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6話 父の行方

 半壊した屋内で焚き火を囲み、しばらく俯いていたロニファンがゆっくりと顔を上げた。瓦礫に埋もれた母の形見を見つけてから、時間は少ししか経っていない。


 落ち着くまでそっとしておこうと、レンシュラと他愛もない話をしていたササハだったが、じっと手元の小箱を見つめるロニファンを不思議に思った。なぜなら小箱を見つめる表情が、思いのほか険しいものであったからだ。


「大丈夫? もしかしてどこか壊れてたの?」


 小箱は瓦礫や土に埋もれた状態であったが、遠目で見た感じ汚れはあっても破損しているようには見えない。それでも大切な思い出が詰まった形見に、心を痛めているのかとササハが心配そうに眉を下げたが、ロニファンは考え込みながら曖昧な返事を返した。


「いや……そうじゃなくて……」

「?」


 悲壮な雰囲気はなく、難しい表情を浮かべるロニファン。レンシュラも気にはしているのか視線を送り、無言のまま続きを待つ。ロニファンは自身の思考に区切りがついたのか、小箱を見つめたまま口を開いた。


「やっぱり、そうだ。オレが一度家に戻った時にはなかったはずだ」

「それって、ロニファンのお父さんに出ていきなさいって言われて、確認のために戻った時のこと?」

「そう。あの時オレ、めちゃくちゃにされた家ん中見ても、まだ頭のどっかで親父の冗談だろうって思ってた。それで家中確認しまくって――……その時、母さんの小箱も見当たらなかったから、親父が持って行ったんだろうって思ってたんだが」


 言い終え、ロニファンが黙ると沈黙が落ちる。つまりは――どういうことだろうか。ササハは首を傾げ考え込んだ。


 ロニ母が大切にしていた小箱は、ロニ父が保管していた。保管場所はロニファンも知っており、ロニ父が家を出るのと同時になくなっていた。だからロニファンは父親が持ち出したと考えていたが――――。


「なんでそれがここにあるの? ロニファンのお父さんが持っていたんじゃなかったの?」


 ロニファンや話を聞いたレンシュラがすでに抱いていた疑問に、ササハも遅れてたどり着く。


「以前の時、見落としていたんじゃないか?」

「そう……なんすかね」


 レンシュラの言葉を受け取りながらも、すっきりしない。あの時、ロニファンは必死に探したのだ。疑いながら、父の笑えない冗談の可能性をわずかに信じて、怠惰で退屈な日々であったが、なんだかんだそれが続いていくと、父と二人の変わらぬ日々が続くのではと、そう思って。

 だが、いくら探しても日常生活を行う上で必要なものは一切残されておらず、母の形見ですら見つけられなくて漸く理解出来たのだ。父は本気でいなくなったのだと。


「なら、ロニファンのお父さんが一度戻って来てたってこと?」


 何気ないササハの言葉に、無意識に――いや、わざと鈍らせていたロニファンの思考は、無理やり現実へと引き戻された。ロニファンは箱を持った手とは反対の手で、グシャリを前髪を握り込む。


「じゃあ、なんだ……親父は、こんな家がめちゃくちゃになるような有り様になる前に、ここに……?」


 先ほどレンシュラが言っていた。荒れ具合からそれなりの日数が経っているのではないかと。そして家が半壊した原因は、焼け跡が残るような爆発が原因であると。


 そして瓦礫の下から発見された、父親が持ち出したと思われる小箱が見つかった。


「あ――! あ、えと、大丈夫! きっと大丈夫だよ!!」


 今さら最悪の可能性に気がついたササハが青ざめる。なんて無神経なことを言ってしまったのか。

 本当にロニファンの父親が立ち寄っていようが、別の第三者が何らかの理由で持ち込んでいようが、父親の身になにかあったのではと危惧する材料にしかなり得ない。


「大丈夫、だよ……」


 ササハの言葉尻も、勢いを失い消えていく。しかし不安に呑まれたロニファンの耳には、その言葉どころか声すら届いてはいなかった。

 どうして、なぜだ。もしかしたら、その時、家が半壊するほどの爆発が起こっていた時、父親もその場に居合わせていたのではないか――最悪の想像ばかりがロニファンの頭に浮かんでくる。


 黙り込み、焚き火を前に顔色を失うロニファンにレンシュラが言葉をかける。


「見る限り、血痕や動物が荒らした後は見当たらない」


 理解する前に、反射的にレンシュラを見た。


「それは事実だ」


 変わらぬ声音で告げられた内容に、ササハは大きく頷き、ロニファンは表情を歪める。血痕なんてものは、雨風に晒される場所ではなんの意味もなさないだろうに。それでも、そう言い切ってくれる心遣いにロニファンも小さく頷いた。


 その拍子に蓋を無くした小箱の中身、一本の白い紐がするりと落ちた。その落ちた紐をロニファンが拾うより速く白猫が紐へと近づき、しかし触れられないそれはロニファンに回収されてしまう。


 白猫は名残惜しそうにロニファンの手元を眺め、にゃあんと鳴いた。


 その様子を唯一視えるササハだけが目撃し、猫ちゃんは紐で遊びたかったのかしらと詰めていた息を吐く。自分が暗い気持ちになっている場合ではないと、ササハはぐっと顔を上げる。


「そうだ。猫ちゃん。あなた何か知らない? ロニファンのこと知ってるなら、ロニファンのお父さんのことも知ってたりするのかな?」


 小箱のことを教えてくれたのも、この透き通った身体の白猫だ。何か分からないかと、期待半分で猫へと問いかけた。

 だが、猫はにゃんと短く鳴いた後、ロニファンが手に持つ小箱へとじゃれつくだけだった。猫の身体は意外に長いのだなと、後ろ足で立ち、背伸びをする猫を前に思った。


「ロニファンの猫ちゃんは、その箱がよっぽど好きみたい」


 猫がまた、にゃんと鳴いた。


「だからオレの猫じゃねえって」


 今度は少し強く、にゃん、にゃんと小箱に前足を伸ばしすり抜けている。


「猫ちゃん、その箱が気になってしょうがないみたい。貸してあげたら?」

――にゃあん、にゃあん

「なんでだよ! 嫌だわ、普通に!」

「ロニファンのけち、意地悪」

「うるさい! そもそも、見えもしない幽霊猫なんだぞ。どうやって」

「ほら、また一生懸命背伸びしてる。けど幽霊だから触れ無くて、あ、可哀想。ふらふらして、可哀想。動物虐待!」

「ほらよ!」


 最後には根負けしたロニファンが、勢いよく小箱を地面へと置いた。けれど乱暴に扱うのは嫌だったのか、自身の小指を地面との間にクッションにして。


「良かったね猫ちゃん。ロニファンは優しいから、見せてくれるって」

「なあ、お前のそれは本気で言ってんのか? それとも煽り?」


 絶対後者だろと思っていたロニファンは、むしろきょとんとした顔を返されゾッとしたように身体を擦った。


「むしろ煽りであって欲しかったわ」

「何言ってんの。意味わかんない」

「オレもお前の情緒が意味分かんねーわ」


 どこまでが本気で、どこまでが場の雰囲気を読んだ建前なのか。ころころと表情を変えるササハに、まだ付き合いの浅いロニファンは対処に困る。


「思ったことがそのまま出ているだけだ。子供とはそういうものだろ」

「え? ああ――」

「なに? なんの話ですか? もしかしてまた、わたしのこと子供扱いしてますか」


――にゃん!


「きゃあ! び、びっくりした。急にどうしたの、猫ちゃん?」


 レンシュラの言葉に唇を尖らせていたササハだったが、突然白猫が大きく鳴いた。驚きに身体が跳ね上がり、いつの間にかササハの真横に移動していた猫に何事かと目を向ける。

 白猫は小箱に興味があったのではないのか、なのになぜササハの元へ?


「猫ちゃんどうしたの? もういいの?」


 もういいと言っても、それほどの興味は向けられていない。


「ロニファン。猫ちゃんこっちに来ちゃった。もう満足」

――にゃん!

「あれ? 違うの?」


 しかし、ロニファンにもういいと伝えようとしたササハを静止するように、白猫は強く鳴くと、再び小箱の側へと戻った。そうして、ウロウロと小箱の近くを歩くと、その場に座りササハをじっと見上げる。すっと伸ばされた前足は小箱へと落とされ、うっすらと背面が(うかが)える猫の前足は小箱を抜け地面へと触れた。


 理由が分からず、ササハは黙り込む。


「なんだ?」


 ちらりと、レンシュラがササハを見る。


「よく分からないんですけど、猫ちゃんがあの箱をすごく気にしてて」

「そうなのか?」

「はい。何度も箱に触れようと背伸びしてたから、遊びたいのかと思ったんですけど、そうじゃないみたいですし……。けど、気にはしているみたいで、今も近くに座ってて」


 猫は動かず、ササハを見ている。


「箱になにかあるのか?」


 レンシュラの言葉にも反応しない。


「分かりません。今はただ座ってじっとしてます」

「あ――」


 その時、ロニファンが何かに気づいたように声を上げた。


「どうしたの?」

「増えてる」

「え?」

「見たことない、白い紐がある!」


 小箱を引っ付かみ、中身を取り出す。中には色とりどりの紐。ただ色の種類には限りがあり、どれも色被りをしている。白色の紐を除いて。


「母さんがこれを集めてた時、白の紐はなかったはずだ」


 土に埋もれ汚れてしまっているが、見覚えのない唯一の色。しかし紐の太さや長さ、元の素材は同じなようでむしろ、染める前の状態であるように見えた。


「新しく、増えた?」


 母が亡くなってから、父は菓子を買いに行かなくなった。なのでその菓子の包装に使われていたリボン代わりの紐が増えることは、以降なかったと言うのに。


「親父はやっぱり、一度戻って……」


 ロニファンはその菓子店に行ったことはない。だが、父から話は聞いてどこに有るのかは知っている。そしてその場所は、山を越えた反対側にある村であり、ササハとレンシュラが向かう目的地でもあった。


「――――オレも行く」


 ロニファンが意を決したようにササハを見る。


「親父がこれが売ってる店に行ったかも知れない。それで、その店が今からお前らが向かう村にある店なんだ。だからオレも行く。村までお前らと同行させてくれ! 頼む!」


 真剣な表情で頭を下げるロニファンに、ササハ二つ返事で頷いた。

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