17話 守護者
(やっぱりここ、カタシロも上手く使えない)
白猫の後を追いながら、ササハはこっそりとカタシロに魔力を流した。猫は思いのほか奥へと進むので不安になってきたのだ。進むに連れて違和感というか謎の圧を感じ、無意味かも知れないが特殊魔具は駄目でもカタシロはどうかの確認をしておきたかった。どうやらこの山一帯、特殊魔具やカタシロ――――と言うよりも第六魔力自体が上手く作用しないようだ。
ササハの足取りに迷いが生じ、白猫の姿が視えないロニファンの足取りも鈍くなる。
「なあ、町から結構離れちまったけどまだ進むのか?」
躊躇いを含んだ声音。
「フェイルに遭遇しなくても、野生動物に出くわすのだって厄介だぜ?」
「……そうだよね。それに」
「…………ああ」
「この山なんか変だよね」
二人完全に足を止めて周囲を見渡す。町に近い山際はそうではなかったのに、中腹へと向かうほど景色が殺風景になっていった。葉が散った枯れ木はその数を減らし、かと言って植物が育ち難い岩場でもない淋しい風景。ただ地形のせいで見晴らしが良いわけでもないため、なにか植物が育たない理由があるのだろうかと疑問に思う。
「生き物の気配も殆どねえしな」
かろうじて遠くで鳥の声を拾える程度だ。ササハも前は村の内側ではなく山中に家があったが、それでもこの場所が奇妙であるということは分かる。
――なぁん……
咎めるような鳴き声に、ササハとロニファンの肩が震える。
「は? え?? 今、猫の鳴き声みたいなのが」
「! もしかしてロニファンにも聞こえたの??」
――フシャー!!
「なっ……!」
驚きの声を上げたのはロニファン。ササハの向こうを凝視し、毛を逆立て鋭く目を釣り上がらせた巨大な白猫がいたのだ。
「化け猫!」
「猫ちゃん……」
猫は見上げる程に大きくなり、なのにその輪郭は今にも消えてしまいそうに朧げで不安定になっていた。
――シャー! シャー!
「……分かんない、分かんないよ。わたしたちにどうして欲しいの?」
――ギャォォオ……
猫が一歩近づけば、ロニファンがササハの手を引いて遠ざける。襲いかかってくる気配はない。だが一筋、瞳のなくなった猫の目から雫が垂れると、その行く先を追っている間に猫の姿はなくなった。まるで風に溶け込むように、揺らいで声もなく消え去ったのだ。
「なん、だったんだ? 消えちまったけど……オレが見えてないだけで、近くにいるのか?」
「ううん。わたしにも分かんない」
「まさか今ので空に還ったとか? オレ等をここまで連れて来ておいて?!」
「だから、わたしにも分かんないってば」
何もかもが唐突。怪しすぎる場所に誘導するだけして消えた白猫に、二人同時に困惑の表情を浮かべた。
それと同時に息が詰まるほどの嫌悪感に、山の中腹へ続く先を振り返る。
(あのフェイルはっ……)
そこには昨日、雑貨屋でこちらを見ていたフェイルがいた。
◆◆□◆◆
町外れから破裂音が響き、フェスカは反射で身構えた。だが見上げた先には連絡手段に使う知った魔道具で、すぐにそばにいる部下の数を確認する。自身が連れている部下に不足はなく、一般人が手にするようなものではないので町の住民でもない。ともすればカルアンから来たと言う三人組。状況から察するに彼らが発信した可能性が高いが、理由までは分からなかった。
フェスカはすぐ隣にいる蒼髪の女性と、あと数名の隊員たちの名前を呼ぶと指示を出した。
「二手に分かれる。お前たちは町で引き続き見回りを、残りは私と共に先程の連絡弾を確認しに行く」
「待ってください。それなら私も隊長と」
「変更はしない。時間を取らせるな」
「申し訳、ございません」
蒼髪の女性が同行を願ったが、フェスカはそれを短く遮った。六名しかいないがちょうど半分の人数に分かれ、フェスカはすぐに駆け出し部下もその後を追う。
町に残された女性はそれを不満げに見送ったが、別の隊員の声掛けに町の見回りへと戻った。
「隊長、この場所はっ」
音の発信源と思われる場所に着いたフェスカは、部下に言われるまでもなく神妙な面持ちをしている。
「目くらましの結界は正常に作用していたので、住民たちがここへ迷い込んだ可能性は低いと思われます」
少し離れた建物から部下の一人が戻り、魔道具の不備を否定する。
「そうか。なら……昨日話した、カルアンからのお客人だろう」
フェスカが簡単にだがササハたちのことを説明していたので、部下の二人もやはりそうかと納得する。
「ですが、目くらましの作用に引っかからなかったとは……もしかして事前に対策をしこの場所へ!」
「……それは、どうだろうか」
「どういうことですか?」
「例えば町なかで何かを見つけ、それを追いかけた――とも考えられる」
「! まさかフェイルが!」
実際にササハたちが追ってきたのはフェイルではないが、それを訂正できる者はこの場にいない。その後、残された真新しい足跡を追うと、それが外へと向かい山の中へと続いていることに思わず走り出してしまった。
「まずい! すぐに足跡を辿れ!」
「「はい!」」
足跡の主の姿は見えないが、フェスカはすでに特殊魔具を具現化させ二人の部下もそれに倣う。絶対に追いつかなくては。他所者がアレに遭遇する前に。
(ここには、この山には《呪われた四体》のひとつ――《青の剣士》がいるというのにっ!!)
最悪の事態を想定しながらも、そうならない事を切に願いフェスカは白の山を駆けた。
そうしてフェスカが、遠くに人影を見つけた時。最悪はま逃れたのだと安堵し、それと同時に大声で呼ぶことは叶わない状況に冷や汗が伝った。
途中、強くなっていく圧に連れていた部下の足取りが重くなり、待ってはいられないと振り切ってフェスカは一人で先行した。フェスカとて一度しか目にしていない。たったの一度、確認のため、アレは守るための守護者故にここを離れることはないからと聞いていたため、前任と共に、遠目で見るだけと山を登らされたことがあったのだ。
そして教えられた通りアレはそこにいた。彼女たちの向こう側。あの時と変わらぬ同じ場所に。
「良かった。速くこの場から離れましょう」
固まり微動だにしないササハとロニファンに追いついたフェスカは、小声で言うとすぐに踵を返し戻ろうと促す。が、この状況を作り出した元凶二人は動こうとはせず、フェスカの表情に苛立ちが混ざった。
「どうしたんですか、はやく……」
言いかけて、レンシュラがいないことにもしかしてと前方を注視するが、それらしき遺体は見あたらず安堵の息を吐く。
フェスカが見たのは《青の剣士》と呼ばれる化け物。奴はなぜかこの場に留まり、背後には無数の配下を従えじっとしている。
《青の剣士》自体に新しくフェイルを生み出す能力はないが、すでにフェイルと化しているものを自分の配下に引き入れることが出来、今も一体のフェイルが《青の剣士》の前で頭を垂れている。
図体の大きい、黒の塊。通常のフェイルの倍はあり、二つの赤バラを咲かせ、青黒い煙を纏う異形。
フェスカも《青の剣士》が配下を増やす瞬間を見るのは初めてだった。一刻でもはやくこの場を離れるべきなのに、何故かその瞬間から目を逸らすことが出来ずに見届けることを選んでしまった。
《青の剣士》が頭を垂れたフェイルの首に剣を振り下ろす。音はせず、なのに質量を感じさせる動きで黒の塊が雪の上を転がった。だが首を切られたフェイルは何事もなかったかのように立ち上がると、ゆるりとした動作で《青の剣士》の背後へと溶け込んだ。
分かり難いが《青の剣士》の配下はどれも首がないように見えた。
そして雪の上に転がった頭はからは纏っていた黒の煙が胡散し、人の――――恐らく生前の人物であろう姿がぼんやりと暴かれていった。
「………………ぉやじ?」
震え引きつった声。転がっていた死者の頭部は、輪郭が揺らぐと吸収されるように《青の剣士》が持つ剣へと吸い込まれていった。今、何が、誰の、フェイルの首が、誰かのもので……受け止め切れず、ロニファンは大声を上げた。
「そんな、うああ! 親父!!」
「しまっ……!」
フェスカは取り乱し声を荒げたロニファンを掴み羽交い締めにした。そうしなければ《青の剣士》へと突っ込む勢いだったから。
しかし《青の剣士》は動かなかった。代わりに、背後の首なし共が一斉にこちらへと揺らめき、ササハも小さな悲鳴を上げた。
「逃げるぞ! 本気で走って!」
「は、はい! ぁ、ロニファ……」
「くそ! 離せ! オレは、オレはっ!!」
暴れるロニファンの腹に一撃を下し、力の抜けた身体をフェスカが担ぐ。不安定ながらもササハも後に続き、フェスカは異形との距離を確認するために後ろを振り返った。
が、《青の剣士》は微動だにしていなかった。どころか興味がないとばかりに顔らしき部分を向けることもなかった。背後の首なし共もそれに従っているのか、後を追う素振りは見せず、ただ無礼者を監視しているように感じた。
それはまるで、隊を率いる騎士のようで。
異形の不可解な行動は気になりつつも、今は仲間の元へ戻るために必死に足を動かした。




