14話 唐突な真実
翌日、意外と、なんの脈絡もなくササハはリオの家族について知ることとなった。
前日はフェイルが出現したことにより情報収集どころではなかったが、一夜明けた朝食の最中。
「っ…………………………え、あ……ほんと、に、本当ですか!? ノアって名前の、淡い金髪で、青色の目の男の子! 心当たりあるんですか!!」
町長宅でお呼ばれした朝食の席、ギックリ腰で動けなかったはずの町長が現れた。どうやら昨日訪れたフェスカが薬を用意してくれていたようで、治った訳では無いが痛みが和らいだからと顔を見せに来てくれた。だが町長が立ち歩くことを奥さんは了承していなかったようで「痛くないからって、悪化したらどうするのさ!」とこっぴどく叱られていた。
それでも町長は部屋に戻ることはなく、奥さんを押しのけ進もうとする。それはいつもと違う様子なのか、奥さんとコルトの心配気な表情に僅かの困惑が乗った。
「昨日コルトから、ノアという男の子に覚えはあるかと聞かれて驚いた…………確かに、昔……そんな名前の男の子が一人いて、その子は…………」
「父さん?」
「その子は昔この町に住んでいた――アレクさんの息子だ」
僅かに血の気が引いた顔色で言った町長の言葉に、奥さんとコルトが驚いた様子で息をのんだ。
「アレクさんって、そんな……」
「じゃ、じゃあ、もしかしてノアって子は、あの話のっ――」
そうコルトが騒ぎ始めて、ササハはようやく動いた。どういうことだと、もっと詳しく教えて欲しいと身を乗り出した。どうやら前日にコルトがササハたちが人探しをしていることは町長にも伝えてくれていたようだ。そしてコルトの父である町長は住民のことをよく覚えていた。
ノアの名前には覚えがなかったコルトであったが、ノアの家族については違ったようだ。
「アレクさんは二十年前にこの町にやってきた薬師さんでな、その時は嫁さんとまだ幼い息子と三人で越して来たんだ」
奥さんに支えられながら、脂汗を滲ませた町長がテーブルに手をつく。痛みは引いたと先程は言っていたが、座ることは辛そうで、なぜそうまでして出てきてくれたのかという様子だった。
「俺のせいだ。俺がアレクさんの息子の話をしちまったばかりに……」
「それはどういう」
詳細を聞き出したいササハは、焦る気持ちを必死におさえる。目の前のコルトたちの会話から、ノアの父親らしき人物の名はアレクと言い、何かしらの理由で知られているようだ。それも町長絡みの、決して良い雰囲気ではない理由で。
「アレクさんの二番目の倅は、魔塔や王室の魔法使い様になれるくらいの魔力を持っていたから、興奮しちまって……あの時、つい」
それから町長は悔いるような声音で話し続けた。
町長の話を纏めるとこうだ。
ノアの両親は姓は持たない平民で、薬草と微量の魔力で薬を調合する薬師であった。エンカナに来る前までは小さな町や村を渡りながら薬を売り生活していたらしいが、人の出入りがある場所では診療所があったり、回復薬が出回っていたりで、薬草から作られた調合薬は需要が低かったらしい。そのため調合薬でもいいからと言うような、人の流れが少なく、回復薬の値が張る僻地へと移動し続け最終的にエンカナにたどり着いた。
そうして町外れの山に近い場所に居を構え、町に馴染んだ頃に生まれた第二子がノアだった。
その男の子は生まれながらにして膨大な魔力を持っており、無自覚に魔道具を破壊してしまうほどであったと。
ノアが最初に壊したのは照明用の魔道具。エネルギー源となる魔石に触れてもいないのに、まだ赤ん坊だった時に夜泣きをし家中の照明がいっせいに点いたかと思うと、魔石がひび割れ使い物にならなくなった。
またある時は父親の仕事で使う器具だったり、町の住民から譲り受けた何かしらの魔道具だったり。だが、その事をノアの家族は外では漏らさないようにしていた。
そしてノアが五歳になったころ。それまであまり外に出なかったノアが外で遊ぶようになったらしい。そのせいかコルトもノアの兄のことは覚えていたが、ノアのことは記憶に残っていなかった。せいぜいそんな子もいた気がするけど、顔と名前までははっきりとは……ということだった。
ノアが外に出だした理由は単純。魔力コントロールが上手く出来ないうちは外に出るなと言われていたらしかったから。
「おそらくアレクさんたちは分かってたんだろうな。あれだけの力を持った子供がどうなるか」
何とか席についた町長の顔は痛みのせいだけではなく、辛そうであった。
ようやっと外に出られた五歳の少年は、いつの日か勢い余って町の共有魔道具を壊してしまった。幸い怪我人は出なかったが、町長の元にはすっかり血の気が失せた顔色のアレクが謝罪に来た。時間はかかるが魔道具の費用を弁償するから、このことを広めないで欲しいと。この町は領主からの援助もあり、生活に必要な魔道具は比較的安価で手に入れることが出来た。そのため町長は怒るどころか、すごい才能を持っているのにどうして隠すのかと。むしろ借金をしてでも都心部の学校にいかせてやるべきだ、その気があるなら援助も可能だと伝えたが望まぬことだと断られた。
町長とて無理強いをする気はなかったので、魔道具はいくらかの弁償にとどめノアのことも広まらないようにすると約束をして終わった。
はずだったのだが。
「同じ年の、暮れの集まりの席だった。周辺の町や村の、代表者が集まる席で……深い酒が入って、気分が上がってたんだ」
つい自慢したくなってしまった。もしかしたら、自分の町からものすごい魔法使いが誕生するかも知れないぞと。殆ど悪ノリの、冗談の勢いだった。だが、場所は滅多に外の人間が訪れないエンカナの町ではなく、それなりに大きな麓の町。年末、人の出入りが通常より多い時期だったのも悪かった。
「たまたまそこに居合わせていたのか、集まりの連中の誰かから漏れたのか――――ある貴族が養子に欲しいと言ってきた」
町長は喜んだ。心の底から祝った。良かったなと、これで将来安泰だなと我が事のように思ったのだが、結果どうなった?
両親は最後まで息子を養子に出すことを拒んだが、なぜかある日父親が同意書にサインをしてしまい、父親はその時の記憶はないと泣いていた。
母親は息子を取り返そうとしたが、父親が交わした同意書に違約金のことも書かれており、どうあっても払えない金額が書かれてあった。
そして六つ年上の兄は約十年前――――彼が十四歳の時、弟を助けに行くと家を出たきり戻って来なかった。
しん――、と朝の日差しが差し込む室内が静まりかえる。ササハは今聞いたばかりの情報が処理しきれず、固まった。
「それで……その後は? ご家族は現在どちらに?」
しばしの沈黙ののち、言葉を発したのはレンシュラだった。彼を知らない者からすれば平静だなと捉えるかも知れないが、多少声が硬いことをササハとロニファンは感じ取った。
「上の子の行方は現在も分かりませんが、両親は亡くなっています。上の子が出ていった際、追いかけてその先で船の事故にあい…………」
心の準備をしていなかった。
「…………船とは? どこへ向か」
力が抜けたのか、それとも立ち上がろうと力を込めたのか。ササハは呆然とテーブルを眺めていた。隣で話を続けるレンシュラと町長の会話も頭に入ってこない。膝の上で握りしめた拳は震えていて、それをレンシュラの大きな手が被さり覆い隠す。
今日は再び聞き込みを開始して、ノアのことも、ロニファンの父のことも、少しでも分かればいいなと。そんな軽い、呑気なことを考えていたのに。
彼はこの事を知っているのだろうか?
彼が生まれた家があるこの町に、すでに彼の家族はいないという事を。
今この時ばかりは、彼がこの場にいなくて本当に良かったとササハは強く思った。




