25話 小鬼を追って
「シンチョウにするって言ったのに。オ嬢サマはキケン。危ない」
非難をたっぷり乗せた視線を、レイラは隠さずササハへと向けた。
「その言い方だと、わたしが危険な人みたいじゃないですか」
「でもオ嬢サマ、よくキケンに巻き込まれる。つまりキケン人物。ゼンゼン間違っテない」
「違いますぅ。全然間違ってます」
むっすりと唇を尖らせながらも、ササハの意識は別にあった。レイラには視えていないが、中途半端に胸のあたりに上げられた両手の中には、呪鬼が逃げ出さないようしっかりがっちり掴まれていた。
時間にして四半刻ほど前、呪具を探すと屋敷内の探索をすることにした。ササハは呪鬼――呪いの影響がないことから呪具に近づいても大丈夫だろうとレイラは考えていたが、まさか呪いのせいで攻撃性が増している人間のほうへ接触することは予想外だった。
「……トチュウではぐれたのは仕方なイ。けど、危ないヒトには近づかなイ!」
「ぅ……だって、体調悪そうだったので」
人気のない場所まで移動し声を潜める。まだ朝も早く、ローサや夫人に遭遇することはないと高を括っていた。
「それより、ほら。呪鬼を捕まえたんですよ」
レイラの気を逸らすべく、ササハは声音を変えてレイラの目には映らない小鬼を持ち上げる。小鬼は激しく暴れるため、両手ごと押さえつけるように捕らえられていた。
「この呪鬼をわざと放して、その後を追えば呪具が見つけられるかも知れませんよ」
呪具を探しに出る際、レイラとある作戦を立てた。それが呪鬼捕獲作戦だ。ひとまずは普通に呪具を探すとしても、ササハもレイラもこの屋敷に来てから数日を過ごしている。レイラが言うには呪具にある程度近づけばレイラには分かるとのことだが、この数日の内に屋内でそれらしき気配を感じたことはない。
「リオークのお屋敷って四つあるって言ってましたよね。もしここのお屋敷内に呪具がなければ、呪鬼は外へ逃げ出すはずです」
だからこその捕獲作戦。ただ捕獲する呪鬼は、呪いの影響が濃く出ているローサや夫人から拝借するつもりは全くなかったのだが。
屋敷の裏手へと続く扉。それをレイラに開けてもらい寒空の下へ出る。
「じゃあ、早速野放しにします!」
言い方、とレイラは思ったが口に出すことはなく小さく頷く。頷いたがレイラには呪鬼の姿は視えていない。故に、もし呪鬼という理解しがたい存在がササハに襲いかかったとしても、レイラはそれを知覚することは出来ない。
ササハが小鬼を放り投げようと重心を倒す。レイラはいつでも特殊魔具を発動出来るよう小さく身構えた。
「あっちへ逃げました!」
叫ぶや否やササハが走り出す。その方向はすぐ横にある屋敷にではなく、敷地の奥へと向かっていった。
「――――――っ!」
そこにあるのかと、疑心を抱いていなければ分からぬ程度の綻び。
ローサの影に潜んでいた呪鬼を引き離し、呪具の在り処を探ろうと外へと放った。呪鬼には知能がある訳でもなく、そもそも生き物ですらない。一部の視えすぎる者には人に寄せた形に見えたとしても、例えソレが手足を動かし表情があるように感じたとしても、それは視えている側だけの勝手なだけで事実かどうかは定かではない。
ササハは走り去る呪鬼を即座に追った。呪鬼は追手を警戒も、気にすることすらせずどこかを目指した。少しの行き先も分からぬレイラは、ササハの視線を追従した。
そうしてそれなりの距離を走り、行きついたのは小さな小屋だった。
明けの館よりいく分か離れた場所にある月闇の館。その建物が見えた時、もしかしてあそこにと思ったが、呪鬼は屋敷には近寄ることもせず通り過ぎた。かと思えばすぐ裏にある庭園ではなく、林と呼べる木々の向こうへと入り込んでいったのだ。
真冬の冷えた空気の中、木々に茂る衣はない。それでもどこか仄暗さを感じさせる林の合間にその小屋はあった。現在は使われていないのか、薄汚れた建物には人の出入りの痕跡はない。むき出しのガラス窓は薄っすらと曇り、外に備え付けられている棚には砂利や枯れた木の葉が陣取っていた。
「この、魔力…………」
途中、ササハは呪鬼を見失った。正確には呪鬼を追い、建物に近づいた時点で別に意識を持っていかれた。
恐らく庭師などの管理小屋。ササハも父の屋敷に居た頃に見たことがある、ちょっとした生活スペースもある物置兼休憩所のような場所。そんな小さな、しかもリオークという他家の敷地内にある建物で。
「カルアンの結界と…………」
同じ魔力。
建物までほんの僅かの距離で立ちすくみ、ササハは呆然と足元を見つめた。
「この魔力……カルアンの結界と同じ、当主様の魔力ですよね! レイラさん!」
足元から僅かに感じる知った気配に、ササハは勢いのままレイラを振り返った。自分でも強い口調になってしまったと頭のどこかで思いながらも、どこか他人事のようにも感じていた。理解を放棄し拒んだ。決してあってはならない魔力をこんな場所で感じ、同行者から否定の言葉を引き出したかったのかもしれない。
だがレイラはその僅かな期待を打ち砕いた。
「うン。これは当主サマの魔力――絶対に。ワタシは当主サマの魔力を間違えなイ」
落ち着いた様子のレイラは、ただ静かに漂う魔力の流れを辿っているようだった。
「なんで」
ササハの口から少し上擦った声が漏れた。レイラの興味が小屋へと移る。
「なんで当主様の魔力が、ここに」
「ワからないけれど、ワタシとオ嬢サマは呪具を探シにここへ来た」
「………………」
「先に言っテおくけれど、ワタシも詳しいコトは知らないヨ。ただ、リオークにある呪具を回収してコイと言われたダケ」
レイラは周囲を気にしつつも扉の前に立つ。意外にも鍵はかかっておらず、扉はすんなりと開いた。外からの風が室内に舞い込み、それと同時に埃も舞う。レイラは僅かに眉を寄せ、その背後に寄ってきたササハは分かりやすく口を手で覆った。
小屋の中は思ったよりも広々としており、仕切りなどはなく一室のみ。大きめのテーブルに、切り株を整え作った丸椅子が四つあった。大きな道具は外の用具置き場に置いてあるようで、壁に打ち付けられている棚の半分には、何も置かれてはいなかった。
「ベッドと、小さいけど本棚までありますね」
差し込む日差しを明かりに室内を見渡す。レイラは携帯用の魔道具を持っていたようで、それも使えば一気に明るくなった。
積極的に周囲を探るレイラとは対象的に、ササハのやる気は一瞬にしてしぼんでしまった。ローサの為にも呪具をなんとかしたいと意気込んでいた姿はどこへやら。
呪具を追って知った魔力を見つけた。その事実がササハの足を地面に縫い付けていた。
「オ嬢サマ」
飛ばしていた意識がレイラによって戻される。
「見テ」
レイラはいつの間にか壁際に立っており、その近くには建物の内装にそぐわない背の低い扉があった。微妙な違和感。ササハが室内を見渡した時にそんな扉はなかった気がする。
その答えはすぐにレイラがくれた。
「魔法で隠サれてた。たぶんココ」
あるとしたらこの先。
「ワタシは行くケド、オ嬢サマはどうする?」
レイラの胸の当たりまでしかない、小さな鉄製の扉。その扉を軽く叩きながらレイラが確認する。
「わたしも行きます」
「ワかった」
本当に呪具があったとしても、今までササハに呪いの影響が出る様子はなかった。なのでササハがいても問題はなだろう。むしろ呪いの影響を受けるとしたらレイラのほうだ。そう結論付けてレイラは扉を押した。
「・・・アレ?」
しかし扉はびくともせず開かなかった。




