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27話 フリキティンの願い

 《呪われた四体》を封印する四家門。封印の代償なのか、それぞれの一族には呪いのような現象が現れた。その呪いは《(しるし)》として強制的に引き継がれ、後継者たちを蝕んできた。


 例えば《黒の賢者》を封印していたカルアンの呪いは、封印維持者の成長を早め身体の老化速度を上げさせた。


 また《赤の巫女姫》を封印していたリオークの呪いは、周囲から封印維持者の記憶を奪い、だが生命維持に支障がないよう存在自体は曖昧になりながらも受け入れられるようになっていた。


 しかしそれらの呪いを解く術はなく、故に呪いの内容を他家と共有し解呪の方法を探る――――などといった事は行われなかった。


「彼はハルツ家現当主、キシュレイ・ハルツ。彼が()()なってしまったのは《青の剣士》の呪いのためです」


 そうハルツ家の呪いについて語ったのは、ナキルニク家当主であるフリキティンだった。


「代々ハルツ家当主はこの地の、この場所で――《青の剣士》封印のためその身を捧げます」


 涙に濡れた頬を拭い、平常を取り繕ったフリキティンはゆっくりと立ち上がりササハを振り返った。未だ現状が理解しきれていないが、何となくササハもレンシュラも、キシュレイの元へは近寄り難く動揺を隠せぬまま立ちすくんでいた。


「《青の剣士》の呪いは(しるし)持ちをこの地に縛り付けることです。次代の段階ではこの地以外では生命活動が低下し、印持ちになった瞬間悪化し、そう遠くない内に死に至ります」


 淡々と、だが天井の遠い教会内でフリキティンの声は響き、しっかりと届いた。


「ですがこの教会内にいれば急速な死だけは免れます………………()()()()を生きていると言っても良いのなら、ですが」


 そう言ったフリキティンの眼差しは、暗く地面へと落ちた。すぐ傍らには地に膝をつく背中。硬く冷えた身体に熱はなく、呼吸を、脈を打っているのかすらも分からない。だが、まだ呪いの影響は次代には引き継がれていない。


「ハルツ家の次代印持ちはキャロル・ハーツ。あの娘はキシュレイの姪でしてね。まだ彼女に呪いの影響が本格的に出ていないことが、キシュレイがまだ命を落としていない証拠なんです」


 封印は印持ちの魔力を使って維持をしている。この老いず、まるで蝋人形にでもなってしまったような状態であっても、キシュレイはかろうじて生きているらしい。まさに先程フリキティンが言った――この状態を生きていると言っても良いのなら――ではあるが。


「おかしな話だな」


 僅かに乾いたレンシュラの声。


「ハルツ家の内情を、ナキルニク家当主から聞くことになるとは」


 ましてやこれまで交流などなかった、他所の家門(カルアン)の人間であるササハたちに話すなど。


「おかしい――でしょうか……いや、そうですね。ええ、確かにそうだ」


 フリキティンは言葉の内容とは裏腹に、声音に困惑した様子はなく、むしろ楽しみを含んだような音で言う。


「私にも、もうどうしたら良いのか分からないんですよ。なにせ()()()()は初めてなので」


 ()()()()とはなんだろう? ササハは口に出さずとも表情に出ていた。それはフリキティンにも伝わったようで、更に笑みを深めて小さな笑い声が聞こえた。


「結界のことです。この辺り一帯、特殊魔具が使えなかったでしょう? それは結界が張ってあったから。エンカナの町から山へ向かうのを阻止するための魔道具とは別の――――《青の剣士》を外に出さないための結界が山全体に張ってあったのです。そして結界を張っていたのはキシュレイ……ハルツ家当主です。なのにその結界が消えた。原因も不明。並行して調査を行いますが、それよりも《青の剣士》が野放しになってしまっていることが問題です」


これまでハルツ家の印持ち交代の合間でも、結界が途切れることはなかった。ましてや印持ちが入れ替わりのタイミングでしか建物内に侵入出来なかったのに。


「これまで一度も解除されたことのない結界が、突如理由もなく解除されてしまった。それも《黒の賢者》消滅に関係があるかも知れないとされている、カルアンのお嬢さんがいらっしゃった状況で」

「………………」


 レンシュラは黙り込んだが、フリキティンは柔らかな笑みを浮かべている。


「協力、していただけませんか? ササハ・カルアン嬢」


 ササハはまっすぐフリキティンを見返した。


「……協力って、具体的には何をするんですか?」

「貴女が《黒の賢者》を消滅させたというのは本当でしょうか?」

「正直わたしにも分かりません。けど、そうなんだと思います」

「どうしてですか?」

「《黒の賢者》と《赤の巫女姫》その二体に右手で触れた後、二体とも消えてしまったので」


 赤の巫女姫も……とフリキティンは反芻した。


「では、その、貴女は《呪われた四体》を消滅させる(すべ)を持っていると」

「…………断言は出来ません。わたしもその時のことは曖昧で」


 どちらの時も無我夢中で、はっきりとは覚えていない部分のほうが大きい。


「ただ、自分でもやり方は分かっていないんですが、こう――右手が熱くなって変な模様が浮かび上がって」

「模様?」

「その時にフェイルに触れると何かぶわーって、解放した感じがするんです」

「解放ですか? 一体なにを?」

「たぶんですけど、フェイルにされた人の魂とか? ですかね???」


 あくまでもササハの想像。でも、そう間違ってもいないとも思う。


「では、貴女が《青の剣士》と接触することが出来ればアレを消滅させることが出来るかも知れないんですね」

「それは…………」


 はい、ともいいえ、とも返せず口ごもる。おそらくはとは思うが確証はない。更には自信もそれほどない。珍しくこれまでササハの事を他家に隠そうとしていたレンシュラが口をはさまず、止める様子もなかった。ただ若干フリキティンに鋭い視線を向けてはいるが。


 フリキティンはキシュレイへと視線を落とす。


「……私とキシュレイは幼馴染なんです。フェスカとキャロル嬢と同じように」

「え?」

「私もキシュレイも早い段階で次代の印持ちと判明し、私はハルツ家特務隊の指揮隊長として若い時はあちらで生活をしていました。ハルツの領地である程度の経験を積むと、今度はハルツ家の次代と共に組み、ナキルニクへと戻る」


 それが両家の習わし。今のフェスカとキャロルもそうであるように。


「二人で共に過ごした時間より……友をここに一人置き去りにしている時間のほうが長い」


 《青の剣士》がこの地にいる理由は分からない。だが昔からそうだった。そして昔から封印の結界を張れるのはハルツ家の当主となる者だけだった。


「私はキシュレイ、友を助けたい。それが叶わなぬというのなら、せめてもう……休ませてやりたい」


 こんな生きているのかと、疑うことしか出来ない状態ではなく。


「《青の剣士》を消滅させる。その条件がササハ嬢と《青の剣士》の接触であるならば、我らナキルニクとハルツが全力でその機会を作ります」

「で、でもわたしも本当に出来るかは分からないですよ!?」

「それでも、可能性があるのなら挑戦させていただきたいのです。どうか力を力を貸してはもらえないでしょうか?」


 フリキティン深く頭を下げる。さらりと指通りの良さそうな白銀の髪が下へと垂れ、ササハは思わずたじろいだ。だが、すぐに唇を引き締め、キリリとした表情でフリキティンに顔を上げるよう願った。


「とりあえず、一度持ち帰りレンシュラさんたちと検討したあとお返事させてください」


 セリフに反して今にもやる気十分に「もちろん!」とでも返しそうな声音と表情に、レンシュラは諦めの息を吐き、フリキティンは少し失敗した下手くそな笑みを浮かべた。

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