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37話 繋がり

「ぁああ、あああああ!!」


 少年とは思えない、重く、なのに甲高くも聞こえる金切り声。


「メル君!? どうし……なに、あれ」


 メルの声に振り返ったササハは、その姿に動きを止める。メルはその場に蹲り、自身の身体を強く掻きむしっている。本来であれば少年の爪が裂いた肌からは、赤い液体が滲んだであろうがそうでは無かった。


 メルからは黒の煙が漏れ出し、数多の傷口は徐々に少年の皮膚を黒く侵していった。


「近づくな。アイツたぶん小人だ」


 メルを見たまま、リオはきつくササハの腕を掴んだ。


「小人って、メル君が?」


 彼の言う小人は呪鬼のことだ。


「なんで? なんでノアにはそれが分かるの?」

「いや、分かったとかそういう訳じゃないけどなんつーか……見た目とか、感じが似てるだろ」


 感覚的なものだと言われ、ササハは眉をひそめながらもメルに注目する。

 メルの身体はいつの間にか黒そのもので、黒い液体が雫となって地面に落ちていくことから、彼が泣いていることが分かった。


「どおして…………。――――――――――どお、ぃでっっ


 どろりと、黒の煙が液体のように滴り落ち、メルだったものは姿も、声音すらも原型を留めていられなくなった。


 その光景を眺めながら、ササハは息を呑んだ。メルが呪鬼? 確かにそれは間違いではなさそうだと、何となくササハにも分かった。分かったが、目の前の崩れ落ちた黒の人影が、上空に留められているモノたちと同様であると、そう感じることは出来なかった。


「メル君は、確かに呪鬼……と、同じ感じはするけど、でも、他の呪鬼とは違う気もする」

「他とは違う?」

「だってメル君は喋ってたし、困ったり、お願いしてきたり――そう! 感情や、意思があった!」


 言うが否か、ササハはメルに向かって突進して――行こうとした。


「何やってんだよ!?」

「なにって、ちょっとメル君に触って確かめてみようかなって」

「何言ってんだよ!?」

「その……わたしね、たまに幽霊とか、フェイルとかの思い出? 記憶みたいなのが見えることがあって、メル君にもそれと同じこと出来な~、て」


 手首を掴まれ、引き戻されたササハの自信は徐々に萎んでいく。


「本当に、出来るかは分かんないけど、出来たらなにか分かるかも知れないし? それに、それに……」


 すぐ隣には、ひたすら謝罪の言葉を繰り返し、震えている老女がいる。少し離れた場所にいる少年だった影は、グズグズの姿に成り果てながらも、黒い涙を零しながらうめき声を上げている。


「出来ることがあるならやりたい」


 冷たい風が吹いた。周囲に漂う黒の煙はそれに影響を受けることはないが、ササハたちを避けるようではあった。


 リオは困惑した様子でメルを見た後、ササハへと向き直る。


「お前は、あの小人がなんなのか詳しいのか?」

「詳しいわけじゃないけど、少しなら知ってるよ。呪鬼っていって、呪いが(かたち)をとったものなんだって」

「呪いが、形を?」

「うん。だからノアの言った小人がくっついた後に忘れちゃうっていうのは、呪いの内容なんじゃないかな? 相手の記憶を奪う呪いをかけられた人が居て、その盗られた記憶が呪鬼のお腹に入ったまま、とか」

「………………」


 そうだと仮定したところで、何だと言う話なのだが。


「そのジュキってのが何なのかは今はいいとして――――ササハならアイツ、何とかしてやれるのか?」

「それはやってみないことには……」

「なら止めとけよ。絶対出来るって訳じゃないなら無理するな」


 そう詰め寄られ、明確な根拠など持ち合わせていないササハは口ごもる。しかし、だからと言って素直に頷いて引き下がることも出来なかった。


「……ならどうしろって言うの? 何もせず、放っておくの?」


 助けを呼ぶにしても、いくらかの時間が経っているのに屋敷の人間はおろかレイラの姿すらない。おそらくベルデが呪具を壊した時のまま、この異変に対応出来る状態にはないという事だ。


「ノアは目の前に苦しんでる人がいても、無視しろって言うの!」

「違う! そんなことは言ってないだろ!」

「だって助けに行こうとしたら邪魔したじゃない! なら、同じことだよ!」

「なんでそうなるんだよ! おれが言いたいのは、出来るかも分かんないのに出しゃばるなって言ってんだよ!」

「なっ! 何よその言い方!」


 ササハにも自覚はあった。無茶な事を言っているのは自分のほうであると。しかし、それ以上に現状に対する焦りと、何の対処も出来ない自分自身への怒りが、コントロール出来ずササハを支配していた。


(嫌だ。ノアが言ってることは間違ってないのに……嫌な気持ちが溢れて、酷い言い方ばかりしてしまう)


 次いで出ようとした非難の言葉を、ササハはなんとか呑み堪えた。何も出来ない自分へのいらだちを八つ当たりするだけだなんて、あんまりだった。


「ノア、わたし――ぐす」


 一呼吸置いて冷静を手繰り寄せてみる。自分自身の不甲斐なさに泣きそうになりながら、堪えた表情をするササハに何を思ったのか、今度はリオが慌てた様子で言葉を並べた。


「な、なんだよ。また泣くのか? けど、おれは間違ったこと言ってないからな! だって、黒いやつ助けようとして、お前になんかあったらどうすんだよ! 無茶したせいでササハが怪我したり、痛い思いしたら……おれは絶ぇっ対、そっちのほうが嫌だからな!!」

「んーーーー!!!!」

「っい、てぇ!! なんで頭突きするんだよ!」

「分かんないけど、なんか恥ずかしくなったの!」

「はあ??? 痛かったんだけど……意味分かんねー!」

「ご、め、ん、ね!」


 ごすんと右腕に突撃し、相手は痛そうに腕を擦っている。遊んでいる場合ではないのに、何をやっているのやら。


 だがそのおかげか、ササハにも落ち着きが戻った。


「なら、ノアも一緒に考えて。わたしはメル君やおばあちゃんを助けてあげたい」


 呪鬼を消し飛ばすだけなら、頑張れば出来るかも知れない。しかし呪具を破壊してしまった今、それをした際の影響がどう出るのかが全く分からないのだ。


「考えるっても」

「だってメル君がただの呪鬼――呪いが形になったものなら、心があるみたいに苦しんだりしないと思うの」


 現に空中に集められている他の呪鬼に、苦痛や感情を感じ取るような素振りはなかった。何度かササハを嘲るように馬鹿にした姿を見せていたが、それが人を呪うという元からの性質のものであるなら感情があるのとは違うような気もした。


 黒の煙に巻かれた呪鬼たちは徐々に数を増やし、それだけ呪いの影響を受けた者がいるのかと微かに思う。さらに呪鬼たちからは、黒の煙が伸びどこかへと繋がっている。


「線……繋がる」


 ササハは黒の煙を追う。メルだったものからも黒い煙の線は伸び、どこか遠くへと向かっている。宙に集められた呪鬼からもいくつもの線が伸び、だがその線を構成する原因。黒い煙。それ自体は――


「おばあちゃんから、出てる」


 ササハは勢いよくリオへと振り返った。


「ねえ、さっきノアが言ってたお姉さん。どっちの腕だったの?」

「へ? え、何が?」

「呪鬼が腕から出てたって言ってたでしょ! それってどっちの腕!」

「えー、えーと分かんない! 忘れた! けどどっちかの腕の、この辺だったと思う」


 そう言ってリオが掴んだのは、自身の二の腕辺り。蹲り、か細く震える老女は小さくなりながら己を抱きしめ、そのうち右手はキツく、左の腕へと沈み込んでいた。


 それは今リオが示した場所と同じだった。


「呪具も、呪いも、おばあちゃんも――一緒に繋がってる?」


 そう認識した瞬間、より鮮明に視えた。黒く、髪ほどの細く長い一本の糸。触れた訳では無い、だが分かる。他の何の繋がりよりも頑丈で、切ることも、引きちぎることも容易ではないことが。

 その糸がぐにゃりと曲がり、脈打った。細い糸にしか形容出来ないのに、それは確かに呑み込んだ。


 何を?


「あ、れ?」


 がくり、とリオの足から力が抜ける。


「なんで、立てな……」

「ノア!」


 ササハはこの現象を知っていた。すでに体験していたから。


「おばあちゃんから離れなきゃ! ノアの魔力が取られてる!」


 黒の糸が波打ち、地面が大きく揺れた。十分に満たされた。

 いつの間にか宙に留められていた呪鬼たちも姿を消し、恐らく吸収された。彼の第六魔力と一緒に。


 地鳴りがやんで、空が陰った。恐らく敷地の中心。地中深く。そこに収まっていたものが、先程まで呪鬼たちがいた場所に黒の糸を辿って這い出してきた。


 ササハの頭上。陽の光を遮るほどの黒の塊。


「赤の、巫女姫」


 一輪の立派な赤薔薇を咲かせた化け物。そいつがこちらを見下ろしていた。

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