26話 扉と鍵とその先
魔法で隠蔽されていた怪しい扉。取っ手はなく、小さな鍵穴が開いているだけの鉄の板は、いくら押そうが動く気配はなかった。
「やっぱり鍵がないと駄目みたいですね」
ちらりと、ササハがレイラに視線を寄越しながら問う。
「魔法でカクされてた扉は、無理ヤリこじ開けたり壊シたりするのは良くナイ。反対側にも魔法がシカケられいテ、爆発したりスルこともアる」
それは侵入者を攻撃するというよりも、中に隠されているものを消失させる為であるだとか。無理やりこじ開けることは出来るだろうが、それと同時に内側を暴く機会を失う危険もある。
「もし扉の向こうに呪具があったら、余計な衝撃を与えるのはまずいですよね」
うーんとササハは唸り声を上げた。レイラもものは試しと外側から仕掛け魔法の有無を確認出来ないかと、扉の周辺を隈なく探る。冷たい扉に手の平を這わせれば、僅かに魔法の気配を感じるが、だからと言ってそれがどういった魔法なのかは検討もつかなかった。
「ベルデさんや、リオのお父さんなら何か知ってますかね」
「確かニ……リオークの当主代理なラ、この扉について知っテいるかも知れないが……」
そこでレイラは口ごもる。出来れば呪具の件を、当主代理であるリハイルにはまだ知られたくなかった。ならばいっそ、無理やりこじ開けるほうがマシかとレイラの気持ちも傾く。
と、その横でササハは自身のポケットにある物を思い出した。右手をおろした時に、何気なく触れた硬い感触。
「そうだ、鍵」
昨日、メルに連れられ老女と会った。車椅子に座った老女。重ねた年月故か老女の意識は自由にたゆたい、まともな会話は出来なかった。しかしササハは、その老女からあるものを受け取っていた。
「鍵」
小さな銀色の鍵。メルが取ってきて欲しいと請うた鍵。その受け取った鍵を昨日無造作にポケットへと突っ込み、今の今まで忘れていたのだ。
もしかして、と鍵を取り出し扉へと近づいてみる。それまで扉に意識を向けていたレイラも、ササハの手に謎の鍵が握られていることに気がついた。
「オ嬢サマ、その鍵ハ?」
「分かんないです。昨日メルくん――この間あった幽霊の男の子、が紹介してくれたお婆さんがくれた鍵です」
「幽レイが紹介したおバアさんがくれた鍵」
「そうです。幽霊の男の子が紹介してくれたお婆さんがくれた鍵」
レイラがあからさまな表情を向ける。
「すっごく怪シイ」
「すっごく怪しいですけど、けど、よく見たら扉の色と鍵の色が似てませんか? いや、むしろ一緒。同じ色してますよ! 鍵の大きさもこの鍵穴と同じくらいに見えるし」
「ソウ、だけど」
「試しに、試してみてもいいですか?」
「…………」
「レイラさん」
「…………借シテ。ワタシが試す。オ嬢サマは駄目」
見た限りは、目の前の扉と合致しそうな小ぶりの鍵。ササハから素直に渡された鍵は今までレイラが触れていた扉と似たような感触で、なんなら薄っすらと漂う魔力は同一の魔石が混ぜ込まれているとしか思えなかった。
だからこそ怪しい。欲しいと思ったタイミングで、欲しいものが事前に用意されていたこの状況。しかもその状況を作り出したのがササハ曰くの幽霊少年で、意味不明すぎる。
「念の為、オ嬢サマは離れてイテ」
出来れば小屋の外に出るまでして欲しいところだが、流石にササハはそれを嫌がった。
「何か起こった時は道連れです」
「ヤめて」
ササハとしては自分もレイラを守るよ! という意気込みからの言葉であったが、レイラからすれば実現されては困る発言である。
ササハは部屋の端まで移動し、それを確認したレイラは鍵を鍵穴へと差し込んだ。
音はなく鍵はするりと傾き、同時に内側から感じていた魔力の気配も消える。危惧していたことは何も起こらず、銀色の扉はゆっくりと向こう側を晒した。
屈まなければ通れない程の高さの扉。しかし扉をくぐった先の天井は通常程度には高く、明かりのない暗闇から続くのは下へと伸びる階段だった。
気持ちが逸るササハに待機を言い渡し、暗い階段をレイラが一人下る。魔道具による光源を持つレイラを、ササハは階段の上から身を乗り出して見守った。地下への階段は長くなく、すぐに階下が明るくなる。どうやら階段の先は仕切りもなく小部屋へと繋がっており、安全確認の後ようやっとササハにも許可がおりた。
「わぁ……」
その部屋を、例えるとすれば学者の書斎。
広さは上階の部屋と同程度か、それよりもやや小さいくらい。壁側には大きめのデスクに、その正面にはメモ用紙に埋め尽くされたボード。また両サイドの壁には書棚が並び、そこかしこには本やらファイルが積み上げられている。
置いてあるデスクは付属の椅子も一人分で、この部屋が魔法で隠された地下にあるという事を除けば何も可怪しなところはなかった。
そしてその部屋でササハの目を一番に引いたのは、紙だらけのボードだった。ピンで突き刺された書面の文字は、暗号か異国の文字なのかササハには読めない。数枚だけ存在する絵図はどこかの地図と、まだ幼い一人の子供の姿絵。ササハはその描かれている子供に見覚えがあった。
「……ノア?」
間違えたリオか。描きかけのデッサンのようなラフなものだが、幼い輪郭の、まだ子供の頃のリオ。
「レイラさん! これ、見て下さい」
ササハは幼いリオの姿絵を指差した。多少声が大きくなったが、それを気にする余裕はない。しかしレイラは、ササハが期待する反応を返すことはなく、別方向を向き立ち尽くしていた。
レイラが見ていたのは何の変哲もない布を張った壁。壁には同種の布を垂らした棚があるだけで、一部布がめくれ上がった棚の隙間からは冊子や紙の束が見えるくらいだ。一見すれば何でもない、レイラが興味を示したことに疑問を持つような光景。だが、ササハも遅れて気がついた。むしろすぐ気づかなかったほうがおかしいくらいだった。
「勘チガイじゃ、ナかった」
布張りの壁の向こう。そこから漏れ出る魔力は地上で感じたものと同じもの。ただ肌を刺すように感じる魔力は上で感じたよりも遥かに強く、答え合わせをするには十分過ぎるほど疑っていた魔力に酷似していた。
「呪具かは分かラないけれド、この向コウに当主サマの魔力をヤドしたなにかがアル」
レイラはそう言ってくれたが、ササハの表情は一気に暗くなった。布張りの壁の向こう。カルアン当主の魔力を宿した何かがあると言われた場所。そこから呪鬼を連想させる――――黒いモヤのようなものが漏れ出していた。




