15話 何もない
そこはすでに朽ちていた。
雪にまみれた広場とも違う開けた場所。家が並ぶ居住区より離れた町外れ。村長の話では、数年前に火事が発生し建物は全焼してしまったと言う――――リオの家があった場所。
ササハはそのただ広いだけの場所を前に、何も言えずに立ちすくんでいた。
今朝、つい先程。町長からリオの家族について話を聞き、家の場所を教えてもらった。しかし彼の家族はすでにこの町にはおらず、家も残っていないと知った。
「雪、掘り返してみるか?」
白い平原を見渡したロニファンが言う。ササハはそれに答えることが出来ず、代わりにレンシュラが小さく首を横に振った。雪をどかして暴いてみたところで、なにがあるというのか。せいぜい焼け焦げた残骸残っているかどうかだろう。
帰る家も、帰りを待つ家族も、なにもない。何を思ってリオがこの場所を教えてくれたのか、ササハにはさっぱり分からなかった。
「……戻るぞ」
レンシュラがササハの肩に触れ言う。今この場に姿を消したリオへの手がかりも、彼がこの場に現れる可能性も、なにも感じなかった。
「兄貴のほうは生きてるかも知れないんだろ?」
会話なく来た道を引き返している途中、誰にとはなくロニファンがこぼす。しかし、十年ほど前に弟に会うために家を出てから消息が不明というのであれば、望ましくない未来しか思い浮かばない。普段口数が多いササハが静かなため、奇妙な空気が漂うなか町の中心部へと戻ってきた。
ちょうどその時、町の巡回中であろうフェスカの部隊を遠くに見かけた。あちら側はササハたちに気づいていない様子で、別の道へとすぐに姿を消した。
そして先頭を歩くフェスカの背後には初日からずっと、女性の霊が張り付いてたい。
(あ、まただ……またコントロールが出来なくなってる。この町に、ううん――山を越えた辺りからずっと、幽霊を見ないように気をつけても集中出来なくなってる)
今もなお、ササハのすぐ真横。同じ言葉ばかり繰り返す男性の霊が立っている。黒ずみ、意思の疎通など叶わない、シルエットで男だとかろうじて分かる程度の人影。ただひたすらに謝罪の言葉を繰り返し、ぼたぼたと黒い雫を滴らせている。
ツァナイに言われて練習した、第六魔力のコントロール。不必要に霊を見たり、接触しないよう魔力のコントロールし見えない――というよりは気に留めない、気付かないようになった。だが今は気持ちが乱れているせいか、それとも場所のせいなのかそれが上手く出来ない。故に今は、普段は気にならない異変が目についてしまう。
「さて、これからどうするか」
ちょうど昼時だからか、商店もない通りを歩く人影はほとんどない。フェイルを探りに町の外に出るのも、町長の家に戻るにもちょうど分岐の位置。今日からは町長の家から空き家に移る予定で、その家への案内もあるのだが、その時間にもまだ余裕がある。
「オレは親父の情報を探しつつ、町に出入りしてる行商人についても聞いてみようと思う。しばらくはこの町には来ないみたいだし、もしこの時期に周辺のどっかに立ち寄る可能性があるなら向かうのもいいかとも思ってる」
まだ、町の住人の多くから話は聞けていないが、一番交流があったであろう町長や雑貨屋の店主が知らないと言うのであれば、次に話が聞けそうなのがその人物である。最悪、入れ替わりは避けたいが、悠長に何ヶ月もこの町に滞在し待つ時間もない。
「ならば今日からの滞在場所はこちらで確認しておく。…………一人で大丈夫か?」
一人でも行動時間が増えるほうがいいかと、レンシュラが提案する。
「でも一人の時に、もしまたフェイルが出たら……」
「それは俺たち三人集まっていたところで、対処は難しいだろう」
昨日フェスカから話しを聞いてから、特殊魔具の具現化を再度試してみたが無駄であった。流石に一人は危険ではと眉を下げたササハだったが、レンシュラの言うことも最もで口を閉じる。
「そん時はそん時だ。でも、まあ――万一そんなことになったら、全速力で昨日の連中に助けを求めに行くわ」
「ロニファンそこまで足速くないじゃない」
「はあ? なんだ? 喧嘩か? 買うぞ??」
「違います。喧嘩じゃないですごめんね」
モヤついていた気分がつい言葉に乗ってしまった。ロニファンもそれは察してくれていたのか、軽い調子で受け流してくれた。
「んじゃ、まあ一旦ここで解散ってことで」
「気をつけろよ。それと日が傾き初めたら、この場所に。もしくは町長の家に戻れ。暗くなる前にだぞ」
「なんなんすか。オレには過保護にしなくていいっすよ」
「ハンカチ持った? 寒くないように、魔道具の魔石の残量ちゃんと確認してね」
「お前のは半分面白がってるだろ」
「……もういいから早く行け」
「はいはい」
「またあとでねー」
小さなため息をついたあと、背を向け手を振りながらロニファンは行ってしまった。ササハのほうは当初の目的――リオの行方を知る――が難しそうだと感じたため、泊まる場所を確保次第ロニファンを手伝おうと決めた。
そうしてロニファンの姿が完全に見えなくなってから大きな鳴き声がササハの耳に届く。
――にゃおん!
ササハが背後を振り返ると、そこにはしばらく姿がなかった白猫がいた。
「ロニファンの猫ちゃん。どうしたの? ロニファンならあっちに行ったよ」
――にゃー! にゃあー!
「? 猫ちゃん?」
猫は何かを伝えようと、少し進んではササハを振り返り、着いてこいと言わんばかりに声を張り鳴いた。
「ササハ、どうした?」
「いえ、その……ロニファンの猫ちゃんがなにか」
まるで初めて白猫を見かけた時のような、こちらに来いと誘うように、そしてついて行った先でロニファンと会い――――。
「また、何かあるの?」
――にゃおん
「分かった。レンシュラさん」
「…………仕方がないな」
レンシュラには猫の姿や鳴き声は分からないが、なんとなく状況は察した。
「猫ちゃんが着いてこいって言ってるので、着いて行きます!」
「一人で突っ走るなよ」
「了解です!」
本当か? といまいち信用できない前科持ちに、レンシュラは諦めの息を吐いた。




