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33話 見たもの

 ある程度ササハの興奮もおさまった頃、リオが周囲を気にしていることに気がついた。両手はササハをあやすように肩と頭に乗せられているが、視線は何かを探すように別のところを見ていた。


 きときとと、僅かに彷徨う双眸は暗い室内へと向けられている。


「もしかして、リオにはテフォダさんの霊が見えないの?」


 その言葉にリオは少しだけ返答を選ぶように黙った。


「――――――んー、と。うん、そうだね。僕には見えないや」


 だけれどリオは、まるで室内にテフォダの霊がいることを知っているかのような素振りだった。


「もしかして、ノアの時のこと覚えてるの?」

「……いいや。殆どは。けど、今さっき、ほんの少しだけ、あの子が眠っちゃって変わる時。あの人が部屋の中にいるのを見た」


 そう教えてくれたリオの先にはテフォダの霊がいるのだが、彼にはそれが分からないようだ。


 テフォダの霊は動かない。部屋から出られぬわけでもなし、なのにじっとササハのほうを見ているだけだ。


「ねえ、リオとノアってさ…………ううん。やっぱりなんでもない」

「なんでもないの?」

「……なんでもなくないけど、いい。やめとく」

「そ?」

「うん。ごめんなさい」


 何に対しての謝罪なのか、ササハは誤魔化すように意識をテフォダへと向けた。まだ、フェイルの種が埋まっていたころのテフォダとは違い、静かに、だが引くこともせずテフォダの霊はそこにいた。


「わたしに何か教えたいことが――あ、そうだ。鍵」


 ノアのことで忘れかけていたが、部屋に飾られている肖像画の前。そこにある一人掛けのソファに鍵が隠されていたハズだ。

 リオはササハの独り言に口を挟むことなく聞いていたが、ササハが室内に戻ろうとすると警戒を示した。


「鍵って? 僕が行くから詳しく教えて」

「ううん、わたしが行く」

「駄目。何かあったら」

「何かはあると思うけど、たぶん大丈夫」


 テフォダは先程ササハに手を伸ばした。それのせいでノアが暴走しかけたが――。だからテフォダにはまだ、ササハと接触したいなにかがあるはずだ。


「見えてないリオを無視して近寄っては来てないから、悪いことじゃないと思う」


 怪しい地下室を設け、子供を集めて人体実験を繰り返していた人物。なのに今はなぜか危害を加えられることはないだろうと、そう思えた。むしろ頼りなく、今にも消え入りそうなほど揺らぐテフォダの人影は、それだけの余力すら残されていなさそうだった。


 ササハはソファへと近づき、テフォダの霊もそれを見届ける。埃避けのないソファは僅かに軋み、その音が静かな室内で大げさに響く。まるで子供がふざけて思いついたかのような、拙い隠し場所。背もたれと座面の隙間に手を差し込むと、そう深くない場所で硬い感触とぶつかった。あったのはササハの人指し指大の鍵。鈍い金色に輝く鍵を、ササハはまじまじと眺めた。


「うわ……本当に鍵だ。え? それ一体どこの鍵なの?」

「知らない。たぶん、今から教えてくれるんだと思う」

「え!? 教えてくれるって誰が!? もしかして、もしかしなくても大旦那様の霊が?? てかまだ居るの? そこに?? やめて危ない!」


 咄嗟にリオはササハの手を引き抱え込んだ。しかし一歩遅く、ササハは引かれていないほうの手を伸ばし指先が掠った。テフォダ・リオークの伸ばした手と。


 ササハはこの時初めて、テフォダ・リオークという人物を認識出来た気がした。


 ・・。


 ・・・。視線を落とした。ササハの、自分なのに、自分のものではない、大きな男の手。その手の中には、小さな赤毛の赤ん坊。脆く柔からかで、言葉に出来そうにない程愛おしかった。


 涙が溢れた。理由もわからず、ただただ苦しかった。鍵を、金の鍵を回す。見たくなかった。辛い、つらい。なのに分からない。


 子供の、五歳くらいの女の子を抱きしめ、酷い乾きに呻くしかなかった。違う、駄目だ、許さない、許されない。迷った、迷いは捨てた。怒りが込み上げ吐くほどに苦しく、己をくびり殺してしまいたいたかった。


 足りない。足りない。薄暗い地下牢で、やせ細った子供の手を引いた。女の子、男の子。足りない。違う、間違ってない、もう少し。あと少し。金の髪の男の子、ようやく――――――。


 ぐるりと視界が回る。


 表情は見えないのに、黒髪の少年がこちらを睨んでいる。それをかき消すように、――――の扉が音を立てて閉じられた。



――――――――――ササ!」



 ハッと息を吸い込む。耳元でしたリオの呼びかけに、ササハは驚いたように目を開いた。


「大丈夫? 急に黙り込んじゃったけど、もしかして何かした?」


 知らぬ景色を見た。気持ちを感じた。恐らくテフォダの記憶と感情。

 リオの様子からササハの意識が飛んだのは、一瞬のことだったのだろう。心配そうに覗く表情に、そこまでの焦りはなかった。


「だい、丈夫。ちょっとびっくりしただけ」


 室内はおろか周辺にも、テフォダの気配は()()感じなかった。


「大丈夫って、何があったのかちゃんと」

「それよりリオ」

「それよりじゃない。ちゃんと話して」

「だから大丈夫だってば。ちょっとテフォダさんの記憶を見せられて」

「全然大丈夫じゃないよね!? 危ないことしないでって言ったでしょ!」

「言ったっけ?」

「帰ったらレンに言いつけてやる」


 少しだけ立ち眩みのような目眩がしたが、ササハはすぐにしゃんと立ち上がる。リオはレンシュラのことをササハ過剰保護者と認識しており、それはあながち間違いとも言えないのでササハも聞こえなかったフリをする。ここで言いつけるなんて卑怯だと反論すれば、更なる小言が増えるだけだ。


「リオ。たぶんあそこの奥。クローゼットがあるはずなの」


 最後に聞いた音。今いる部屋の隣室。部屋の端にある扉から続く、寝室がある方角から聞こえたクローゼットの扉が閉まる音。


「――それも記憶で見たの?」

「見たと言うか、聞いた?」

「なにそれ」


 リオもゆっくりと視線を扉へと向ける。


「たぶん、もう夜も遅い時間だよ。子供は夜は寝ないとだよ」

「ならリオだって一緒でしょ。一つしか違わないんだから」

「そんなことないよ」

「すぐそこなんだから。出直すほうが手間よ」

「そうかなぁ」

「そうよ」


 リオも無理に引き止める気はないのか、口は動かすも、強硬手段を取ることはなかった。リオが照明用の魔道具を起動させ、それまで薄暗かった室内が明確になる。


 レイラと来た時は、ササハは寝室には入らなかった。しかし寝室にはササハの言ったとおり大きなクローゼットがあり、迷いなく近づこうとし先に行くなとリオに押し戻される。


 中の確認は僕がやるとリオに念押され、ササハは不服そうに唇を尖らせながらも大人しく従うことにした。


 そうして見つけたのが隠し板。クローゼットの高さに対し、天板が思ったより低い位置にあることに気づき、調べてみれば天板が外れて中が空洞になっていた。板を外し、同時に引っ掛けたのか、天板の隙間から薄い木箱が落ちてきた。


「何が入ってるのかな? 早く開けてよ」


 ササハが手にする前にリオが木箱をひったくり、当然のようにこの場で開けてくれとせがむ。色々と言いたいことはあるがリオは絶妙な表情で口を噤むと、渋々と木箱を開いた。


 木箱の中には何枚かの紙切れと、一枚の人物画が入っていた。


「メル君だ」

「メルくん? いや、ちょっと待って。なんかその名前聞いたことあるような」

「お化けのメル君だよ」

「そうだお化けのメル君。ササちゃんがこないだ言ってた奴か」


 デッサンに近いラフな人物画。擦り切れボロボロになった紙には、メルと思われる少年が描かれていた。

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