18話 キリキリします
レンシュラが新米二人と別行動していたのには理由があった。それは昨日現れたというフェイルを見つけ出したかったから。出来ればササハのいない状態で。
そもそもレンシュラとササハがこの地を訪れたのは、姿を消したリオの行方を探すためだ。リオが故郷に帰っている可能性、もしくは家族からなど何かしらの手がかりがないかを期待してだったのだが――――そのどちらともリオに繋がることはなかった。
あとはついで程度だが祈念祭の会議後、集まるであろうササハへの注目を逸らすため、所在を曖昧にしたかったというのもあったが。
(まさか特殊魔具が使えない地があるなんて……)
それがあらかじめ分かっていれば、絶対にササハを連れて来るなんてしなかったのに。むしろレンシュラ一人だったとして考えられなかった。
本当はすぐにでも特殊魔具が使用できる場所まで戻りたかった。表情には出さなかったが、内心冷や汗だらだらである。
「だがな・・・はあ………………」
返事をくれる相手もいないのに、つい声と深い溜め息がこぼれてしまった。しかし、しかたないだろう。レンシュラの焦りとは反対に、ササハは父親を探すロニファンを残し下山することは無いだろうから。絶対に。
となるとササハかロニファンのどちらかの意思を無視し、下山を強行するしかない。流石にそれは厳しい。なれば、せめてこの地にいるフェイルをフェスカの隊に退治してもらおう。そのためにはどこかを彷徨っているフェイルを見つけ出さなければならない。ロニファンはともかく、ササハはフェイルがいたら突っ込んで行くかもしれないから、出来るだけ離しておきたかったのだ。
それがどうして、こうなったのか。
レンシュラが町の様子を気にしつつも外に出て、自身の感覚しか頼るものがない状況で一歩を踏み出した時。町の入口とは真逆の方向。そこでなぜか緊急の連絡弾が空へ打ち上がった。
「は?」
理解が追いつかなかったのは一瞬で、レンシュラは凄まじい勢いで踵を返し走り出したのだった。
◆◆□◆◆
「おはようございます! 本日もよいお天気ですね、お姉さん!」
「そ、そうでございますね、殿下……」
早朝も早朝。まだ空も暗い時間。王都――ではなく、そこから遠くない町の入口でブルメアは穏やかに塗り固めた笑みを浮かべた。昨日はこの町のなんでもない、一般客も利用する普通の宿屋に泊まった。それは現在、早朝の冷たい空気に白の息を吐き、元気いっぱいのキラキラお目々でブルメアを見る第二王子殿下も同じで、この数日ブルメアの胃は痛みっぱなしである。
「昨日はよく眠れましたか? ぼくはあんなに固い寝台は初めてで、少し夜ふかししてしまいました!」
「ひん!」
嫌味ではない純粋な報告がブルメアを刺す。湖に寄り道したその後、速攻で王都に行きましょうと申し出たブルメアの意に反し、コリュートは疲れたので近くの町で休みたいと言った。何なら少し熱っぽいかもと、わざとらしい咳までされるとブルメアも従うしかなかった。
しかしいくら何でも、王族を平民も使う宿屋に泊まらせ訳にはいかないと、より王都に近い大きな街まで進もうと言ったが遠すぎると却下された。もしくは、信用出来る貴族の屋敷に迷惑承知で押しかけるのはどうかと過ぎったが、それをブルメアが口にするよりはやく、平民が利用する宿でも構わないと耳を疑う言葉をコリュートは発し、護衛の二人も反対するどころか何も言わず従うだけだった。
(頭おかしいんじゃないの、この職務怠慢黒装束め!)
にっこり笑顔を貼り付けた下で、ブルメアはコリュートの背後に控える役立たず共を罵る。
「なあ、いつになったら出発するんだよ。もうおれ一人で行ってもいいか?」
「駄目っす! 一人で勝手に行動しちゃ駄目って、昨日ブルメア様から散々言われたじゃないっすか」
「なんでおれがアイツの言う事きかなきゃいけないんだよ」
「そんなこと言わないで」
ブルメア側の背後からは、もこもこの外套を着ているハートィと、心底嫌そうな表情を浮かべているリオがいる。リオとは願いが叶うと噂のある湖で会ったのだが、そこに居た理由は教えてくれなかった。
「つか、なんでお前らみんなついて来るんだよ。関係ねーじゃん」
「ならせめて、貴方はあの湖にどんな用事があってあの場にいたのか。それを説明しなさいよ」
「ふん。やだね」
ブルメアの口の端が引きつる。面識はあったが、対して会話をしたことはなかった。だが、彼はこんなクソガ――――自由奔放な物言いをする男だったかと内心で毒を吐く。
(なぜか分からないけれど、ササハとも連絡が取れないのよね。だからこの男はわたしが責任を持って、カルアンに連れて帰らないと)
それにしても。
(どうしてこのクソガ――――この二人はあの湖に行きたがるのかしら?)
湖で再開した後、リオはそのまま湖に留まろうとした。そしてなぜかコリュートもそれに便乗しようとし、ここで夜を明かす準備があるのか。あるならばぼくもと言い出したので慌てて二人を馬車に押し込んだ。こんな真冬に野宿を考える姿勢を見せられたら、庶民のお宿だろうが凍死するよりマシかと腹を括った。
それでも湖に残ると言い張るリオを、翌日改めて向かえばいいと何とか納得させた。もちろんもう一度湖に戻ることをコリュートは喜んだ。
「殿下も……あの湖に何かあるのですか?」
「さあ? ぼくにも分かりません!」
はぐらかされているのか、コリュートも湖に拘る理由を教えてくれなかった。
「とにかく準備が済んだのなら出発致しましょう。昼過ぎに湖を出発すれば、夜になる前には大きな宿もある街に着けるでしょう」
「ぼくは固くてホコリっぽい寝台でも構いませんのに」
「ひんっ!」
コリュートが良くても何かあった場合の責任など取れないと、ブルメアから情けない悲鳴が漏れ出る。逃さぬようリオのベルトに縄をくくり付けているハートィが、小さな声で「ブルメア様頑張れっす!」と応援を寄越し、うるさいちくせうとブルメアは疲労を飲み込む。
「出来たら湖の底? 中を見てみたいのですが……ムボウですかね?」
「ぜぇったいに止めてくだいさい! 絶対に! どうか!!」
「そうっすよ! こんな真冬に湖に入るだなんて、死んじゃうっすよ!」
「アイツ死にたいのか?! 死ぬのはよくないぞ! 生きろ!」
「むしろ貴方たちこそ死にたいの!? いいから黙ってなさい!」
王族相手に死ぬだなんだと声を荒げるんじゃない。ブルメアの胃がそろそろ限界を迎える。
「細かいことはいいじゃないですか。では出発しましょう」
コリュートのハツラツ元気なお声に、ハートィだけが怯えつつも返事をした。コリュートの護衛は特に反応を見せるでもなく、黙って主人のあとに従った。静かに粛々とコリュートの意思に従うだけ。
(本当に、誰か……この状況から助け出してくれないかしら)
ブルメアは胃を押さえつつ、もう一台の馬車へと乗り込んでいった。
護衛の二人と、自身しかいなくなった空間でコリュートは独りごちる。
「やっぱり、あの湖にはなにかあるんでしょうか……」
小さく震えている己の手を握る。コリュートの勘はよく当たるのだ。それが場所であれ、人であれ。嫌だな、近づきたくないなと思ったら大抵良くないものがあったりする。王城の近寄りたくない場所であったり、数年前から様子のおかしい父親のことであったり。
むしろ今回ばかりは自身の勘などハズれればいいのにと、小さな王子様は強張った息を吐き出した。




