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44話 またね

 ササハは一人、リオークの屋敷を歩き回った。

 この数日の出来事に屋敷の空気は慌ただしく、誰もササハのことを気にする者はいなかった。ごく僅かな人数を除いて詳細はまだ伏せられているし、今はカルアンから来た人間も少ないが滞在している。


 本来であればあり得ない、カルアン当主の来訪。それを願ったのはササハで、叶えてくれたのはリオーク当主代理と、ササハの叔父でありヒュメイクの弟であるラントだった。

 本当は呪いのせいで老い、弱りきったヒュメイクの体はリオークを訪れるだけの余裕はないと思われた。それでもササハの見た過去や、事情を知ったリハイルとラントが周囲の反対と困惑を抑えて決行したのだ。


 ササハは人の喧騒を抜け、屋敷の奥へと進んだ。なんとなく外に出て、しばらく歩く。少しすれば別の屋敷へと繋がる道へ着き、その道沿いに一頭の馬を連れた人影が立っていた。人影はササハに気がつくと、待っていましたというように近づいて来た。


「リオ」

「乗って。ササちゃんと行きたいところがあるんだ」


 どこへと問う前に、ササハはリオの手を借りながらも馬の背へと跨った。すぐにリオもその後ろへと飛び乗ると、行き先は告げづに馬を走らせた。


 冷たい風が肌を刺す。駈ける道なりはササハも知る、月闇の館へと続く方角だった。それでも念の為にササハは聞いた。


「どこへ行くの? わたしたち、もうすぐ帰らないと」


 わたしたち――その中にササハはリオも含めていたが、相手もそう思っているかは分からない。その不安を感じ取ったのか、リオは優しい声音で「んー?」と曖昧に答えた。


 結局リオは明確な返事は返さず、すぐに月闇の館へと到着した。馬からおりて、屋敷へと入る。明けの館のほうでは、今も忙しそうに人々が奔走しているであろうに、今更ここへ何のようだとササハは疑問に思う。


 僅かに埃っぽい空気を分け、リオは先立って歩く。リオが向かっているのは、何度か訪れたテフォダの私室。


「たぶん、まだこっちまで確認してる暇はなかったと思うから、その前にね」

「なんの話?」

「大切なお話」


 だから何のことだと、僅かにむくれる。それでもリオは答えることなく、程なくテフォダの私室の前に立つ。部屋の扉は開かれたままで、リオは戸惑いなく部屋へと入る。


「ここ。この肖像画の裏だよ」

「肖像画の、裏?」


 言ってリオは壁にかかった一枚の絵を指さした。リオを含めた、五人の人物が描かれた肖像画。それは反対側にあるデスクの正面にあり、近くにあるソファからもよく見える位置に飾られている。


 リオは肖像画へ向かって、右側へと足を進める。ササハもそれに続こうとしたが、そこで見ててと静止をくらいソファの近くで足を止めた。よく見れば肖像画を飾る額縁は厚く、リオはその壁面の底を探り始めた。そして目当てを見つけたのか、一度頭を起こすとポケットから何かを取り出した。


「あ! それって」


 リオが持っていたのは一本の鍵。


「ごめんね。ササちゃんのお部屋から勝手に借りてきちゃった」

「人の荷物勝手に漁ったの!? サイテー!」

「ごめんて。だってササちゃんぐっすり眠ってたし」

「しかも寝てる時に!! すっごくサイテー!! ヘンタイ!!」

「返す言葉はございません」


 その鍵は、ササハが以前この部屋、このソファの隙間から見つけ出した金色の鍵だった。


 再びリオは額縁の底を覗き込み、目当ての箇所へと鍵を突き立てた。額縁は金の鍵を飲み込み、カチリと無機質な音が響く。分厚い額縁はちょうど本のページを開くように二つに分かれ、同時にバサリという音もした。束ねられた幾つかの紙束が中に挟まれていたのであろうが、それよりもササハの目に飛び込んできたのは、下に隠されていた別の肖像画だった。


 細工のある額縁。わざわざそんなものを作り、二重の下へと追いやられたもう一つの家族。二人の男女と、赤い髪の双子の女の子。片方の子供が描かれた箇所は、まるで何度もそこに手を付け、触り過ぎたかのように手垢に色がくすんでしまっていた。


 まだ二人が――テフォダの妻と双子の片方の娘が、呪いに侵される前の時間。見るに耐えられなくなって、だがどうしても手放せなくて目を背けても側に置いておきたかったのだろう。


 肖像画を眺めるササハの向かいで、リオは落ちた紙束を拾い上げていた。


「あの人はね、ローサの為に身代わりの子供を探していたんだよ」

「――――――え?」

「自分の妻も、娘の一人も《赤の巫女姫》の呪いに食われて。覚えてなくても、記憶になくても恐怖だけはその身に残ったんだろうね。唯一の孫娘まで失いたくなくて、呪いから逃れる方法を探し始めた」


 リオは肖像画には興味がない様子で、紙束についたホコリを丁寧に払っていた。


「けど、すでにイカレちまってたんだよ。なんの根拠もなく、妄信的に魔力の高い子どもを集めては、呪いの実験台にして死なせていた」


 『印』持ちを想定し、身体に呪いの媒体を刻み、その箇所だけを剥ぎ取って別の子供に移してみたり。多くの子供は呪いの影響ではなく、衰弱死したのであろうが、テフォダはそれを認めることなくただ意味のない実験を繰り返した。


 魔力の強い子供から始まり、第六魔力の強い子供へと、僅かな希望にすがって現実を見ることを止めてしまった。


「この中身はカルアンに戻ってから確認してね」


 言ってリオは魔道具らしき筒に紙束を入れ、それをササハに渡した。ササハは手渡された筒を見つめ、ハッとリオを振り返る。


「これって、何?」

「とある男の子の資料です」

「そっ!?!? い、今見る! 今みた、あ、開かない」

「駄目駄目。カルアンに戻ってから見てって言ってるでしょ」

「なんでよ! リオの意地悪!」


 恨みがましい目つきでリオを睨んだが、相手が折れてくれることはなかった。


「帰ったらレンにもよろしく言っといてね」

「……リオは、一緒に帰らないの?」

「もうすぐ新年だよ。年明けは家族と過ごすものでしょ?」

「………………そうだね」


 もう二日もすれば新しい年を迎える。その瞬間をリオはリオークで過ごすのだと、彼がそれを望んだことを喜ぶべきだとササハは表情を崩した。


「さて、ここにはソレを探しに来ただけだから戻ろうか」

「リオはなんでこんな事知ってたの? 鍵のこととか、ここに物が隠してあるって」

「見てたからね。目の前で。あの人、あの実験小屋? 地下牢に行く前に、必ずこの部屋で肖像画と資料を眺めてたみたいだから」


 内容に、ササハは息を呑む。


「綺麗さっぱり忘れてたんだけどね。この間まで」

「呪鬼が持ってたから?」

「それもあるし、そうじゃないところもある」

「?」

「思い出したくないから、覚えていたくなかったから頑張って忘れた。それほど嫌なことだった」

「ごめん! 嫌なことなら無理に話さなくていいから」


 ササハはぎゅっとリオの手を握る。リオは何でもない顔をしていた。逆に掴んだ手を握り返され、そのまま引かれて歩き出した。


「本当にそろそろ戻らないと――ラントさんも居るし、いい加減怒られちゃう」


 ササちゃんを連れ回しすぎだってね、とおどけて見せる。ササハは右手に持った筒を強く握りしめたが、リオと繋いだ手も離すまいと力を込めた。


 帰り道は来た時より速く感じ、明けの館にはすぐに戻って来た。リオはそのまま表のほうへ回るつもりで、ササハはその前にと背中を支えてくれているリオを振り返った。


「カルアンにはいつ戻って来るの? 一応、リオはまだカルアンの騎士様だよね?」

「一応ってなに? 僕は正真正銘、数少ないカルアンの特級騎士様だけど? しかも格好良くて凄腕の」

「そんなことは聞いてませんー」


 否定されなかったことに、とりあえずは安堵する。


「なら、待ってるから。戻って来る時は、すぐに連絡してね」


 そう言って念を押すササハに、リオは笑っていた。ササちゃん必死になりすぎでしょ、と。




 そして息つく間もなく新年を迎え、数日が過ぎる。カルアンで待つササハの元へ、リオが行方不明になったという報せが入った。

四章は今回で終了です。

次回はひと月以内には再開したいと思っております。

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