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35話 寸前

 明けの館に着いたころには、空はすっかり明るくなっていた。

 なんだかんだと寝ずの一夜が過ぎ、ササハは重たいまぶたが落ちぬよう耐えながらレイラの様子を見に行った。レイラはメルのせいで強制的に眠らされていたが、既に通常へと回復していたのか、ササハたちの気配に目が覚め自ら部屋の外へと出てきた。


 夜にあったことを大まかにレイラに伝えると、レイラは苦い表情を作った。


「タイヘンだったのに、何も出来ナくてごめんネ」


 今の今まで眠っていたことが申し訳ないと、レイラはしょんぼりと肩を落とした。


「そんな、レイラさんが悪い訳じゃないのに。謝ったりしないで下さいよ」

「デモ……」

「いーや、この女がササに黙って呪具を(カルアン)に持ち出そうとしたんでしょ。んで幽霊くんに邪魔されての有り様。自業自得ゆえの職務怠慢。十分やらかしてるでしょ」

「ウルサイ死ねノア・リオーク」

「リオ……レイラさんも」


 片方は嘲笑の、もう片方はこれでもかと殺意を込めた視線でにらみ合い、ササハが割って入りそれを遮る。今は二人の喧嘩に付き合っている余裕がない。色々とやらなければいけないことがあるのに、とにかく今は眠たくてしかたがなかった。


「ササちゃんゆらゆらしてる~。本当にお(ねむ)なんだね」


 すかさず茶化してくるリオに、ササハは目を細め口を尖らせる。


「むしろなんでリオは元気なの? リオだって昨日の夜は――――そうだ、それまでにいっぱい寝てたんだった」


 それならば元気なのも頷ける。


「ところで呪具は今どこにあるの? 僕も一度確認しておきたいな」

「今はわたしの部屋にあるけど――」


 そこでササハはレイラを見、勝手にカルアンに送るのは駄目だと念を押してから、呪具の確認を三人で行うことにした。


 ベッド下の、鞄の中に隠した小さな呪具。今は封印の魔道具のおかげで感じないが、カルアン当主の魔力が感じられた厄介な代物。


 リオは呪具をササハから受け取り、本当にカルアン当主の仕業なのかと、確認も兼ねて封印の魔道具を一度解除して欲しいと言った。封印具はレイラが所有していたもので、使用方法もレイラが一番詳しいのだが、レイラはあからさまに嫌そうな顔をするとリオに向けて大きく舌打ちをした。


「なんなの。なんでお前は僕にはケンカ腰かな~。ほんとムカツク」

「ソウカ? キサマのことは気にくわナイと思ってイルが、そんなツモリはなかっタ」

「へ、え、~、~、~、~」

「フン」


 再び火花をちらし始めた二人に、ササハが困ったようにため息をつく。ああ、眠たいなぁ。

 言いながらもレイラは封印具を解除し、途端、知った魔力がじわりと周囲に広がった。


「本当だ……たしかにこれはカルアン当主の魔力だ」


 リオも本家の結界を知っているからこそ分かる。


「けど、呪具ってこんなに術者の魔力が分かるほど魔力がもれてるものなの? もしかして壊れかけてる?」


 魔力は個々によってそれぞれ違うが、それが簡単に分かるかと言われればそうでもない。カルアンの本家ではフェイル対策の為の結界があったが、あれはフェイル以外には関係のないものなので特に隠すような仕様はされていない。


「カルアンの当主様は、どうしてこんな自分の魔力だだ漏れの呪具なんて作ったんだろう」


 そして、何故それがリオーク(ここ)にあるのか。

 古びた布切れに巻かれた呪具。手の中でひっくり返してみても布がずれることはなく、なのに()こうと思うえば簡単解けてもしまいそうでもあった。


 と、その時知らぬ間に開いていた扉が音を立てた。


「どういうことだ」


 気づかなかった。扉はきちんと閉めたはずなのに――――開かれた扉の向こう側には、ベルデが立っていた。


「カルアン当主の、呪具? 貴様ら……いったい、なんの話をしている!!」


 それまで静かに立っていたベルデは、声を荒げ足早にリオへと迫った。


 ベルデは昨日の晩のうちに、騎士団のほうの部下から二人の人物が外へ出たと報告は受けていた。なので心配には思いながらも、任せると決めたので後を追うことはしなかった。また戻りの報告を受けた後にでも様子を見に行けばいい。と、自分の仕事を優先することにした。


 なぜならばベルデは忙しい。その日も、その日だけでなくずっと、ベルデは屋敷の警護のために()()不眠不休で働いていた。夫人やローサの様子がおかしくなってから極力屋敷を出入りする人間を減らした。そうしなければ何が夫人やローサの琴線に触れるか分からなかったからだ。出入りの業者、通いの雇用人。果てには、女性と同じ空間にいることすら許されなくなった当主代理である旦那様まで。


「ち、面倒なのに見つかった」


 リオは後ろ手に呪具をレイラに投げ渡し、近くにあったクッションを掴みベルデへと投げた。今の角度であれば呪具がレイラの手に渡ったのが、ベルデには見えていないはずだ。案の定ベルデは勢いを殺さずリオへと向かってくる。そうしてその標的が別へと、ササハへと移らないようリオとレイラは視線すら交わすことなく互いの意見を一致させた。


 なぜならベルデは、特殊魔具ではない真剣を抜いていたからだ。


「あ、っぶないな! 室内でそれ振り回す!? 頭おかしいんじゃねーの!?」


 かっ開いた両目でリオへと斬りかかるベルデ。ササハは青ざめ言葉が出ず、レイラがさり気なくササハを後ろへ庇う。逃げるべきかと逡巡し、それより存在を意識されるほうが拙いか?

 リオは現在丸腰で、だが特殊魔具を具現化したところで応戦は出来ない。この際家具やらなんやらで凌いでみるが、相手が本気で殺しに来ていないことがせめてもの救いだった。


「オ嬢サマ」


 レイラはベルデを視界から外さず、小さくササハへと問う。


「いくら何でもヘンすぎる。呪鬼がまたツイテたりしないか?」

「え、あ!」


 言われてようやく冷静さが戻る。そうだ、驚いて呆けている場合ではない。ササハが思わず乗り出した身をレイラがやんわりと押し戻すが、目的のものはすぐに見つかった。


 小さな小鼠ほどの呪鬼。それが間違いなくベルデにしがみついているのが視えた。


「居た! 居ました、呪鬼!!」

「ヤッパリ……だが、ナゼ?」


 ベルデについていた呪鬼は昨日ササハが消した。追い払ったのではなく、第六魔力の塊をぶつけて消したのだ。


「オ嬢サマ、昨日あれからオブビリドと会っタか? その時呪具ハ?」

「えーと、気を失ったレイラさんを運んでもらうために少しだけ」

「ハ? アイツが運んだ? うぇ~」

「でもその時は普通で、呪具も封印したままでした」


 ならばベルデの呪鬼はたった今復活したのだろうか?

 ササハが思考に意識を取られた時、リオの焦った声が届いた。


「危ない!」


 いつの間にかベルデの標的がレイラへと変わっていたのだ。ベルデが標的を変えた理由は分からないが、ただ、ササハの目には呪鬼が呪具へと向かっているのが視えた。


 レイラは瞬時にササハを突き飛ばしたが、そのせいで片手でベルデの剣を忍ばせていた短剣で受けることになった。力負けしたレイラは姿勢を崩し、ベルデはその隙を逃すことなくレイラの腹へと容赦ない蹴りを入れた。


「ぐぅっ!」


 レイラは堪らず呪具を手放した。ボロ布をまとった呪具は音もなくベルデの足元へと落ちた。


「これか? これがっ」

「ベルデ落ち着け! 話を」

「これのせいで奥様も、お嬢様もっ!!!!」

「やめろ!」


 リオが声を荒げ手を伸ばす。ササハの目には顔はないのに、呪鬼が嬉しそうに呪具へと吸い込まれていく様がゆっくりと視えた。


 ベルデが剣を呪具へと突き立てる。斬るといいより沈み込む。鋭い剣先を飲み込んだ呪具は、撒き散らすように黒の霧を吐き出した。

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