうと、ササハの無事が最優先。それが叶えばまた、次を期待することは出来る。そのことはナキルニクの騎士たちにも徹底して伝えられており、実際に後方にいた数人の騎士が顔色を無くしながらも迅速に動いた。


 だが彼らの手が届く前に、ササハは思い出した。一度空へと広がった煙はやがて塊を作り、滴り、その雫がまるで人の形をしたように見え――ササハは大声で叫んだ。


「呪鬼――――呪具です! 呪いです! 呪いが真ん中から広がってて、とにかく危険です!」


 ササハは呪具の元へと駆け出そうとし、だがそれはレンシュラに阻まれる。このままでは離脱させられるとササハはレンシュラから逃れるように後ろへと下がり、と同時に前方から別の大声が届いた。


「フェイルが動き出した! 一、二班で動ける者は迎え撃ちなさい!」


 その声はフリキティンのもので、見ればこちらへと迫る数体のフェイル。幸い――と言えるような余裕ある状況でもないが、向かって来るのは《青の剣士》を除いた五体のフェイル。


 一番最初に走り出したのはフリキティンで、そのあとを前方に配置された数名の騎士たちが続く。連れてきた騎士の半数は呪いの影響で錯乱し、仲間同士で斬りつけあっている。そして後方のササハを優先しろと言われていた騎士たちは、まだ呪いの影響下にはないがフェイルが動き出したことに気を取られ動きを止めた。それはレンシュラも同じで、ササハはその一瞬の隙をついて走り出した。


「待て! ササハ!」


 掴もうと伸ばしたレンシュラの指先は僅かに届かず、ササハは狂った集団の中へと滑り込む。


「ササハ!」


 すぐにリオとロニファンも後を追うが、混乱した人垣が邪魔で思うように動けない。


「防呪の魔道具を持っていないなら進むな! 同士討ちの死体が増えるだけだ!」

「僕は持ってるから大丈夫!」


 叫んだレンシュラの言葉にロニファンだけが足を止め、悔しそうに表情を歪める。正気を保っていた騎士たちもようやく呪いの影響なのかと理解が追いつき始めたのか、防呪の魔道具を持っている者は喧騒の中へと進んだ。


「くそっ……ちくしょう!」


 ロニファンが悔しげに吐き捨てる。進むことも出来ず、かと言って邪魔にならぬようにと身を引くこともしたくない。ロニファンは先程抜いた武器――小刀を、血の気が失せるほど強い力で握りしめた。木を削り整えるための小刀。殺傷力は高くない、そもそも武器と呼べるかもあやしい小さな刃物。父が生前使っていた、もう、今となっては形見とも呼べる代物。


――にゃ…………ん


 ふと、ロニファンの耳に猫の鳴き声が届く。小さく、弱りきったか細い鳴き声。


――にゃ、ん。にゃあ……


 無意識に鳴き声へと視線を向け、一匹の白猫を見つけた。


(あれはササハが言ってた猫か?)


 前に一度だけロニファンが見た時は、白猫は見上げるほど大きかった。

 その猫と同一の存在なのかは分からないが、小さく細い白猫は一体のフェイルにへばりつきずっと、ずうっと鳴いている。小さな白の体は次第に黒の煙に侵され、なのにナキルニクの騎士たちが放つ攻撃がフェイルの身を削る度に悲痛な鳴き声を上げるのだ。


「や……めろ」


 見ていられなかった。


「やめてくれっ」


 これ以上聞いていたくなかった。気づけばロニファンは特殊魔具を具現化し、白猫の元へと駆け出していた。


 ロニファンには聞き覚えがあった。白猫の発する、切なげな鳴き声に。声音に。


「母さん!」


 力強い足取りで雪をかき分ける。白の小さな身体はとうとうフェイルの黒に覆われ、呑まれる寸前、ロニファンは飛び上がり特殊魔具である大斧を振り下ろした。


 斬撃のような音はなく、ロニファンの視界が黒に染まる。黒の煙が容赦なく肌を焼き、ロニファンがその痛みを遅れて拾ったころ、ようやく周囲の喧騒が耳へと入った。


「誰か、早く浄化の魔石を!」


 次第に消えていく黒。


「大丈夫か君! フェイルを接近技で仕留めるなんて無茶をする」


 知らない、ナキルニクの騎士の声。だがロニファンを支え、後方へと下がる騎士は確かに言った。仕留めると。


(親父…………母さん……)


 吸い込んでしまった黒の煙は喉を焼き、ロニファンは吐血する。視界が歪み、自分が斬ったフェイルが、そのフェイルにしがみついていた白猫がどうなったのかロニファンには分からなかったが――――


(何か、温かい、膜、が……)


 強烈な魔力の波が過ぎ去り、ロニファンの身体から力が抜ける。その時ちょうどササハが呪具の元へとたどり着き、フリキティンが三体目のフェイルを貫いたところだった。


 呪具の影響を受けた騎士はその場に倒れ、立っている人間のほうが少なくなっていた。


 そんな中一人の青年が呟いた。ササハのすぐ近く、淡い月色の髪をした青年。彼の視線の先には特殊魔具を握りなおすフリキティンの後ろ姿と、残った一体のフェイル。


「にい、ちゃん?」


 次の瞬間先ほどのササハとは違う、それよりも膨大で強力な魔力が青年より吹き上がり、辺り一帯を蹂躙した。

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