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31話 此奴は此奴で

 いつだったかそう遠くもない、むしろ最近の話で。あのいけ好かない金髪が言っていたのを思い出す。


「あんたマジ脳筋馬鹿野郎じゃねーかよぉ!!!!!」

「うるさい。大きな声を出すな」


 砂利にまみれ石床に転がっているロニファンは、同じく目の前に転がっている元凶に恨みを込めた念を送りながら唸った。


 ロニファンと目の前の元凶――もといレンシュラは現在どこぞかも分からぬ地下室らしき部屋に閉じ込められていた。室内には扉が一つあるだけで窓は一切なく、ささくれだった木製のテーブルと、椅子が何脚かあるだけ。それら唯一の家具も壁際に寄せられており、他に何も視界に入らなかった。正確には現在ロニファンとレンシュラは両手足を拘束され、床に転がされているため部屋の隅々までは確認出来ないのだが。


「普通、なんか考えでもあるんじゃないかと思うだろーが! なのに、なんだよこの状況! あんたベテランの凄腕騎士様じゃなかったのかよ!」


 力の限り叫び散らかしたロニファンであったが、レンシュラはただただ煩いなという表情を浮かべ上体を起こした。


 正しい時間は分からないが、少なくとも数時間から数日前。ロニファンは父親のことを知っていそうな少女から、同日の夜にもう一度会いたいとどこぞの場所を記した紙切れをもらった。その際レンシュラからワズという、やばい組織と関連している男と繋がりがあるかもと教えられ、またそれに関連付けてレンシュラが王都に来た元々の目的も知らされた。


 違法薬物の密売拠点。ロニファンにとっては指導係だった男、ケント・カールソンがその薬物に手を出し、原因は他にあるが命を落とした。

 ロニファンの父親がその厄介事に関わっているのかは不明だが、勤め先が詳細不明のまま店を畳み、店主の行方も分からない。しかし面識のない少女がロニファンを知っている様子で特定の場所へ来るように指定し、かつ、その少女が寄越した紙切れには怪しい男を連想される香りがついていた、と。


 そしてその男はレンシュラの知る男で名をワズと言い、昔、人身売買を行う犯罪組織にいたというからロニファンは盛大に警戒をしていたというのに。


「あんたが言ったんじゃねーっすか、なんとかなるって」


 そう、少女に夜の再開を一方的に押し付けられた同日、何らかの罠を危惧したロニファンに対し、レンシュラは「なんとかなるだろう」と平常の様子だった。あまりにも堂々と落ち着いたレンシュラに、何か策、もしくは何が起こっても対処できる実力でもあるのかと密かに感心した。関心して夜、指定の時刻に指定の場所へ行き、案の定人の気配はなかったが何やら甘い香りがすると思った直後からの記憶がなく、次に目覚めた時にはこの有り様だった。


「だから、今からなんとかする」

「は? 何言って」


 転がったまま文句をぶちまけていたロニファンの前で、レンシュラが自身の両腕の自由を奪っていた魔道具をぶっ壊した。フン! と力んで。縄ではなく、魔道具をだ。


 バキンと小気味の良い音を立て地面に落下した魔道具を、ロニファンは間抜けな表情で眺めるしかなかった。


「……え、こわ…………」


 ちなみにレンシュラは魔道具を物理的な力で破壊した訳ではなく、魔力を動力源としている魔道具に、無理やり過分な魔力を流し込み破壊させたのだが。ロニファンがその事実に思い至ることはなく、レンシュラもまた目の前の後輩がドン引きしなから誤解しているなどと露とも思っていなかった。


(こちらは既に相手に認識されていた。なら、姿を隠して探りの手を増やすより、やはり捕まったほうが手っ取り早かったな)


 足の拘束具を外したレンシュラは、その考えは口にはせず周囲を見渡した。後輩が今なお心の距離を広げていることには気づかず、ロニファンより先に目覚め、周囲の状況を探った時のまま変化のない様子に一息つく。


 念の為魔力探知の有無を警戒したが、試しに防音の魔石を誤作動のふりをして発動させたが誰かが来る様子はなかった。流石に自分たちの素性を知っていそうな相手が、何の備えもしていないのは可怪しいだろうから、恐らくはナメられている。もしくは、レンシュラたちが何をしてもどうとでも出来ると思っているのか。


(ただ、同じ部屋で拘束されていたのは、探す手間がはぶけたな)


 ワズが関わっているのであれば、すぐに殺されることはないだろうとは踏んでいた。決して互いのことを知るような間柄でもなかったが、どういった人間で、どういった嗜好の持ち主だという噂は嫌でも耳に入って来ていた。


 レンシュラはどこも不調のない(無傷な)身体を不思議に思いながら立ち上がり、テーブルの上にあるものを見つけ成る程と鼻を鳴らす。と、同時に下からの視線を感じ眉を寄せる。


「いつまで寝そべっている。さっさと立て」


 心底呆れたという表情のレンシュラに、ロニファンは今年一番の青筋を浮かべ、そして丁重にお願いをして拘束を解いて頂いた。






「一応その花には触らないほうがいい。例の違法薬物の原料に使われている花だからな」

「早く言えや先輩様よぉ!!!!」


 壁際に寄せられたテーブルの上には、殺風景な地下室には場違いの上品な花。大きめの花瓶にぎゅうぎゅうに差し込まれた、甘い香りを放つ白の花。花粉を吸い込むだけでも軽い症状を引き起こす危険な花だが、一定量以上を接種でもしない限りは、花があるだけで引き起こす症状は軽いものである。故にレンシュラは一応と言い念を押したが、ロニファンは意外と神経質なのだなとこれまた誤った認識に温かな視線を向けるだけに留める。


 だが、接種したのが花粉だけであればの話だ。


 ダン、ダン、ダンと扉の向こうから鈍い足音が近づき、レンシュラが予想していた通りの顔が現れた。


「ひっさしぶりだなァ、クロちび」

「…………ワズ」


 レンシュラが名前を呼んだことに、ワズは僅かに口元を釣り上げる。が、次の瞬間には意味が分からないと言うように態度を崩した。


「おいおいおいおい。こりゃァーどういうこったよ? なんでそんなに元気に動け回っちゃってんのぉ??」


 低いくせに、やたら上がり調子の声音はロニファンの神経を逆なでする。ロニファンは最初、部屋からの脱出を試みようと、一つの案として壊した拘束具に繋がれたフリをして誰か来るのを待つのはどうかと言った。

 しかしそれはレンシュラによって却下された。恐らくそこまでの警戒の必要はないからと。


「なんで効いて無いんだァ~?」

「変わらずのようだ」


 大した関わりはない。だが、なぜか相手(ワズ)のしそうなことはなんとなく分かった。他人を信用せず、だが何の躊躇もなく利用はする男。


「やはりお前、単独のようだな」


 部屋の外に見張りの気配はなかった。レンシュラたちを誘い出すために手紙を渡してきた少女も、あからさま過ぎて呆れしかなかった。呼吸をするだけで甘い香りを漂わせていた少女は、もう手の施しようがないところまできているだろう。


「おい。オレサマが優しく質問してやってるだろ。さっさと答えろやクソガキがよぉ!!」


 体格も、身長でさえも、ワズよりもレンシュラのほうが勝っている。しかし男にとってレンシュラは、一人ぼっちの頼りない少年の印象が抜けないのか、ギラつく眼には嘲りの色がこびりついている。


「貴重なァ薬を、わァざわァざ使ってやったんだぞ~? お前には勿体ねぇくらい、馬鹿ほど()っけぇ薬をよぉ」


 成る程。少なくともワズの手元には、いくらか自由に使える()があったようだ。それをちらつかせればワズの言いなりになる手駒など、いくらでも量産できただろう。


 ワズは威勢よく喚きながらも、一向にレンシュラとの距離を詰めてこない。


「使ったという事は――やはり直接注入しようとしたか」


 一切の動揺を見せないレンシュラに、二人同時に気がついた。レンシュラは敵を捕縛するための対策はせず、むしろ敵に態と捕まりその後の対策をしていたのだと。


「ぅぁあ~~! ほんっとうに気に障るガキだ! クソがよっ!!」


 ワズはすかさず後ろへと飛び退き、外へと出ると頑丈そうな扉を閉める。


「逃げた!」


 それまで黙って様子を伺っていたロニファンが、瞬時に我に返り後を追おうとしレンシュラに止められた。


「おい、離せよ。逃げられるぞ!」

「俺達は囮だ。その役目が上手くいってたら、今頃外の連中が後を追っているはずだ」

「は?」

「手紙の場所に行く前に、中央に派遣されていたカルアンの騎士隊たちに連絡を出している」


 ワズには違法組織のトップに立てるような器はない。ならばあの男(ワズ)を使っている何か、もしくは誰かが存在するはずだ。


 まあ今回は、わざと連れ去られて拠点を探ろう作戦。であったが、実際レンシュラも意識を失って連れ去られたので、その道中カルアンの騎士隊がついて来ていたのかは不明なのだが。


 そうだったのかと、疲れた表情で納得するロニファン。が、せめて事前に教えるくらいしてくれても良かったのにと時間差で怒りを抱く。


「俺達もそろそろ外に出よう」

「あ、はい」

「念の為、本当に薬物の接種を拒めたのか確認にいく」

「そう言えば、薬……拒むって、何したんすか?」


 自分自身を、落ち着かせるように会話を続けるロニファン。本当はすぐにでも父親の行方を確かめに行きたいのだが、ワズを追うことすらさせてもらえなかったのだから再び止められることになるだろう。


「ある研究馬鹿に依頼して、両腕と首に薄い障壁を貼るよう魔道具をいじってもらった」

「・・・は?」

「結界に触れると薬も消えるようにしてもらったから、アイツにはきちんと体内に入っていくように見えたんだろう」

「あ、そう、ですか」

「? 急になんだ、大人しくなって」

「いや、もう、今日は疲れた。ほんと、疲れた……」


 少なくとも、体内に入れてはいけない液体を流し込まれた訳ではなかったことが判明し、と同時に、なんで教えてくれなか以下略。情報共有がいかに大切なのかを再認識したロニファンは、怒りよりも疲労が勝ったことに口を閉じた。


 いけ好かないと思っていた、あの金髪野郎。だけど目の前のフリーダム()。此奴と肩を並べていたノア・リオーク大先輩は偉大だったのだなという感想が浮かび、ロニファンは眉間にシワをぐしゃっと寄せた。


「たぶんここは拠点ではなさそうだ。むしろ捨て場。大した情報は置いてないだろう」


 薬漬けにして、いたぶって遊ぶためだけに用意したであろう場所。


 ワズの単独行動であれば拠点に自力で逃げ帰るのか、もしくは、ワズでは到底用意出来ないような高価な魔道具を彼に与え、逃してくれる誰かがついているのか。



 正解は後者であったと、意外とすぐに判明した。ワズは地下から駆け上がる途中に転移用の魔道具を作動させ、姿を消してしまった。






 ちなみにその頃。レンシュラに無茶振りをされ、強引に協力をさせられた研究狂いは、双子の姉は元気にやっているのかなと盛大なくしゃみをしていた。

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