11話 突然の
特殊魔具が使用できない。ロニファンが言った衝撃発言は事実であった。そんなまさかと報告を聞いたレンシュラは、直ぐさま自身の特殊魔具を具現化させようとした。しかし特殊魔具はいくら魔力を流せども反応せず、それはロニファンとササハも同様であった。
だが、ササハにおいては特殊魔具が反応しないのは同じだったが、第六魔力の具現化という点では違いを見せた。
「……これは?」
「たぶんフォークです」
ササハの右手には薄っすらと目視可能な、半透明の柔らかそうなフォーク状の何かが握られていた。
「きっしょ、なんだこれ。まじ触れるし、本当に何だよこれ」
ロニファンが人差し指で突きながら眉を寄せている。あんまりな言い草だ。
「そんなこと言うなら触らないで」
「うわっ融けた?!」
「消したんですー」
「消え方まできしょいんかよ。うえー」
わざとらしく舌を出すロニファンの脛を、ササハは思いっきり蹴り飛ばしてやった。
「相変わらず、めちゃくちゃだな」
レンシュラが言うには、ササハは第六魔力量だけはやたらに多いらしく、そのため特殊魔具という補助道具がなくても自力で魔力の具現化を成功させたのだろうということだった。
「流石カエデさんの娘と言ったところか」
そう言うレンシュラの表情は、かつてを思い返し緩んでいた。
「そっか。お母さんが得意だった蝶々のカタシロも、第六魔力を具現化させたものですもんね」
海向こうの国から伝わったとされる術。それを使用し、ササハにも教えてくれた母は何もない場所から青い炎で出来た蝶を作り出し、自在に操っていた。今思えばあの青い炎はカエデの第六魔力であったのだろう。カエデはその青い蝶をササハをあやすためだけに作り、見せてくれたりもした。
ササハも母の生み出す蝶に憧れ、しかし上手く出来ずによく泣いていた。そんなササハにカエデは魔力の具現化よりも簡単な、媒体を用意してのカタシロを教えてくれた。
「今ならわたしもお母さんの蝶々出せるかな」
唯一、母の遺品の布から作ったカタシロだけは忍ばせている。
「お前なら出来るさ」
「えへへ、そうですかね」
久しぶりに術のほうの練習も頑張ってみようかと、ササハは小さく頬をかいた。レンシュラも優しい笑みを浮かべて、まるでササハの気持ちを応援してくれている気がする。
「いやいや、あの。ほのぼのするんも良いんすけど、特殊魔具。実際にフェイルが町に出るって分かったのに、使えないってヤバいんじゃないんすか?」
ロニファンの呆れ声にササハはハッとし、レンシュラは分かった上での僅かの現実逃避だったのか苦い表情を見せた。
「俺もこんなことは初めてだ」
「どうしたらいいんでしょう……。あ、そう言えばレンシュラさんの持ってる探知用魔石が反応しなかったのも、何か関係あるんですかね?」
「フェイルも、今は被害らしい被害は出てないみたいっすけど……」
「…………時間の問題だろうな」
フェイルは生前の強い記憶が行動原理となっている個体が多い。そこに意思は存在しないため、同じような行動を繰り返している。現に昼間ササハとロニファンが見たフェイルも、すでに三度目の出現である。エンカナの町に固執しているのは間違いないだろう。
「とにかく、フェイルはどうにかしないとですよね」
ササハはぐっと右手を握り、何となしに眺める。
「危ないことは考えるな。特殊魔具が使えないのも一時的なものか、はたまた土地の問題か。この土地に問題があるのなら――――ナキルニク家のフェイル隊に任せればいい。元々この地域は移動用魔道具も制限されている特殊な場所だ。何かしらは把握しているはずだ」
それが何かは公表されていないが。ササハが特殊魔具なしでもフェイルを退治出来る術を持っているとしても、それがこの地でも通用するのかは試してみないことには断言出来ない。それならば、無理に危険なことをするべきではないとレンシュラは言う。
「俺は今から町長――の息子か。何か町から連絡手段があるのか確認を」
通常の魔道具は問題なく使用できた。だから通信用の魔石も使用できる可能性は高いが、自分たちの存在が知られずに済むならそれに越したことはない。幸い緊急を要する訳ではなさそうなため、町から連絡を入れてもらいたいと言うのがレンシュラの本音であった。――――のだが。
レンシュラの言葉の途中で部屋の扉を叩く音が響いた。夕食の時間にはまだ早く、扉の向こうにはレンシュラだけは分かった二人分の気配。
「あのーすいません。少々よろしいですか」
扉一枚を隔てた声はコルトのもの。
「コルトさんだ。はーい、どうしましたか?」
鍵はかけていないが、コルトは許可なく扉を開ける気はなく、レンシュラも扉を開けに行こうとするササハを止めることはしなかった。
「こんばんは」
「こんばんは。たしかササハさん? だったね。実は君に会いたいと仰る方がいらしてね」
「え? わたしですか??」
扉が開かれ、明瞭になったコルトの声。コルトと共あった気配を警戒はしていたものの、その気配の目的がササハであると分かりレンシュラとロニファンが同時に動く。二人がさり気なくササハの腕を引き背に隠すと、少し驚いた表情をしたコルトと、その背後にいた人物が小さく笑みを零すのが見えた。
「申し訳ありません。いきなり押しかけてしまって」
「あんた、昼間の……」
目の前の人物に見覚えがあったロニファンは僅かに眉を寄せた。白銀の髪に、きっちりと着込まれた制服。上等そうな白のローブは今は手に持ち、腰には細身の長剣を携えている男。
「あ、昼間の騎士様!」
レンシュラとロニファンの間から顔を覗かせたササハが声を上げる。
「こんばんはお嬢さん。貴女に確認したいことがあるのですが、ご同行願えますか?」
「ご同行――え?」
銀髪の男はにこりと微笑んだまま。
「私はハルツ家騎士団特務隊指揮隊長、フェスカ・エスラルグと申します」
そう言って握手を求め差し出された手を、ササハは困惑しながら見比べるしか出来なかった。
◆◆□◆◆
一方――――。
「何故……私は、こんな場所へ、このような方と…………」
「うわー。ブルメアお姉さん見てください! 水面がキラキラして綺麗ですよ! あ、ですがお姉さんのほうが美しいですけどね」
「アリガトウゴザイマス」
時は僅かに遡った同日午前。王都に近いが王都にあらず。自身は父不在の領地を、家を、家門を守るべく屋敷にいなくてはならないはずだったのに。
「王子殿下、あまり湖に近づくと危ないっすよ~」
突然屋敷に押しかけてきた第二王子と、友人であり護衛でもあるハートィを連れ冬の寒空の下に立っているのだろうか。それもこれも、すべては目の前にいるやんごとなき御身分の男児。自国の第二王子殿下であらせられる、コリュートのせいなのだが。
「お姉さんと噂の湖を一緒に見れるだなんて、ぼくの胸は幸せイッパイではち切れそうです、ふふ」
「モッタイナイ オコトバデス……」
遠くを見つめるブルメアの瞳は、目の前の湖ではなく何処か遠くへと向けられている。
事の発端は数日前。突然、何の前触れもなく、もちろん面識もなかった王家の次男坊がブルメアを訪ねてきた。どうやら彼の目的は特殊な二体のフェイルを消滅させたササハに会うことであったが、それが叶わずブルメアが対応にあたった。コリュート自身もそのことに対しては期待はしていなかったのか、午後には城に戻ると言っていたのだが……。
(どうして城に連絡がつかないのよ! どう考えたっておかしいでしょ!)
通信石を使い、城へと連絡を入れたはずのトナーが神妙な面持ちでブルメアの元へとやってきた。そして彼が言うには通信自体は繋がるも、相手側からの音声が一切聞こえないというのだ。そのため此方側からの声が聞こえているかも分からない中、一方的に捲し立てる訳にもいかず、ましてや第二王子という王族に関することを相手が誰かも分からぬまま話してもいいのか判断出来ず何も出来なかったと、げっそりとした様子で報告されたのだ。故に・・・。
「あ、心配しないでくださいね。これはシサツです、シサツ。民の生活を知るのも王族のツトメですから、えっへん」
「ソウデゴザイマスネー」
城からの返答もないままコリュートをどうするか判断に困り、更に更に自力で帰る手段を持っていたはずのコリュートが急に「……なるほど、もしかして母上はぼくの意思を尊重して――はっ、いえ! なんでもありません! やはり帰りの分のゴウホウかつ、マカイゾウ魔道具を城に忘れてきてしまったみたいです! 困りました! なので王都まで送り届けてください! 馬車で!」と、訳の分からないことを言われ、ゴリ押しされ、仕方なしと了承したらしたでなぜかブルメアも同行することとなってしまった。
そして現在はコリュートのお願いにより「今、王都近くに願いが叶う湖があると噂があるんです! ぜひ見に行きましょう!」と寄り道真っ最中でもある。
(ああ、帰りたい! 誰か助けて、お父様!)
やけになりブルメアは湖に向かって祈ったが、特に何も起こらなかった。こんちくしょう!
そんなブルメアに聞き覚えのある声が届いた。
「あ、お前。たしかササハの友達の」
「――――――へ? は? ちょ、あなた」
「なんだよ。人に向かって指さしちゃいけないんだぞ。そんなことも知らないのか」
「ノア・リオーク!!!!」
朝の日差しの下。そこに立っていたのは、自ら姿を消し行方不明とされているリオだった。




