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12話 おかしな男

 ハルツ家の特務(フェイル)隊と聞いて、レンシュラがササハの腕を引いた。敵意を向けるつもりはなかったが、思いの他険しい表情になっていたのか、部屋へ案内したコルトが若干怯えた。


 しかし対面しているフェスカと名乗った青年は気にした様子はなく、むしろレンシュラが頭につけている()()()()を見つけて小さく零した。


「特殊魔具……? あ!」


 どういった理由で声を上げたかは分からないが、フェスカは少し慌てた様子を見せた後、コルトを気にするように咳払いをし始めた。


「あー、その。んん、やはりこの場で構わないので話をさせていただきたいのですが……その」


 ちらちらと視線を寄越すフェスカに、コルトは上手いこと場の空気を読んだ。


「それでしたら僕は戻らせてもらいますね。あ、皆さんも、この方は信頼できる騎士様なので大丈夫ですよ」


 そう言うとコルトはフェスカだけを残し去っていった。フェスカも軽く手を振り見送るだけで、二人はそれなりに面識ある間柄のようだ。コルトの姿が見えなくなり、足音が遠ざかったのを確認してすぐフェスカが振り返る。


「よければ中に通してもらえたり?」


 手短に――済ませる気はないようだ。仕方がないといった様子でレンシュラはフェスカを室内へと招く。ロニファンは少しだけ嫌そうな表情を見せたが、レンシュラが是としてしまったため否定の言葉は吐かなかった。


 レンシュラ自身も、気になることがあったため突然の訪問者を受け入れた。下手に拒んで後々ササハに接触を図られても面倒という思いもあったが、なにより。


「先ほど、ハルツ家のと聞こえましたが?」


 レンシュラは目の前の青年が誰かは知らない。だが、知識としてハルツ家特務隊の指揮隊長の名前ぐらいは知っている。それは先程青年が名乗った名で間違いないのだが、ならば尚更。どうして。


「ハルツの隊長殿が、なぜナキルニク家管轄に?」


 ハルツは大陸西部の。そしてここ、ナキルニクは大陸北部に位置する。なのにハルツ家特務隊のまとめ役が、なぜ他家の領地にいるのか。さらには先程のコルトの様子から、顔なじみであることが伺え、たまたま訪れた訳でもなさそうである。


 だが、警戒心を悟られぬよう表情を消していたレンシュラとは真逆に、フェスカはきょとんとした様子だった。むしろ望まれぬ侵入者ばりの雰囲気に、何か悪いことでもしたかと座りが悪いったらなかった。


「私は仕事……でいるだけなんだけど、そんなに警戒しなくても。よければ君たちのことを聞きたいのだが、座らせてもらっても?」

「どうぞ!」


 一脚だけある椅子をフェスカが指す。それにベッドの奥へとレンシュラに寄って追いやられたササハが顔を出し答えるが、お前はしゃべるなとレンシュラによって視界を遮られる。反対側のベッドに腰掛けているロニファンは何やってんだと、一瞬だけ細めた目をササハへと向けたが、すぐにフェスカへと意識を戻す。


「やりにくいなぁ……」


 と思ったフェスカだったが、そのまま口にも出てしまう。


「第六魔力が強そうなお嬢さんがいたから、ちょっと勧誘してみようかと思っただけなのにすっごい守られてる――――もしかしてどこぞのお姫様なのか?」


 独り言か何なのか。ぶつぶつと唇を尖らせながら言うフェスカに、レンシュラとロニファンの緊張が僅かにブレる。確かに現在、レンシュラはササハを隠すようにササハの隣を陣取り背に隠し、ロニファンも鋭い視線をフェスカへと送っていたが。


「三人とも他のフェイル隊の人かと思ったけど、同僚の間柄にしては過保護過ぎやしないか? それとも、僕が知らなかっただけで、他所では普通のことなのか?」


 本当に独り言なのか?? 言われてみればの内容に、レンシュラは若干の気恥ずかしさを感じ額に手をやる。


「過保護……俺は、また…………」


 少し前。ササハがまだ訓練生だったころ、目の前の新人(ロニファン)にも似たようなことを言われたばかりな気がする。


「いや、シラーさんはともかくオレは違うから!」

「うっ。やはり俺はそうなのか……」

「あ! えーと、前よりはマシになってるすよ? たぶん」


 フォローになっていないロニファンの言葉がトドメを刺した。


「すいません。もしかして私、声に出てました……?」

「すっごい出てました。ちなみにわたしはお姫様でもなんでもありません。ロニファンは同期の仕事仲間ですけど、レンシュラさんは頼れるお兄ちゃんみたいな人でもあります!」

「・・・ヤメロ」


 レンシュラが思いっきりササハの頭を鷲掴んで下へと圧をかけた。が、ついでにそのまま撫でておいた。


「仲がいいんだね」

「はい!」


 へらへら笑ってんなよとロニファンが悪態をついたが、本当のことじゃんとササハも返した。


「仲良しなの、良いなぁ。僕も最初は仕事仲間って言っても、もっと近しい関係を築いて、友達のような。だけどちゃんとした場面では緊張感を持って接するような――そんな感じを想像してたのに、ハーツ嬢には職場で馴れ馴れしくする必要はないって怒られるし、あ、またハーツ嬢なんて呼び方したら怒られてしまう。僕ってば気づかない内に思ってることが口に出てることが多いみたいだし、普段から気をつけなきゃまた」

「さっきからずっと声に出てますよ?」

「嘘! いや、ごほん。失礼」

「「…………」」

「隊長さんは、心の中ではいっぱいおしゃべりなんですね」

「ひえ~恥ずかしぃ~!!」


 もう心の中でもなんでもないし、赤くなった顔を両手で覆う青年に、レンシュラとロニファンはちょっと引いた。


「……つまり、なんだ。話を戻すが、お前はただササハをフェイル隊に勧誘しにきただけだと?」


 一応他領とはいえ、役職は上の人間だ。それなりに礼節を保って接しようとしていたレンシュラの態度が崩れた。今この時だけ。気を取り戻したら、改めるので。おそらく。


 未だ僅かに顔の赤みを残しているフェスカだったが、無理矢理にでも表情を引き締めて顔を上げた。見た感じではレンシュラよりは年下のように見えるフェスカ。そんな年下の青年が羞恥を押し殺して威厳を保とうとする姿に、レンシュラも毒気を抜かれる。だってすっごくぷるぷる震えているから。ササハに何の悪気もなく、無邪気に指摘をされたことが、よっぽど恥ずかしかったようだ。


「そうびゃっ」


 そして噛んだ。恐らく「そうだ」と言いたかったのだろう。だが盛大に噛んだ。痛そうだ。だからササハもびっくりして本気で心配し、フェスカはまた恥ずかしそうに真っ赤になって震えている。


「本当に大丈夫ですか? あ、わたしハンカチ持ってます。良かったら」

「もうやめてやれな?」


 ハンカチを差し出したササハを、ロニファンがそっと押し戻す。レンシュラは頑張って、俺はなにも見ていない! みたいな姿勢を貫いた。


 次にフェスカが顔を上げ、西部の人間にしては白い肌に赤くなった鼻頭を上に向けながら言った。


「今更取り繕ってもしょうがないし、開き直ろう」


 良いと思う。レンシュラとロニファンが同時に頷いた。


「とにかく確認することしないと戻れないし、はやく終わらせて帰ろう」


 是非そうしてくれ。また声に出てますよと言いそうになったササハの口を塞ぎ、静かに次を待つ。


「ごほん。では改めて話を聞きたいのですが」


 ごほん、て口に出して言った。口を塞がれているササハの顔にそう書いてあった。


「手前の、えーと全体的に黒っぽいお兄さん」

「レンシュラ・シラーだ」

「シラーさん。あ違う、シラー卿」

「なんでも良い。好きに呼んでくれ」

「じゃあレンシュランさん」

「なんでだ。それはやめろ」


 なぜか急にあだ名をつけられた。しかも長くなっているし。キラキラした顔の提案から、否定されてのがっかり感やめろ。なんだコイツ。ほら、こっちのチビ(ササハ)が真似したそうにわくわくし始めてしまったではないか。


「それで? 話が進まん。確認したいこととは何だ?」


 他所のトップとかもうどうでもいいと、レンシュラは厄介な後輩を相手にするような心持ちで先を促した。


「そうだ。そうでした。レンシュランさんの」


 レンシュラが再びその呼び方やめろと言ったが通用しなかった。


「特殊魔具を見て、あと先程の会話から皆さんこちら側の人だと分かりましたが間違いありませんよね?」


 ササハとロニファンの特殊魔具は服の下に隠れていたため、念の為に聞いた様子だ。それに三人が同じように頷く。


「ではどこの家の方々ですか? ハルツ家とナキルニク家ではないと思いますでの、カルアン家かリオーク家の方だと思われますが」


 顔から熱が引いたフェスカは、白銀の髪に白い肌と整った顔立ちも相まって、現在は儚い印象をもつ美青年だ。それが先程の喋ると残念な様と相成って、レンシュラとロニファンは微妙な気分になる。


 恐らく、フェスカはササハが名乗っていないこともあり、どこの誰なのか分かっていないようだ。いや、そもそもハルツ家がササハをどうこうしようと思っているかなど、あくまでカルアン側の想像でしかないのだから、一方的な警戒も失礼な話なのかも知れない。


 一瞬。ほんの僅かの時間だけ素性を偽るかとも考えたが、それより早くササハがその問いに答えてしまった。


「わたしたちはカルアンから来ました。申し遅れましたが、わたしはササハ・カルアンです。よろしくお願いします」


 あーあと思いながらも、今度は無理に口を塞ぐことをしなかったのはレンシュラだ。この際、一種の賭けに出たのだ。どうせしばらくはこの町に滞在する、したいと思っている。少なくとも教団と王家はササハの能力を確認、解明したいと思っているようだが、ハルツ家はどういった考えを持っているのか知りたい。情報を探られるくらいなら別に構わない。それは今なお呪に囚われている側からすれば当然のことであろうから。だが、万一手荒な真似に出るならそれ相応の抵抗はさせてはもらう。


 そしてそれらの懸念事項がありながらも素性を明かしたのは、ハルツ家の隊長を名乗る青年に違和感を感じたからだ。ただその違和感は悪い感情のものではなく、本当に、ただのちょっとした違和感。それを確かめたいと、そう感じた故の賭け。


「カルアンか! ん? カルアン? 名前に――あれ? もしかしてカルアンの御息女様!? あれ? でも確かカルアンの御息女はフェイル部隊とは無関係な方じゃなかったっけ??」


 どうやらフェスカはササハのことをブルメアと混同し、ササハ自身のことは何も知らないようだ。それを好都合と思うと同時に、何故なのかとレンシュラの中の違和感が膨らむ。その後にフェスカはロニファンの名前を聞き、すぐにササハから感心が移ることからやはり何も知らない、知らされていないようだ。


「こちらも少し確認したいことがあるのだが」


 なんだといった様子でフェスカはレンシュラを見る。


「ハルツ家の隊長殿自らが他領で行う仕事とはどういったものか?」


 お教え願いたい。射抜くようなレンシュラの眼差しに、フェスカは小さく息を呑んだ。

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