13話 そんなの聞いてない
「ハルツ家の隊長殿自らが他領で行う仕事とはどういったものか?」
レンシュラに問われ、フェスカは少しのあいだ返答に詰まった。
「何か、すごく真剣な顔で言われたけど、ハルツとナキルニクの関係って他の二家は知らないものなのかな? 別に秘密にしていることじゃないと思ってたけど、僕が勘違いしているだけで話してはいけない内容だったりするのだろうか?」
本人は平静を装う表情ではあるが、思っていることが全て口に出ている。
「うぅ、分からない。けど、こちらもカルアンの人たちが、こんな辺鄙な場所に何しに来たのか確認したいし、自分の用件だけ聞くのは気が引けるよなぁ」
本当に無意識の独り言かと疑うくらい、はっきりと喋る姿に、ササハも面白いけど大変そうな人だなと思ってしまう。
「……俺たちは人を探しに来た」
「え?」
「また、ずっと声に出てましたよ。わたしたちがなんでいるのか聞きたいって」
「ええ!? 本当?? 恥ずかしい!!」
見兼ね――いや、流石に聞き兼ねたレンシュラが先に答えた。フェスカは顔を青くしたり赤くしたりと忙しそうだ。
「話題に出たついでなんすけど、探し人ってのはオレの親父なんすよ。チェイスって名前で、大柄の熊みたいな感じなんすけど知りません?」
「あと、ノアって名前の男の子の家族も探してるんです。昔この近くに住んでたみたいなんですけど」
フェスカは町長の息子であるコルトから信頼されている様子だったため、この町とも関わりが深いのでと思って話を振った。しかし返ってきたのは「申し訳ないけれど心当たりは無いな」と下がり眉での否であった。
「そうですか……」
ダメ元であったとは言え、ササハはがっかりと項垂れる。まだ町に着いて一日ほどしか経っていないし、日中はフェイルが出現したため聞き込みだって殆ど出来ていない。なにより、町の責任者である町長にもまだ話を聞けてはいないため、しょげている場合ではないと大きく頭を振り切り替える。
「今後もし何か分かったら、教えてもらえると助かります」
「ああ、その時はなるべく知らせるようにしよう」
「ありがとうございます」
落ち込んだ表情から柔らかい笑みに変わったササハに、フェスカも安堵の息をもらす。
「ということは、しばらくはこの町に?」
「そうなるな」
「…………であれば」
今度は考えるまでもない事柄だったのか、少しだけ黙ったフェスカはすぐに顔を上げた。
「先程のレンシュランさんの質問にお答えしようと思います」
仕事モードに入ったのか口調が変わったフェスカに、レンシュラだけが「だからその呼び方はやめろ」と眉にシワを刻み抗議した。
「実はこの町含め、周辺一帯は特殊魔具が機能しません」
「ええ!?」
「正確には、第六魔力を原動力とする魔道具全般になります」
そんなまさか――とは言えなかった。実際昼間、ロニファンは特殊魔具を具現化出来なかったし、レンシュラの感知用魔石も反応を示さなかった。
「で、でも。わたしのは、ちょっと変でしたけど形には」
「私も昼間見て驚いたのですが、貴女のは恐らく力技です」
「?? 力技??」
「はい。特殊魔具を利用し第六魔力を具現化させたのではなく、純粋の貴女の能力、もしくは魔力量が多すぎる故の力技。特殊魔具は単に手に握っていただけかと」
「……握っていただけ?」
「恐らく、ですけれど」
「力技………………」
何処か呆けた様子のササハはそのままフェスカを見、困った笑みを向けられただけだった。次いで隣のレンシュラと、向かいに座るロニファンを順に見たが、どちらとも視線は合わなかった。むしろロニファンに至っては声にならない様子で笑っているようだ。
あの謎のぶにぶにフォークは、わたしの無意識によって作り出されたの? と呟くササハにロニファンの腹筋は崩壊した。レンシュラは見ないふりして話を戻した。
「原因は分かっているのか?」
「いいえ。ただここ最近のことではなく、昔からこうなので」
「では、そのことと、俺の質問とがどう結びつく?」
レンシュラの質問とは、西部管轄であるハルツ家の隊長が、どうして北部にあるエンカナの町を頻繁に訪れているのか。
「それはこの周辺で特殊魔具が使えない――ということに一部例外が存在し、そしてそれが我々であるからです」
突飛な話しからの例外。「我々っていうのは、隊長さんの部隊のことですか」というササハの問いに、フェスカはそうですと頷いた。
「なぜかハルツ家の血を引く者の中に、ここでも問題なく特殊魔具を使用できる者が必ず、一定数、存在するのです」
「奇妙な話ですがね」と締めくくられた内容に、カルアンからの訪問者共は言葉を失う。理屈も分からない、意味不明な現象ではあるがフェスカが適当な事を言っている訳では無いことは伝わった。
「ではナキルニク家の特務隊も、この一帯で特殊魔具は」
「使用出来ません」
「だから隊長さんたちが……」
「そういうことです」
フェスカ曰く、だからと言ってハルツの血を引く特務隊員全てがそうとは限らないため、逆に、そうである者たちがエンカナを含めた周辺の警護を行っているらしい。
「なので、フェイルが出現した際には速やかに私共にご連絡ください」
昼間フェイルが出現したことはフェスカもすでに知っているし、現在進行形で警戒中だ。故に、フェスカたちがこの場にいる理由をササハたちにも教えてくれたのだろうが、フェイルを倒すために存在する特務隊の自分たちが、同じ特務隊の者に助けを乞うしか出来ないのかと。ササハはしょんもりとし、レンシュラとロニファンは面白くなさそうな表情を浮かべる。
「出来ればすぐに町から離れて欲しかったけど、人を探してるって言っていたし無理だよな」
また声に出しているフェスカは、純粋に守ってやらねばという風だ。なんだか更に面白くない。
「勧誘も必要ない相手だったし、僕もそろそろ戻ろうかな。戦える人数が限られている分、見回りも体力温存しながら回していかないといけないし」
無自覚からの現状パンチ。戦力外どころか守護対象。ぐうの音も出ずに黙るしかなかった。
「では、突然押しかけてしまい申し訳ありませんでした」
「あ、こちらこそ色々教えてくださり、ありがとうございました」
「いいえ。それでは」
フェスカは軽い挨拶を残して、勝手知ったるという足音を響かせて戻っていった。
「とりあえず、フェイルがまた出たら戦わずに、隊長さんたちに報せに行けばいいんですよね」
「……そうだな」
「いや、こればかりはしょうが無いっすよ」
「……そうだな」
「レンシュラさん?」
レンシュラはササハの視線から逃れるように、頭を掴んで視線を下げさせる。もちろんササハは抵抗したが、思いのほか元気がなさそうなレンシュラに心配が勝る。
レンシュラ・シラー。二十六歳。十二歳の時にゼメアに拾われ、カルアンの特務隊に入隊し、稀なる才能を発揮して特級騎士の称号を得た彼は、まさか自分が何の役にも立てず守られる側にいるしかないなどと――――――まさかの現実に打ちひしがれるばかりであった。




