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43話 それと

 時は僅かに遡り、王都――――とある病院の一室で。


「シラー卿マジで無茶言うのやめろよくだひゃい!」

「すまなかったな」

「ぅぐっ……そう素直に返されると」


 個室なのを良いことに、本やら実験用具やらが持ち込まれている病室。


「本当に助かったと思っている」

「………………どういたしまして」


 その部屋の入院患者であるヴィートは、これ以上の文句は野暮だと口を噤んだ。今室内にいるのはレンシュラとヴィートの二人だけ。ヴィートは数ヶ月前に呪具の媒体として利用され、現在は治療とリハビリのため王都にある病院に入院している。


 そして今回、違法薬物の原材料となる禁花とされているイブラ。その花がカルアンの本家から発見され、その頃にレンシュラからヴィートへ依頼が出された。ヴィートは元々第六魔力や魔法陣の研究を個人的に行っていた。それを知っていたレンシュラは無理を承知で、特別な用途で使用する魔道具の作成を頼んだのだ。


「正直、本当に完成させたことには驚いている」


 レンシュラの望んだ魔道具は、目視出来ない薄い障壁を身体にそって張る魔道具。そしてその障壁に液体が触れると、液体は蒸発もしくは消滅させて欲しいとエゲツないオプションまで要求された。


「完成? あ、…………うん。…………ほんと、本当に、ね……ははは」

「?」


 が、なぜかヴィートは滝汗を流しながらレンシュラがいる方向とは全く別の、逆方向へと視線を落としていた。


「………………」

「………………」

「………………、どういう事だ?」

「いや、あの、へへ。その、ごめんなさい!」

「???」


 わっ、と動く左手で顔を覆うヴィートに、レンシュラは訝しむように眉を寄せた。突然のヴィートの奇行だったが、さすがのレンシュラも病人に無理をさせすぎたかと申し訳なさが浮かぶ。が――。


「本当に、シラー卿が無事で良かった……」


 装った仕草などではなく、ヴィートは本当に涙ぐんでいた。


「――――――ぐす……、本当にごめんなさい。実は、まだ未完成だったんです」


 ヴィートの言葉に、レンシュラは「は?」と口を開ける。


「あれは元からあった魔道具を少し改良して、元の障壁を薄く伸ばすようには出来たんだけど、液体だけを消すなんてことは、どうしても……」


 ぐしゅりと鼻をすすったヴィートは、湿った声音で説明を重ねた。


 ヴィートが言うには先程こぼしたように、障壁まがいの膜を張ることは出来ても、膜に触れた何か――――しかも液体だけを消滅させるなんて魔法には組み替えられなかった。つまり防ぐことは出来ても、消すことは出来ず残ると言うことだった。


「それじゃあ……」

「はい。もし仮に注射で液体を打ち込まれていたとしたら、そもそも針が通らず液体は流れ落ちていたと思います」

「・・・」

「で、でも! せめて外的刺激を防げれば、時間稼ぎくらいにはなると思って、そこはなんとか、…………頑張って」


 言葉を重ねるほど、未完成品を渡した言い訳にしか聞こえずヴィートは黙ってしまう。


 ワズがどのようにレンシュラたちに薬を摂取させようとしたのかは確かではないが、経口摂取よりは針で直接注入させる方法を取ったと思われる。なぜならそちらのほうがより少量で、なのに強い薬を使えるから。


「ようはアイツが見逃したってことか。障壁に阻まれ体内に入るどころか、皮膚にすら到達していない針から液体が漏れ出ているのを?」

「たぶん?」


 どれほど間抜けなのか。もしくはそれ程までに、薬にやられてしまっていたのか。真実などレンシュラに分かるはずもなかった。


 そして未完成であることを前もって伝えておきたかったが、元々ヴィートも本調子ではないなか無理をして作業を進めていた。そうしてかろうじて依頼の半分を完成させたころに無理がたたり、意識朦朧とする中レンシュラから至急必要との連絡が入り、直接会うことなく魔道具だけは人に頼んでなんとか渡すことが出来た。


「ジブンのせいで……ごめんなさい」


 ヴィートの言うジブンのせいとは、魔道具を完成させられなかったことと、そのことを事前に説明出来なかったことだ。


「いや、無理を言ったのは俺だ。お前は十分やってくれた」

「ふぅ、シラー卿~」

「汚い。鼻を垂らしながらこちらを向くな」

「うわぁんん!」


 本当に反省すべきは己だろうなと、レンシュラはひっそりと眉を寄せた。無茶な魔道具の作成依頼に、動作の確認を怠った。今回はたまたま相手が気づかなかったから五体満足で無事に済んだが、そもそもわざと捕まりに行くような真似はするべきではなかった。


 自己嫌悪を多分に含んだため息を吐く。とにかく、王都に派遣されているカルアン部隊で留守番させているロニファンを回収しにいこう。


 そうして病院を出たレンシュラが《赤の巫女姫》について伝えられたのは、それから三日後のことだった。







 まだ中身が残るグラスを、ワズは少女の顔面真横の壁へと投げつけた。割れた破片は少女の頬をかすめ、しかし少女は切れた頬を気にすることなくワズへと許しを乞う。

 膝をつき、恐怖からではなくまるで禁断症状が出ているように身体を震わす少女は、中身の伴わない言葉をひたすらに繰り返していた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

「うるせぇ! 不快な音で喚くんじゃねえよ!!」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 長い髪の少女はワズの足元へと這いより、薄汚れた靴に切れていないほうの頬を寄せた。それをワズは煩わしそうに蹴り飛ばすと、これが目当てなのだろうと袋に入れられた、砕けたキャンディのような粉を少女へと投げつけた。


 少女は慌てて袋を掴むと、中身を貪った。それを蔑んだ瞳で見下ろすワズは、忌々しげに舌打ちをした。


 少女は今回なにも失態はおかしていない。少女はワズに言われ、ある建具屋の娘を装って男二人を誘い出した。言われた通り、忠実に、与えられた役割をこなした。だがワズの思惑は外れた。かつての知り合い。自分と同じ境遇にいながらそこから抜け出し、成功し、のうのうと幸せを手に入れたガキを自分の足下へと落とせなかったのだ。


「くそっ! くそっ、くっそ、ちくしょう!!」


 レンシュラとロニファンに、薬を打ったのはワズだった。誘き出し意識を奪って連れてくることには成功し、むしろあまりの呆気なさに拍子抜けしたくらいだ。


「オレサマがあのクロちびなんかにっぃぃ」


 レンシュラは魔道具で対策をしていたと言った。現に、薬を打ったはずの二人は何事もない様子だった。


 元からあの場所での活動は少し前に退いていた。完全に拠点を移すまで、囮の人員を何人か残していたが、ソイツ等からレンシュラの人相を聞いてワズは喜び勇んで様子を見に来た。かつて自分の提案を蹴った生意気なガキで遊んで、潰して、踏みつけにして笑い飛ばしてやろうと思っていたのだ。


 だが結果はそうならなかった。むしろ自分が一杯食わされたようだった。


「くそう! 絶対、絶対にぶっ壊してやるあのクソガキ!!」


 何もかも、アイツに関わる全てを。


 ワズは獣のような咆哮を上げた。室内には少女が一人。それ以外の人間は全員遠ざけた。ワズは他人が大嫌いだから。

 そんなワズの首に一本の注射器が突き立てられた。


「ぐがっ!」

「煩いんですよ、あなたは」


 中の液体を全て流し込まれ、ワズは痙攣しながらその場に倒れる。ビクビクと引きつりを起こす症状は、ワズがよく知る薬によるものだ。


「こんな物を使おうとしていたんですか? 酷い。最悪です」


 頭上から降る男の声。ワズは顔を向けることも出来ず、意識も次第に歪んでいく。だが、ワズは知っていた。この声の主を知っていたのだ。


 熱のない、ガラス玉のような瞳がワズを見下ろしている。


「だ、ぃ……しん…………――――」


 白のローブが、ぼやけたワズの視界で翻る。

 言葉を交わしたことはない。だが何度か姿を見たことはある。あの男の側で。ワズに禁花であるイブラを渡してきた、仮面をつけた男。仮面の男の正体をワズは知らない。だがその仮面の男は禁花をワズに渡し、薬として売りさばくよう取引を持ちかけてきた男だ。金のために。取り分は悪くなかった。だから承諾した。


 そんな仮面の男と一緒にいたもう一人の人物。毎回ではなく、たまたま。数回程度。顔も隠さず、身分を証明する真っ白なローブを着て、ワズと仮面の男のやり取り現場に興味なさげに居合わせていただけの男。


 大神官――ケイレヴ・シオン。


 味方ではなかったのか。少なくとも、此方側ではあったはずだ。無くした正気の外でワズは笑う。ひたすらに、笑うだけだった。

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