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38話 愚か者

 視界を占領する黒と赤。息を吐き出すことすら忘れて、ササハはそれを見上げた。


 たった一つの赤以外はすべて黒。なのに、海に囲まれたこの国では馴染みのない衣装を纏っているのがわかった。その衣は袖口にいくほど広がりを見せ、あるかも分からない両手を内に収めるぐらいには長かった。


 ――――どさり、と止まってしまった思考の外で鈍い音を拾う。その音に黒い化け物のすぐ下にいた老女が、意識を手放し地に伏したことに遅れて気づいた。


 危険を前にただ突っ立っていたササハは、すぐに意識を改めると特殊魔具を具現化させた。ササハの隣には魔力を抜かれへたり込んでいるリオがいる。少し離れた場所には気を失った老女と、彼女とは真逆の背後側には、様子までは確認出来なかったがメルがいるはずだ。


 今この場で動けるのはササハだけ。ササハの特殊魔具は他者とは違い固有形態を持たないのだが、無意識下で選んだ武器は弓であった。ササハにとって一番身近な武器がそれであったから。まだ村で母と二人で暮らしていた頃。狩りをし、獣を仕留める母が操る武器が弓だった。


(わたしが皆を守らなきゃ)


 だが、矢を射ろうとしても上手く弦が張れなかった。筋の通った一本線。震える左手は再現した弓束を握りしめているというのに、肝心な部分で怖気づいていた。


「何やってんだよ、さっさと逃げろ!」


 なんとか立ち上がろうとしていたリオが、ササハに叫んだ。その声に反応したのか、それまでどこが顔かも分からぬ化け物――――《赤の巫女姫》が僅かに揺らぎ、視線を向けられた気がした。

 頭部らしき場所は分かるが、それだけ。黒の闇でしかないそれは両の袖からトゲのある蔦を数本出し、それら全てがササハ一人を標的にした。


「ササハ!」


 思わず閉じてしまいそうになった目を見開き、ササハは握りしめていた弓を盾に変えた。その盾は父の屋敷で働いている、ベアークという執事が見せてくれたものと似ていた。


「っ!」


 (たば)となり、一本の槍になった蔦が襲いくるが、白い光の盾はそれを弾き返した。さらには盾に触れた箇所は何かが焼けるような音を発し崩れ落ちたが、《赤の巫女姫》は動じた様子もなくすぐに蔦を再生させた。


「ササハいいから逃げろ! あんなバケモノと戦っちゃ駄目だ!」


 かろうじて立ち上がったリオは、なんとかササハを逃そうと青白い顔で懇願した。その間も黒の蔦は伸び、ササハは盾を半円状に引き伸ばし一時の安息を掴む。


「ササハ、早く、早く逃げろ」

「ノア、少し落ち着いて」


 《赤の巫女姫》の攻撃は続くが、一撃目ほどの衝撃はない。それでもササハ自身、まだ己の力量に不安があった。


「ぅ、嫌だ。頼む、逃げて……」

「ノア!」


 震えているのに、強い力で腕を掴まれる。ササハに逃げろと言う彼は今にも倒れてしまいそうで、意識を保っているのがやっとのように見えた。


 ササハは上を見上げた。《赤の巫女姫》と視線が交わった気がした。


(逃げる?)


 相手の蔦はいくつもあるのに、その全てがササハへと向かっているような根拠のない確信。ササハは背後を振り返る。メルの姿はなかった。


(ノアは走れそうにない)


 考えろと、血の巡りが速くなりながらもどこか冷めた思考に、ササハはキツく眉を寄せた。


(もし《赤の巫女姫》がわたしだけを狙ってるとしたら)


 理由は分からない。何故かそう感じた。現に魔力の盾の外にいる老女には見向きもしていない。


(わたしが二人の傍を離れたら、ついてくるかしら?)


 元からササハは《赤の巫女姫》と対峙する予定だった。フェイルを消滅させる力が自分にはあるかも知れないと言われ、ならばこの地のフェイルも何とか出来ないかと、その『もしかして』を確認するために来たのだ。


 まさかその確認を、ササハ一人で行うことになるとは思わなかったが。


「ノアこれ持てる?」


 ササハは自身の特殊魔具をリオへと差し出した。


「何言ってんだ、そんな棒……それよりお前だけでも早く」


 ササハ以外、誰にも見えなかった特殊魔具だったが、彼には見えたようだ。ササハはそれを強引に持たせると、盾となる光の膜が消えていないことに安堵する。世の中には設置型の魔道具だってあるのだ。出来ないことはないと思っていたが、当たりだったようで自然と口元が緩む。


「さっき、ノア言ったよね。出来ないくせに出しゃばるなって」

「っ、あの時は」

「責めてる訳じゃないよ。単なる意思表明なだけだから」

「は? いしひょうめい?」


 うん、とササハは多少興奮した表情で何処かを見つめた。何も、周囲に誰もいない空間。


「今からわたしがするのは出来ないって決まってることへの特攻じゃなくて、出来るかも知れないことへの挑戦だから。その辺誤解しないで、ね!」

「サ――――ササハ!」


 次の瞬間、ササハは膜の外へと飛び出し、膜は追いかけようとしたリオを内へ留めた。


 ササハの予想が正しければ《赤の巫女姫》はササハを狙ってくるはずだ。他の者には見向きもせず、ササハだけを。それを確認すべく走りながらも振り向くと、迫る蔦と、絶望に濡れた表情が見えた。


 なぜ? そんな顔をさせるつもりはなかったのに。


 絶叫し、膜の内でササハを呼ぶ彼に、ササハの足が戸惑いを見せた


「ササハぁ!!!!」


 ササハの頭部に、黒の斬撃が迫る。その光景に彼が自身を阻む膜を破壊するとの、眼前の光景が破壊されるのは同時だった。


 ササハの頭を横薙ぎにしようとした黒の蔦が破裂し、黒の煙が一部霧散する。


「――――――え?」


 《赤の巫女姫》が攻撃された。リオではない。別の人物。


「あああ、よくもぉ!!!!」


 解けた赤い髪を纏わせ、二撃、三撃目を《赤の巫女姫》へと打ち込むセーラ夫人が立っていた。


「どうして、許せない。返して、返せ、返せ、かえせぇぇぇ!!!!」


 やせ細り、ほぼ骨と皮だけのような身体で。夫人はササハが見たこともない筒形の特殊魔具を両手で持ち、それを《赤の巫女姫》へと向けていた。その特殊魔具からは、凄まじい速度の魔力の玉が飛び出してきて、それがフェイルに当たると弾ける仕組みになっているようだった。


 夫人の足取りはあまりに頼りなく、打ち出す第六魔力の玉の殆どがデカい的(赤の巫女姫)に当たっていない。なのに、なぜだろうか。しきりに返せと涙しながらまともに動けないでいる夫人に、《赤の巫女姫》も動きを止めてしまった。


 夫人はほぼ無意識に、かろうじての意識だけを保った状態で一歩を踏み出した。その一歩すらまともに踏めず、前のめりに倒れる。求めるように右手を必死に伸ばしながら。


 《赤の巫女姫》はただそれを眺めていた。ササハは走り、手を伸ばす。黒の化け物はそれを受け入れた。




 ササハの右手は《赤の巫女姫》へと届き、夫人の伸ばした手は――――倒れ伏したままの老女へと向けられていた。

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