34話 箱の中身
テフォダの寝室で見つけた木箱。中には一枚の人物画と数枚の紙切れ。人物画をまじまじと見つめるササハの隣で、リオはそれ以外を手早く確認した。
「こっちは……もしかして手紙? にしては内容が」
数枚の紙束を捲り、リオが訝しむ。それなりの大きさの用紙であったが、書かれているのは一文程度であった。
「『大切なあの子を返してください』『許されない』『絶対に取り返す』」
リオはササハにも伝わるよう声にする。書かれていた内容はどれも似たようなもので、しかしその中身は穏やかなものでは無かった。
「ねえ、今リオが読んでくれた手紙? あの子って誰のことかな? もしかしてこの」
同じ木箱に入っていた人物画を見る。メルと名乗ったあの少年と思われる人物画。ササハは手紙と人物画を忙しなく見比べているが、リオは答えず手紙の文字をゆっくりとなぞった。
まるで何かを確かめるように
「そんな、まさか――――」
今度は指だけでなく、掌で文字を覆った。リオの眉根にシワが寄る。
「どうしたの?」
「……インクに血を混ぜ込んであるんだと思うけど――――文字からカルアン当主の魔力を感じる」
言われてササハも手にしていた数枚の手紙に意識を向ける。リオがしたのと同じように文字をなぞり、こびりついたインクの上を何度も往復する。
そうして僅かにだが、知った魔力を感じ取った。
「本当だ……当主様の、あそこにあった結界と同じ感じがする。…………でも、なんで? 何のために…………」
呪具や、目の前の手紙。カルアン当主はにそれらを用意し、それがリオークにあるのか。
今にも握りつぶされそうな手紙をササハの手から救出し、リオがため息をつく。
「落ち着きなよ、ササ。確かにこの手紙の詳細は謎だけど、まだカルアン当主本人が寄越したものとは限らないでしょ? どっかのよっぽどの馬鹿が偽装した可能性だってあるんだし」
「リオ?」
「ん?」
ササハからすれば、この手紙のせいでカルアン当主が呪具を悪感情から送りつけた可能性が高まり青ざめていたのだが、リオはそれを分かっていない様子であった。そこでササハは、リオが把握している呪具の情報のことを思い出した。
(そうだ。リオはずっと寝てたから、呪具にカルアン当主が関係していることは知らないんだった)
リオが知っているのは、メルが呪具を壊して欲しいと依頼してきたということだけ。ミアからの連絡でカルアン側が呪具の回収を望んでいることも、その呪具本体からもカルアン当主の魔力が感じられたことも、どちらともまだ知らないのだ。
(呪具は――――リオのお家に呪いの道具を送ったのは、わたしの伯父さん)
あ、と口を開いたのに、上手く音にならなかった。
(もしそのことを知ったら、リオはわたしを嫌いになるかしら)
自然と噤んだ保身に、ササハ思わず目を逸らした。あれほどレイラに隠し事はよくないと迫ったのに、自分はどうだ。
「リ、リオ! あのね、あのっ」
「あ、もしかして呪具ってもう見つかったの? で、それからもカルアン当主様の魔力が感じられたとか?」
あっさりと放たれた言葉にササハは固まった。
「なん」
「あたり? そっか~。いやさ、この手紙と、それからのササちゃんの反応とかから察しちゃったよね。さすが僕。天才!」
そう言ってリオは笑い、ササハは混乱した。
「怒って、ないの? だって、呪具……そのせいで、リオの家族が」
「別に」
「…………」
「そんな顔しないで。ササちゃんが気にすることじゃないよ」
どんな顔をしていたのだろうか。ササハはそれを聞くことは出来なかった。
リオは持っていた紙束を整え、ぐっと伸びをする。いつの間にか夜が明けていたのか、向こう側の闇が薄まっていた。
「一旦戻ろうか。つか、レイラはどうしたの? ササちゃんの側に居ないで、何やってんだあの女」
リオは辛辣を垂れ流しながら、ササハから木箱を受け取る。
「改めて見るとこの箱、やけに可愛らしいデザインしてるね。もしかして大旦那様って少女趣味だった? きっも」
貴族が持つには拙い、むしろ素人の手作り感が半端ない可愛いらしい木彫りの箱。絵本の挿絵に使われそうな蔦を這わせた葉っぱに、小さな花弁の可愛らしい花。
大人の、貴族の老爺が持つにしては不釣り合いのそれ。リオは茶化しながらも今一度探るように木箱を眺め回し、おかしな箇所はないか確認した。
「あ?」
「あ!」
一度閉じた蓋を開け、再び閉じようとした時。蓋の内側に一枚のメモが挟まっているのを見つけた。
小さく折りたたまれ劣化し黄ばんでいたそれは、手帳から一枚引きちぎったようで、特徴的な書き癖のある文字でこう書かれていた。
『あの呪具と子供を利用し、足りないものを補う』と。
ヒュ、とササハの息が詰まった。
「こ、ども?」
どの、いったい誰のことだ? ササハは呼吸を忘れた。
「見るな」
リオの声に隣を見た。リオは自身の目を片手で覆い、涙を流しながら震えていた。
「見なくていい、寝てろ」
そうササハにではなく、呟くリオ。ササハは堪らず、リオの手に重ねるように自身の両手を被せた。リオの手から木箱が滑り落ちる音がした。
「だぃ、じょぶ、だいじょうぶ、だからね」
すっかり鼻声のササハの背に、木箱を手放した手が優しく乗った。
木箱は持ち帰ることにし、ササハとリオは屋敷の外へと出た。長い闇を脱ぎ去った冬の朝。それなりの時刻にはなっているに違いない。部屋に残してきたレイラや、隠してきた呪具のことも気になる。
来る時は二人並んで走った。馬を用意するなんて余裕持ち合わせていなかった。途中片割れがバテて、ササハがおぶろうかと聞いたが、怒りながら拒絶されたので、代わりに手を引いてやった。引きずる勢いで。
今はその時と同じ手が、鼻をすするササハの手を引き、僅か先をゆったりと歩いている。普段おしゃべりなはずの彼は何も話さず、むしろ静かな朝の空気を堪能している様子だった。




