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25話 起きた、居た

 あなたを護る剣でありたかった。





 暗くはない、冬の日差し。部屋の明かりはついていないが、カーテンが閉じられていない室内はそれなりに明るい。


「ぅ、けほ、コホ……」


 ゆっくりと瞼を上げたササハは、ベッドに沈んだまま首を捻り、吸い込んだ空気が乾いた喉に絡みついて咳き込んだ。乾きのせいで苦しい咳が漏れ、飲み物はないかと涙混じりに周囲を見回した。


 ちょうどベッド脇のサイドテーブルに水差しと、伏せられたコップが置いてあり迷わず手を伸ばした。その辺りで部屋の外から足音が近づき、急かすようなノックの音がした。


「ササハ起きたのか? 開けるぞ? 開けるからな」


 扉の向こうから聞こえたのはレンシュラの声で、ササハが返事をするよりも早く扉が開かれた。


「大丈夫か? 《青の剣士》の元に向かった日から三日、目が覚めなかったんだ」

「三日!? わたし三日も寝たままだったんですか!」


 気を失った直後は熱も出ていたらしいが、ササハはその時のことはあまり記憶に残っていなかった。


「ロニファンは? 他の二人も……あの後どうなったんですか?」

「皆無事だ。怪我もしていない…………ただ、フェスカ・エスラルグはお前同様あの日から今も眠り続けている」

「え! 隊長さんが!? それは」

「町の医師にも診てもらったが、眠っているだけでそれ以外の異常はないようだ」

「そう、なんですね」


 一応安心していいのだろうか、ササハはゆるい息を吐き出した。原因不明で眠り続けているのはただ事ではないかも知れないが、現に似たような状況にいたササハは目を覚ました。ならばフェスカのことも今暫く様子をみるしかないのかも知れない。


「それで、ササハ」

「? なんですか?」

「いや先に食事にするか?」

「いえ、お腹が空いてない訳じゃないですけど、今はちょっと何か食べる気はしなくて」


 体調面は眠りっぱなしだっため身体は重く感じるが、それ以外不調と言える症状はない。


「ならば()()少し話をしておきたい」

「お話? 良いですよ。けど先ってこれから何かあるんですか?」

「……今回のことがナキルニクとハルツの両家に伝わった――と言うか、エスラルグの件も含めあちらが報告を上げた」


 それは、確かにそうなるだろうなとササハは思う。あくまで《青の剣士》の件は様子見だったため、フェスカ隊の独断で動いていた。しかしその責任者であるフェスカに問題が生じたため、副隊長であるキャロルが本家に連絡を入れたという事だ。


「その結果、ナキルニク家の当主がここに来ている」

「・・・へ?」

「《青の剣士》と接触した時の状況を教えて欲しいと、現在もこの宿屋の別室に滞在している」

「?!?!?!」


 ナキルニク家の当主が。ここに??? 流石に当主本人が足を運ぶとは思いもよらず、ササハは間抜けな顔をした。


「あれ? でも。《呪われた四体》を封印している当主様って、自分の領地から出られないんじゃなかったでしたっけ?」


 その理由でカルアンの前当主だったヒュメイクや、リオーク家全当主であるティーナ・リオークも、当主となった瞬間から《呪われた四体》の封印のため領地から離れられなくなったのだ。


「正確には封印場所から、だな」


 領地に封印したのではなく、封印場所が各家の領地となったのだ。領地から出れないというのも、封印場所から遠ざかるほど呪いの負担が大きくなるため、離れることが出来なかったというほうが正しい。ヒュメイクの場合は約十年前に一度封印場所が移っているため、呪いの進行が強まったりもした。


 不思議そうな表情を浮かべるササハとは別に、レンシュラは神妙な顔つきをしている。いつも通りと言えばそうなのだが、どこか怒りを含んでいるというか、不服そうに眉も寄っている気がする。


「……どうやらあの女はお前のことも報告していたようだ。今回ナキルニク家の当主自らここに来たのは、恐らくお前が目的だろう」

「わたしに?」

「俺がナキルニク家の当主のことを知ったのは今朝だ。ちょうど本人が現れて挨拶をされた」


 意外と身軽(みがる)な人なのだなと感心する。


「あれ? でも当主様はどうやってエンカナの町へ? 三日で着けるほど近くにいらっしゃったんですか?」


 一部の魔法と第六魔力が効きづらい、もしくは一切効かない土地。転移の魔法ももっと離れた場所まで戻らなくては使用できず、そこから人の足で三日で来るのは難しかったはずだ。


「見せたほうが早いか」

「? あ、あれ?? レンシュラさん、特殊魔具が」


 言ってレンシュラが見せたのは、自身の特殊魔具の具現化。フェスカの話では、適合者であるフェスカが魔力を流した範囲なら可能であるという事だったか。適合者の話が出る前は、ハルツ家の血を引く者一部の例外という話もあり、真の理由についてはまだハッキリ分かっていない。


「ナキルニク家当主の話では、この一帯に特殊な結界があったらしく、その結界のせいで一部の魔力が制限され魔法や特殊魔具が使えなくなっていたらしい。だが今はそれがなくなっているのだとか」

「そうなんですか!?!? 一体なにが本当の話なの??」


 そしてここで増えた三つ目の理由。ナキルニク家当主は現に転移の魔道具を使用してエンカナへ来たらしく、レンシュラも頭が痛そうに額を押さえていた。


「俺も詳しい話を聞こうとしたんだが、お前が目を覚ましてからだと断られた」


 今朝のことだし、他家の当主にレンシュラも我を通すことはしなかった。それでも何かしら情報は入手出来ないかと窺っていた時にササハが目を覚まし、体調にも問題はなさそうだったため先に自分たちだけで話をしておきたかったようだ。


「あの時、《青の剣士》に向かって何か言っていたようだが何だ?」


――“お姉さんだよ! 切っちゃ駄目っ!!“


 確かにササハはそう叫んだ。それが原因なのかは分からないが、その直後フェスカに向かって剣を振り落とそうとしていた《青の剣士》は錯乱し、どこかへと消えてしまった。


 しかしそう言われたササハ本人は、きょとんと目をまあるくするばかりで不思議そうな眼差しをレンシュラへと向けている。


「わたし何か言ってたんですか?」

「――覚えてないのか? お姉さんだから斬ってはいけない、という感じのことを言っていた」

「全然、覚えてないです……」

「そうか。なら、それまでに何か感じたことや、おかしな点を見つけたなどはあるか?」


 先に情報共有を済ませておこうと、レンシュラが質問を重ねた時。


「そのお話、私も混ぜていただけますか?」


 いつの間にか開かれていた扉に、セリフと同時に響くノックの音。レンシュラも気づいていなかったのか、弾かれたように振り返り、無意識にササハを背に隠す。開かれた扉のすぐ側には、フェスカがそのまま歳を重ねたような見た目の男。


「初めまして、カルアンのお嬢さん。私はナキルニク家当主、フリキティン・ナキルニク」


 そう名乗った男――フリキティンはフラフラと危うい足取りで室内へと入ってきた。見た目は四十代。パッと見るだけでは若そうに見えるが、病人と見紛うほど青白い顔色に、存在を主張しまくりの隈。痩けた頬と薄っすらと刻まれた目元のシワに、人物的特徴の観察より体調は大丈夫なのかという心配が勝った。


「は、初めまして! ササハ・カルアンです! えと、あの大丈夫ですか? 顔色――ふらついてますし、ここ座って下さい!」


 風が吹けば倒れそうな危ういフリキティンに、先程まで自分が寝ていたベッドを明け渡そうとする。いえいえお構いなくと笑顔で辞退するフリキティンだったが、立たせておけば倒れそうとレンシュラが部屋の隅にあったソファを移動させそこに収まらせた。


 部屋は魔道具で丁度いい温度を保っていたが、フリキティンは細い肩を揺らしくしゃみをしたので慌てて毛布を差し出し部屋の温度も上げた。


「優しい子たちですね。ありがとうございます」


 そうにっこり微笑んだフリキティンは、フェスカとそっくりの顔をしていた。

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