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14話 フェイル

「あの黒い化け物共を、俺たちは“フェイル“と呼んでいる」


 リオの部屋に落ち着き、レンシュラが改めて口を開いた。

 詳しい話はリオが起きてからにしようと言われ、朝食の買い出しと、待っている間にササハは昨日の出来事をレンシュラに話しておいた。

 黒い、犬のような獣に出会ったこと。その犬は通常の生き物とは違い、体毛が煙の様に漂っており、胸元には赤く光る雫型の石が見えた。物理攻撃は効かず、なのに地面を掘るような動作をし、実際に音も聞こえたと。


「ふぇいる?」

「実体のある悪霊みたいなものだ」

「あ、悪霊っ! え、幽霊なんですか、あれ!!」

「幽霊、なのかな? レンはたまに極端な言い方するよね」

「否定はしないんだ……」


 さっ、とササハが青ざめる。レンシュラがリオを睨んだが、リオは知らぬふりをした。


「悪霊と言うか、死人……うーん、この例えも違和感があるなぁ……」

「フェイルの危険性だけ伝えればいい」

「なんで? いずれ学ぶことだろ?」

「連れて帰るつもりか?」

「え!? 違うの!? この子()の状態で目視出来たんでしょ。なら適正ありだよ。報告しなきゃ」

「…………そうじゃない可能性もあるだろう」

「は? そうじゃないって――あ」


 二人だけで進める会話に、ササハは不安そうに視線を動かす。

 そもそも急に悪霊だとか、死人だとか言われても頭が追いつかない。

 何とか理解しようと必死な様子のササハに、リオは苦笑を浮かべて話を続ける。


「ちょっと話しがずれちゃった。ごめんね」


 ササハは大きく首を横に振り、大丈夫だと眼差しを向けた。


「じゃあ話を戻すけど、フェイルっていうのはキミが見た黒い化け物のことで、元は生きていた普通の人間なんだ」

「え――?」

「化け物の親玉みたいなヤツがいてね、ソイツが人間の魂に(たね)を植え付けるんだ。その種は周囲の魔力を引き寄せ、適正のあるなし関係なく魔力暴走を引き起こさせる。そのせいで種を植え付けられた人間は肉体が死滅し、逆に引き寄せた魔力で新たな身体を形成させる。黒い煙で出来た身体をね」

「あ……」


 黒い煙の様な毛皮だと思っていたが、あの煙そのものが獣の身体だったのか。


「魔力暴走で肉体を失った魂は理性がなく、凶暴化したり、執着心が強くなったり、生前の強い意志だけで動くようになるんだ」

「だからさっき悪霊とか、死人って……」

「うん。だから大抵の人はフェイルになると人を襲う。――いや、襲うと言うより、生前の強い意志しか残ってないから、結果的に害となったと言うべきか」

「どういうこと?」

「フェイルを構成するあの黒い煙。あれは集められた魔力が、フェイルの種によって汚された汚染魔力なんだ」

「汚染……魔力?」


 魔力はそこいらに漂う目には見えないエネルギーのことで、生物なら動植物関係なく微量の魔力を宿している。逆に魔石という例外を除いた無機物は、魔法陣などで人為的に魔力を付与しない限りはすり抜けるばかりで留めることはない。


「汚染魔力はそのままの意味で、汚染された魔力。毒が煙状になって目視出来る状態になってるって想像したら伝わり易いかな? 魔力濃度にもよるけど、接触期間が長ければ長いほど体調を崩すし、最悪の場合死に至る」


 言わば動き回る毒物。

 

「母親だった人物がフェイルになっちゃって、側で見守っていただけなのに、その子供は汚染魔力に侵されて死んでしまった。そんな実例もあったりするんだ」

「そん、な……」

「だからあの黒い煙には触らないようにしてね」

「そもそもフェイルに近づくな。お前は何もしなくていい、俺たちの仕事だ」


 青ざめた顔で話を聞いていたササハに、レンシュラが釘を刺す。


「レンが嫌がるから、そっち方面は詳しく話せないけどね。単純に、フェイルっていう化け物をやっつける仕事をしている人間もいる。――くらいに思っといてよ」


 先回りの拒絶の言葉に口を閉じる。確かにササハは部外者で、気になりはするが聞き出したい内容はそこではない。

 実際フェイルを目の辺りにしても、まだ困惑のほうが強い。

 ササハは最初に話をすると言ってくれたレンシュラを見た。


「フェイルは……あの黒い犬は、わたしにも関係があるんですか?」


 全てではないとは言え、本来なら知ることも、知る必要もなかったはずの話。

 自警団で聞いた時には隠そうとしたのに。

 それまで説明の一切をリオに任せていたレンシュラは、ゆっくりとササハを見た。


「フェイルにも段階があってな、呪いを植えられた直後の“種“から、花が咲いた状態の“開花“の二種類がある。しかし種でいる期間はほんの一瞬で、大抵はすぐに開花する」


 種と開花。


「僕も種の状態のフェイルは初めてだ。レンもじゃないの?」

「俺も話でしか知らない。種の状態はそれ程珍しい」

「種と開花は何が違うんですか?」

「言わば、幼体と成体。開花したフェイルは実体を得て動きが活発になる」

「あと個体によっては特殊な魔法使うようになるよね」

「逆に幼体は、測定器にも反応しないぐらい微量な魔力だけで種を支えていて、実体も持っていない。大半の魔力は種に溜め込んでいて、だからか周囲を漂う魔力と同じで、()()()()()()()()()

「え?」

「見えないんだ。一部の例外を除いて」


 例外。つまり、ササハはその例外とやらに当てはまるのだろうか。

 ササハは真剣な面持ちでレンシュラに続きを促した。


「例外の一つは無色の第六魔力……あー、お前で言えばカタシロを動かす時に使う力だ」

「むしょくのだいろくまりょく? ばーちゃんからは魔力とは違う、別の力だと聞いていたんですけど違うんですか? それに魔力って確か第五までじゃありませんでしたっけ?」


 無色の第六魔力とは何ぞや。

 ササハの知識では、魔力は『赤の第一』『青の第二』『緑の第三』『白の第四』『黒の第五』の五つしかないと言われていたはずだ。


「『無色の第六魔力』というのは実際にはない――とも言い切れないか。つまりは……・・・なんだ?」

「いや、そこで僕に振られても」

「確か海向こうの大陸では『霊力』と言われているらしいが――とにかく、その第六魔力が強い者も種の状態のフェイルを感じることが出来るらしい」

「雑にまとめるじゃん」

「こういった説明は苦手なんだ」


 苦い表情を浮かべレンシュラが言う。だが言いたいことは何となく分かったので、ササハとしては何の問題も無い。


「つまり、わたしはその第六魔力ってのが強いって事ですか?」


 しかし、レンシュラとリオは互いに顔を見合わせ、微妙な顔をした。


「あくまでも例の一つであって、他にも可能性があるからそうだとも言い切れないんだよね」

「あ……」

「今この場でキミの第六魔力を測定出来ればいいんだけど、簡単なことじゃないからすぐには、ね」


 証明が出来ないから断定も出来ない。


「じゃあ、他の例って?」

「もう一つの例外として、第六魔力の有無関係なく、おかしな現象が起きることがある」


 言ったのはレンシュラで、ベッドに腰掛けているササハは、正面の壁に背を預けているレンシュラを見上げた。視線が合って、レンシュラはゆるりと壁から背を離すと、ササハのすぐ前まで来てしゃがみ込んだ。


「そんな泣きそうな顔をするな」

「でも……」

「手を緩めろ。傷口が開くぞ」

「いや、今のは勿体ぶるレンが悪いよ。もっとさらっと言ってあげなよ」

「…………」

「無言で睨むなよ」


 横槍を入れるリオをレンシュラが睨む。

 ササハはまた両手を握り込みそうになったが、それをレンシュラがやんわりと押し止めた。


「もう一つの例外はね」


 言ったのはリオだった。


「フェイルと深い関わりがある場合」


 例えば、フェイルにされた人間の身内、恋人、フェイル自身が一方的でも強い想いを寄せる人。想い人。

 リオの説明は続くのに、ササハは上手く聞き取れない。


「もしくは、()()()()()()()()()()()と深い関わりがある人物にも、稀にだけど影響が出ることがあるらしい」


 殺された人が危険を報せるためか、その姿が視えることがあると言う。

 落ち着いた声音なのに、ササハの鼓動は耳鳴りがしそうなほど高く脈打つ。山を駆け下りてきた訳でもないのに、息が詰まって呼吸がし辛い。

 すぐ横に立っているリオから、僅かに苦笑がもれる。


「キミの場合どちらなのかは、まだ分からないけどね」


 リオは軽い口調で言いながらも、どこかぎこちない表情をしていた。

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