8話 これからどうする
幽霊が出る。そう言ったコルトに、ササハたちは曖昧な反応を返した。ササハとレンシュラはそうかと抵抗なく受け入れたが、レンシュラはそれを表情に出していないためコルトからすればただ謎でしかない。ロニファンは「へー」と半信半疑というより、興味がないという様子だった。
「いや、信じられないと思うだろうけど、見た者が実際に何人かいて……」
別に疑っている訳ではないが、コルトにはそう感じたらしい。弁明するコルトの言葉が尻すぼみになっていく。
「その幽霊ってどんな感じなんですか? 見た目とか」
ササハが投げた問いに、なぜかコルトは眉を下げ頭をかいた。
「その、僕は見たことないんだ。けど、幽霊を見たっていう者たちの話では、黒い煤のような化け物だったって」
「黒い煤?」
いち早く反応したのはレンシュラだった。それにコルトは自身の話を受け入れられたと思い、自然と声が大きくなる。
「そう! 巨大な、熊よりも大きくて、なのに黒い煤というか影? のような何かが町を徘徊していたらしい」
「それってフェ――むぐ!」
フェイルと言おうとしたササハの口をレンシュラが塞ぐ。コルトはきょとんと目を丸くしたが、ロニファンの「それで」という言葉に意識を移した。
「その幽霊? 安全性は? 今も外を彷徨いてたりすんのか?」
「安全――かは分からない。幽霊を見たと言った者はすぐにその場を離れたらしいから。出現報告も昨年からで、それも二度ほどだけ」
「二度……」
「同時に複数人が目にしていたから、見間違いではないだろうって話になったんだけど、頻度に現れる訳でもないから、気味悪いくらいの認識で」
町の住人たちも、警戒はしつつもそれ止まり。ロニファンに安全性を問われるまでその点を考えたこともなかったコルトは、むしろ幽霊が生者に害を与えることもあるのかと考え込みはじめた。
「つーか、そんなこと外の人間に簡単に話していいのか?」
「え? もしかして怖い話は駄目だったかな? そうか、怖い思いさせちゃったならごめんね」
「いや、怖いわけじゃねーけど」
「違うのかい? なら何が駄目だった? しばらく町に滞在するなら、町の様子や、注意すべきことは知っていたほうがいいと思ったんだけど」
「そういうことでもなくて、噂とか、オレ等がって……――――あー、もういいよ。なんでも」
「教えてくれて、ありがとうございます」
元気よく礼を言ったササハに、コルトもにっこり笑って返した。そして最後に、コルトはロニファンを見た。
「チェイスさんのことで何かあれば言って欲しい。僕個人としてだけれど、力になりたいと思っているからね」
「…………うす。ありがとうございます」
ロニファンのぶっきらぼうな返事に、コルトは笑みを深くした。
さて、そこからコルトの仕事は速かった。その日じゅうに町を回り、住民たちにササハたちの事を報せて回った。チェイスの事を知っている者たちにはロニファンのことを詳しく伝え、知らない者たちにもコルトの個人的な客人であるという風に言ってくれた。そのおかげか、翌日からは自由に出歩いても大丈夫だとお済み付きをいただいたのだ。
「俺はフェイルの可能性があるから、そちらを調べる。お前たちはあの息子に案内してもらえ」
夜、しばらく町長の家に泊まらせてもらえることになり、三人同じ部屋で明日以降の話をする。町長の家と言ってもそれほど大きなものでなく、それでも客人ようのベッドが二台ある部屋があり、そこを借りることにした。一応町に宿屋もあるらしいが、なぜか小さな宿屋なのにちょうど明日以降、すでに予約で埋まっているらしい。
流石にベッドが足りない状態で数日共に過ごすのは嫌だと、ロニファンが挙動不審な態度を示したため、明日以降は町長宅の使っていない物置部屋を片付けそこも使わせてもらえることになっている。
「シラーさん一人で大丈夫なんすか? 応援呼ぶとか、連絡は?」
「今のところ、フェイル感知用の魔石に反応がないから周辺にはいないはずだ。だから連絡するにも最低限の確認を済ませてからになるが……」
「? なるが、どうかしましたか?」
僅かに眉を寄せたレンシュラに、ササハは首をかしげる。実際、幽霊の正体がフェイルだったとして、本家に連絡を入れれない事情でもあるのだろうか。
「そもそも、俺たちはあまり居場所を知られたくなくて行動している。だからフェイルを発見しても、まずはナキルニク家の部隊に報告をしなければならない」
「あ、そっか。ここカルアンじゃなかった」
自分たちがどこにいるのか、頭から抜けていたササハはぽかんと頷く。
「メンドーっすね。勝手に処理しちゃ駄目なんすか? やっぱ」
「バレなければ構わない、が、バレたら面倒くさい」
「オレ等の縄張りでなに勝手なことしてんだよゴラァ、みたいなことすか」
「……まあ、だいたいは」
緊急事態ゆえの対処であったなら理由付けも出来ようが、担当地区の担当者に連絡出来る状態であっての無視だった場合――色々とややこしいことになる。
「皆さん仕事熱心ですね。わたしだったら手伝ってもらえて、ありがとーって思うのに」
「…………」
「お前……たまに頭悪いな」
「はあ? 急に悪口? 喧嘩なら買うわよ!」
「売ってないので売買不成立でーす」
「もーー!!!!」
明後日なササハの感想に、レンシュラとロニファンが呆れた表情を浮かべた。
明日以降、ササハはリオついての情報収集に。ロニファンはチェイスの行方探しに町の住人たちに話を聞きにいくことにした。ロニファンのほうはチェイスがよく訪ねていた医者と、土産に買ってきてくれていた菓子が置いてある雑貨屋に行くつもりだった。しかし医者のほうはすでに町を出て、他所へ引っ越してしまったらしい。
またササハの目的であるリオの家族情報は、コルトにも心当たりが無く、現在は該当しそうな家族や人物はいないらしい。だが、コルトの父である町長なら、昔のことを知っていいるかもと言うことで、現在は不慮の事故――雪かきによる腰痛――ギックリ腰で死んでいるため、回復してから話を聞かせてもらうことになった。
なので当面はササハもロニファンにくっついて、町を回るつもりである。
「レンシュラさんは探知魔石でフェイルを探すんですか? ならわたしとロニファンで、町を回るついでに幽霊の話を聞いてみますね」
「そうだな。だが、あまり執拗に聞くな。あくまで珍しい噂に興味を持った、くらいの演技はしろ」
「どうしてですか?」
「余所者が広まって欲しいわけでもない話を熱心に聞いて回ったら、警戒するだろうが」
「確かに、外で良くない話を言いふらすんじゃってとる奴もいるでしょうね」
「そうなんだ」
「なんだよお前。いったい何処の箱入りなんだよ」
「箱になんか入ってないわよ。何言ってんの?」
「あーあーあー」
面倒になったロニファンが強引に会話を切る。不服そうに唇を尖らせるササハに、レンシュラが苦笑を漏らす。
「話は終わりだ。もう寝ろ」
「レンシュラさんは? やっぱり一緒にベッド使いま」
「俺はここでいい」
「本当に? いくら魔道具で温かいからって、毛布一枚で床になんて……」
「いいから寝ろ」
「…………はーい」
じとりとした目を向けられて、ササハは気になりながらも毛布へと潜る。そう言えばロキアの宿屋でも、廊下で立ったまま休んでたこともあったなと思い出す。慣れない雪山登山にササハの身体は予想以上に疲弊していたのか、レンシュラを気遣う意思とは裏腹にすぐ眠りにつく。
あまりにも即落ちのササハに、ロニファンが「寝るのはぇーな」と顔を覗かせる。
「お前もさっさと寝ろ」
「うーす。ありがとございます」
「……変な気は起こすなよ」
「いやナイ! 絶対ナイっすから! 馬鹿なこと言わんでくだ」
「うるさい。起きるだろうが」
「・・・ういーす」
とんだ誤解をされていると、ロニファンは心の中で悪態をついた。が、やはりロニファンも疲れが溜まっていたのか、すぐに眠りへと落ちていく。
二人分の寝息が聞こえ、漸くレンシュラも一息つくことにした。
そしてその夜ササハは夢を見た。
白の洋服を着た女性。女性の輪郭は朧げで、細かい容姿はまったく分からない。ただ泣いていることは分かった。涙を流し、なにか言いたげに開く口は、その言葉がどうしても届かない。
はくはくと動く口元は必死で、なのに何を言っているのか。泣かないでほしい。何とかしてやりたい、助けてあげたいなと女性に手を差し伸べた瞬間、ササハは夢から覚めた。一度目覚めてしまえば、今まで見ていた夢の記憶が急速に薄れていく。女性が、泣いていた気がしたがそれで――……。
ササハは自身も涙を零していることに気づかないまま、レンシュラに気づかれるまでぼんやりとしていた。
そうして朝食後。ロニファンと二人で町に出たササハはとある霊を見た。雑貨屋に向かう途中、灰色のローブを羽織った五、六人ほどの集団。そのうちの一人の男性の背後に、長い髪の女性霊がピッタリと張り付いている。
「もしかして夢の? けど、違う気も……??」
似ているような、そうじゃないような。少し離れた場所から、ロニファンの声がした気がしたが意識の外。もう少し、ちゃんと見たら分かるかもと近づいていき。
「………………あの」
「やっぱり違、う???」
「なにか御用でしょうか」
「へ?」
ササハの前には、いつの間に居たのか見知らぬ青年。二十代前半の、雪のようにキラキラと美しい髪の男。初対面で詰める距離ではないほど詰め寄っていたのは、幽霊の顔をじっくり見たいと近づいたササハのせいで。
「すいませんが、仕事中なので」
「え?? あ、お仕事の邪魔してすいません! たぶん勘違いでした」
男は何故か僅かに狼狽えながらも強い拒絶は返さず、ササハも自身の考えなしの行動に反省しつつ謝罪をする。そんなササハをロニファンが慌てて回収した時には、女性の霊は姿を消していた。




