27話 見つけたもの
壁を突き抜け、漏れ出す黒のモヤ。フェイルが纏う黒のようであり、呪鬼へと変形する前のなり損ないにも思える。
「壁の向こう……」
呟いたササハの言葉と同じことを察していたレイラは、ただ黙して頷いた。
壁の向こう、もしくは壁の中に埋まっている可能性もあるが、恐らく呪具はすぐそこにあるのだろう。レイラが一番怪しいと思う箇所に手の平を這わせ調べていく。
「カクシ扉だろうケド」
はじめに可怪しいと感じた壁に手を添えたまま、レイラがちらりとササハを振り返る。
「罠がアルかも知れないケド、色々試シテみてもイい?」
「思いっ切りやっちゃってください!」
即答で全力への許可を得、レイラの表情が明るくなる。通常の――少しでも魔法に関して知識のある人物であれば、わざわざ魔法で隠してある扉を何の対策もなしにこじ開けるだなんて、正気の沙汰ではないと咎められただろう。
レイラ自身、余程の罠や仕掛けでもない限りササハくらいは無傷で守れるだろうと思っての提案ではあったが。
念の為ササハには反対側の壁際まで距離を取らせ、レイラは壁に触れている右手に魔力を込めた。
「・・・ハ?」
一体何が起こるかと神経を尖らせていたが、特に罠や侵入者対策はされておらず、それまで石壁だった場所はスライド式の鉄扉へと変わった。
「何ノ仕掛けもシてないだトっ」
そもそもこの地下室自体が暴かれることはないと、それ故の自信もしくは慢心だったのか、隠し扉はただ魔力を流し込めば開く単純なものだった。
拍子抜けな気もしたが、レイラはすぐ現れた扉へと手をかける。扉が開き、駆け寄ったササハが最初に感じたのは異臭。閉じられた空間で逃げることも出来なかった匂いが漂い、部屋全体にも染み付いていた。中は乱雑な石壁で覆われ、窓も照明もないのに青白い明かりが暗闇を照らしていた。
「ひっ」
光源の正体は鉄格子に散りばめられた光る石。部屋の一方にはその淡い光を放つ鉄格子で遮られた、四つの牢獄のような区切りがあった。
ササハは躊躇し一歩下がった。ササハからはレイラの正面は見えないが、彼女の足に迷いはなく室内の確認作業を始めた。
隠されていた地下室。古く、染み付く程の匂いがするのに壁や床に目立つ汚れはなく、それが却って異様さを助長させる。
牢獄の反対側には書類が散乱したテーブルに、テーブルとは別の作業台と――――奇妙な椅子。角張った椅子の肘置きには四つのベルトが取り付けられていた。
(なに、ここ? なんの為の部屋なの……)
ササハの後ろへと下がった足が戻らない。無意識に牢獄の中へと意識を伸ばし、想像していた最悪が存在していないことに詰めていた息を吐いた。
そうしている間に、レイラが呪具らしきものを見つけた。
レイラはササハのように通常の人が視えないものが視える訳では無いが、やたら勘が鋭かった。何となく嫌な気配がするなと思えばフェイルを発見したり、何となくこれは危険と思ったものが呪具だったりする。だからなのかフェイルとの遭遇率がカルアンの中でもずば抜けて多く、その都度討伐数を伸ばし気づけば特級騎士になっていた。
レイラが呪具を見つけたのはテーブルの下。その下に随分と劣化した木箱が置いてあり、その周辺から嫌な気配を感じ取った。そうして見つけたのが、木箱の下のタイルを剥がした土の中。土を被ったボロ布が巻かれた何かが埋まっていたのだ。
「レイラさ、」
ようやくレイラの様子に気が回ったササハが、戸惑いながらも近づく。
「呪具をミつけた」
テーブルの下から頭を抜いたレイラの手元には、ササハから見ても呪具だと分かる物体があった。
「とりあエず封印スル」
「封印! レイラさんが封印するんですか!」
「ワタシはしない。魔道具。任務にヒツヨウだから経費でカった」
ササハが少し残念そうな表情を見せたが気のせいだ。レイラの手元や足元では、大小様々な呪鬼が喚いているがそれが視えるのはササハだけ。ササハは特に口を挟むことはせず、呪鬼たちの抗議も虚しくレイラが呪具を封印するのを見届けた。
瞬間、僅かに――ほんの微々たる程度だが周囲の空気が軽くなった気がした。あくまで気がしただけだが。それでもレイラの表情が少しだけ緩む。
「これで新しく呪いの影響を受けることはなくなるんですよね?」
「タブン」
「たぶん?」
「《赤の巫女姫》についテは、何もシンテンしてない」
「あ」
そう言えばと、ササハは本来の目的である《赤の巫女姫》の呪いについても考える。
通常《呪われた四体》と呼ばれている特殊個体のフェイルは、四つの家がそれぞれ封印を行っている。印持ちである当主自身が封印を維持し、数百年の間それが揺らぐことはなかった。なのでこれまでは《呪われた四体》の封印は完璧で、印で繋がる当主たちはともかく――そもそも当主たちが自身への呪いの影響について公言していなかったため不明ではあるが――封印下に置いては外部への影響はないと言われていた。
だが、カルアンの《黒の賢者》の事例によって、それも分からなくなった。
知らぬ間に《呪われた四体》の封印が破られていたのだ。封印の維持失敗については《黒の賢者》が消滅した混乱に乗じて無理やり濁しているが、本来そのフェイルは当主が居る本家の敷地内に封印されているはずであった。それが少なくとも九年以上は前に破られ、別の地に縫い付けられることとなった。
「今まで当主サマたちにも呪いのエイキョウは無いってイワレてたけど、ワタシは違うと思う」
レイラがいつもの無感動の表情で言う。
「当主サマ……当主サマは、《黒の賢者》に呪われテタんだ。呪いのエイキョウを受けてた、と思う」
「それは、どういう」
「見たわけジャない。けど、会えナくなった。当主サマと。急に、体調がワルくなって、お姿すら見せてモラえなくなって…………十年くらい前から、ずっと」
《黒の賢者》の封印が破られたと考えられる時期から。
「もしかシタラ印持ちは、《呪われた四体》と接触シテいなくても呪いのエイキョウを受けるのかもしれない」
それを知っているのは、印持ちである当主たちのみだ。
レイラが黙ったことにより、外の音を拾わない室内は静寂が強調される。いつの間にか呪鬼の姿もなくなり、封印具が頼りない光を灯していた。
《赤の巫女姫》の呪いについてまでは何もわからないが――。
「その呪具はどうするんですか?」
カルアン当主の魔力を宿した呪具は、間違いなく呪いを吐いていた。
「チャンと報告するヨ」
「リオークの人たちにもですよね」
ササハの言葉にレイラはゆるく微笑んだ。そして次の言葉を許すことなく、レイラは地下牢のような部屋を出ていこうとする。
「レイラさ、わぁ!」
慌ててレイラを追おうとしたササハは、床に落ちていた紙を踏み体制を崩す。とっさに近くにあったテーブルに手をつき転ぶことはなかったが、レイラは転ばなかったササハを確認したあとすぐ、歩みを再開させたことに不満を覚える。心配はしてくれるが話を聞く気はないようだ。
律儀に踏んづけてしまった紙を拾い、何となしに書かれていた文字を読む。
書かれていた文字は外の部屋にあった暗号まがいの文字とは違い、ササハにも読める通常のものであった。ササハの足跡がついた紙には人の名前らしきもの。それに年齢、性別、健康状態。それから――――。
「実験結果――適応せず…………し、」
反射的に持っていた紙を投げ捨てる。手放された土臭い紙はテーブルの上に散乱していた別の紙束と混ざり、しかしどれも似たようなことが書いてあるのだろうと、同じ形式でまとめられた書面に吐き気を覚える。それでもササハは紙束へと向き直った。
――――孤児、数値、実験体、失敗、死亡。
ただそこに、知った名前がなかったことに安堵した。
「オ嬢サマー?」
上階からレイラの声が届く。気丈を心がけたが限界だ。
「レ、レイラさぁぁーーーーん!!!!」
何枚かの紙を引っ掴み、ササハは半泣きの状態でレイラの名を叫んだ。




