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30話 肝心なことはいつだって

「リオ!」

「あ、ササハ」

「違うノアだぁ!」


 宿に戻ってきたロニファンの背後(うしろ)。彼に続いて顔を覗かせた人物に、ササハは驚きと喜色の混じった声を上げた。ロニファンが何か言いた気な表情をしたが、数日目を覚まさなかった割には元気そうなササハに、今は良いかと何も言わず部屋の奥へと進んだ。


「っ~~~! っ・・・!」

「痛てっ、なに? 何だよ! 無言で叩くなよ」


 顔を見た直後は驚きに思考停止してしまったササハだったが、平然とした様子で中に入ってきたリオに思わず殴りかかる。やめろと言われてもササハ自身今日までの疲労プラス、リオへの心配で理性的な行動が取れなかった。


「いっぱい、心配した!」

「何が?」

「急にいなくなるから!」

「誰が?」

「分かるでしょ! ばーかー!!」

「痛っ! 痛い、やめろ。バカって言うほうがバーカ!」


 ササハの攻撃性が増し、リオは防御の姿勢を取って逃げる。それを不意打ちの驚きから我に返ったレンシュラが、(子供の)ケンカは止めろと呆れた様子で仲裁に入る。


「二人とも落ち着け」

「だってノアが!」

「はあ?! おれ何もしてないし、むしろ殴ったりしてきたのはササハだろ」

「むぃぃ……叩いたのはごめんね!」


 悔しそうにササハが謝り、主張が認められたリオは満足そうに頷く。ササハは完全には納得していない様子だったが、ひとまず落ち着いたと強引に解釈し、レンシュラが二人を離しつつ座るよう促した。


「とりあえず話をしよう」

「おれ腹減った」

「……なら、食べながらでいい」

「だったらオレ下行って何か食いもん貰って来ますわ」

「わたしも行く」

「一人で十分(じゅーぶん)

「でもレンシュラさんいっぱい食べるよ」

「…………いや大丈夫。一人でもいける、と思う」

「・・・」


 レンシュラは無言で立ち上がり部屋を出る。恐らく階下の食堂へと向かったのだろう。言い出した手前、ロニファンも手伝うとその後を慌てて追った。


 部屋にはササハとリオの二人が残され、別々のベッドに腰掛けていた二人は同時に顔を見合わせた。ササハは怒っているような表情を浮かべているが、病み上がりのせいか僅かに顔色が悪い。それに気づいたリオは心配そうに身を乗り出し、まじまじとササハの顔色を確かめる。


「大丈夫か? もしかしてどっか悪いのか?」

「ち、近」

「なんか顔が赤くなったぞ!? 風邪か?? 熱があるんじゃ――」


 リオが熱を確かめる為に、ササハの額に自身の掌を押し付ける。


「やっぱりそうだ! お前、どんどん熱く」

「大丈夫! 違うから、大丈夫だからちょっと離れて!!」


 どん、と押し返せば相手は不服そうにしながらも素直に離れる。しかしリオの顔には心配の色が濃く出ており、ササハは先程まで感じていた怒りやふてくされた感情が萎んでいくのを感じた。


「実は少しの間、体調が悪くて休んでたの。でも今は元気になったし、全然大丈夫だから」


 そうなのかと、微妙ながらも納得する。そうこうしている内に人の気配が近づき、レンシュラとロニファンが大量の食料を抱え戻ってきた。


「なんだ? なにか祭りでも始まるのか??」


 小さなサイドテーブルには乗り切らない量の食料。野営用のシートを床に広げ、同時にリオの腹の虫も鳴いた。


「お前、この町にはいつ来たんだ?」


 シートに座り込み、食事をしながらレンシュラがリオへと問う。


「ソイツに合うちょっと前くらいだ。急にソイツが声かけてきて、ササハとおっさんがいるって言うから一緒に来た」

「人に(ゆび)を指すな。つか、さっき名前教えただろ。ロニファンだ、ロニファン」

「お、おっさん……」


 レンシュラが分かりやすくショックを受けている横で、リオは美味しそうに肉を挟んだパンにかぶりついた。口いっぱいに物を頬張るリオを横目に、ロニファンが声をひそめササハへ寄る。


「何か、今日のアイツ変じゃね?」

「変じゃないよ。だって今はノアだから」

「は?」

「おっさんは止めろ。レンシュラだ。レ・ン・シュ・ラ。呼んでみろ、呼べ」

「あ、何すんだよ! おれの肉だぞ、盗るな!」

「呼び方を訂正するなら返してやる」

「レンシュラ!」

「よし」


 犬のしつけかよと、以前にも似たようなことを別の誰かさんに思ったなとロニファンは呆れる。


「なにか別人格でも飼ってる感じだったりする?」

「たぶんそうかも??」


 適当に言った内容に微妙ながらも肯定を返され、ロニファンは深く考えることを止めた。


 呼び方の修正に成功したレンシュラが、満足そうに話を続ける。


「それで、今までどこに――」


 そこまで言いかけ、レンシュラはそもそも覚えていない可能性のほうが高いことを思い出した。ならば言葉は選んだほうがいいかと途中で口を閉じたが、リオは気にした様子もなく答える。


「ここに来る前? それなら湖を見に行ってたんだ。そしたらササハの知り合いのデカい女と、意地悪した女に会って、なんかすげー便利なのくれたから一気に帰ってこれた」


 リオ以外の三名が、全員似たような表情で疑問符を飛ばす。


「え、ちょっと待って。湖ってどこの? それからデカい女と、意地悪した女って誰のこと??? しかもわたしの知り合いなの!?!?」

「湖は湖だよ。デカい女は確かカイレス次女って言ってたっけ? 意地悪した女は忘れた。けどササハの家でササハに意地悪して、でもあとで仲良くなった奴」

「わたしの家で意地悪って……もしかしてブルメアのこと!? あの時は理由があったんだし、そんなふうに言わないでよ!」


 ならばもう一人のカイレス次女は、ハートィのことで間違いないだろう。だが、ハートィのことをそのように呼ぶのは、ササハが知る限りでは一人だけ。レンシュラもササハと同じくの違和感を持ち、僅かに眉を寄せた。


「お前、リオの時にも意識があるのか?」


 もしくは記憶が分かる、共有しているのか? だが、レンシュラの言葉の意味を理解出来なかったのか、リオは怪訝そうに首を傾げるだけ。正直、ササハもレンシュラも、リオとノア。二人の状態は推測するしか出来ないため、確かなことは何も分からないし、どこまで追求して良いのかも分からず今日まできた。


「…………ノアは、自分のことも、昔や、色々覚えてないって言うでしょ? ……その、何か思い出したりしたの?」


 これまでノアは、彼自身のことについて聞くと苦しそうに覚えてないと言った。そしてリオも何か知っている様子なのに詳しいことは話さず、言及されること自体嫌がる素振りを見せた。


 まるでそれが、彼等にとって良くない結果を招くことになるかも知れない…………と、そう感じさせるように。


 瞬間――――リオの表情が抜け落ちた。


 リオの視線は拒むように下へと逸らされ、手も僅かに震えているように見えた。


「ノ――――」

「駄目」

「え?」


 下を向いた彼を心配し手を伸ばしたが、その手は心配した相手から否定の言葉とともに掴まれた。


「ごめんけど、駄目。もう少しだけ待ってあげて」

「………………」

「ね。お願い、ササちゃん」

「~~~リオ!!!」

「ほらほら。女の子がそんなぶちゃいくな顔しないー」

「ブサイクじゃないもん! リオのばぁぁぁーーーかっ!!」

「僕は馬鹿じゃないです~っ、痛っ! 痛い、ちょっとレン止めて。少しからかっただけじゃ、痛い痛いごめんなさい!」


 先ほどとは違い、レンシュラがガチ目にリオの頭をジャムだか何だかの瓶で殴る。余計なことを言うなと。


 しかし、意地悪を言われたからじゃない。そんな理由で怒っているのでは無い。そもそも今尚ササハの中をのたうち回り暴れている感情を、想いを、怒りなどと単純な言葉ひとつで表すことなどは出来ない。


「………………ばか、本当にばぁか」


 いつだって踏み込ませてくれない。近づけば追うことすら出来ないところまで逃げてしまう。そんな相手にふてくされて、傷ついて――――そして、ほんのちょっぴり泣きたくなっている。


 そういう面倒な(たぐい)話なの(アレコレ)だ。

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