23話 レイラの提案
「お二人とも大丈夫ですか? 怪我してたりとか、気分が悪くなったりしてないですか?」
小さな呪鬼は跡形もなく消え去った。ササハの第六魔力に押しつぶされたレイラとベルデだったが、意識を手放すことはなかった。ササハは今更ながらにやり過ぎだったのではと不安に声をかけたが、二人とも大丈夫だと首を横に振ったので安堵の息を吐いた。
どころかレイラもベルデも多少呆けた様子ではあるが、先程までの一触即発な空気はなくなっていた。二人の間にはレイラが握っていた短剣が落ちており、先に立ち上がったレイラは落ち着いた様子でそれを拾っている。そしてベルデも武器を拾うレイラのことを警戒することはなく、静かに立ち上がると申し訳無さそうにササハに頭を下げた。
「すまないベラバンナ。先程はきみの意思も確認せず、強引に連れて行こうとした。本当に申し訳ない」
「いえ、たぶん……また呪鬼がついていたせいだと思います。なので気にしないでください」
深く頭を下げるベルデにササハは慌て、頭を上げてくれと大きく両手を振った。
「またワタシたちに呪鬼がツいてたのカ?」
真剣味の強いレイラの声。ササハは一瞬押し黙ったが、すぐに気を引き締めて大きく頷いて見せた。
「はい。呪鬼に気づいたのは、その……偶然でしたけど、二人の影から呪鬼が出てきたのを見ました」
「グウゼン?」
「えーと、そのへんはわたし自身の未熟さが原因と言いますか…………、お二人を止めなくちゃって焦ったら第六魔力が、その、無意識のうちに漏れ出ていてちょうどいいやと思ってお二人にぶつけちゃいました。えへへ………………ごめんなさい」
乾いた笑いしか出てこない。そう、ササハは別に呪鬼がいると分かっていて第六魔力を二人に浴びせた訳ではなく、先程の状況を何とかしなければと焦った結果、魔力コントロールが上手く出来なかっただけなのである。そしてちょど良いやと利用しただけだった。
ササハの言葉にレイラは納得したが、逆にベルデはぎょっとした様子で目を丸めていた。
「ちょっ、と待ってくれ?? どういうことだ?? 先程の重苦しい感覚は、ベラバンナがやったことなのかい?」
「はい。なぜかわたしの第六魔力、他の人でも触れられる時とそうじゃない時があって、今回は触れられる時だったので喧嘩を止めるに使っちゃいました」
「??? ?????!」
「間抜けなツラだ、オブビリド」
「うるさい……、???」
レイラの茶々が入るも、ベルデはササハの言うことが何一つ理解が出来なかった。
「第六魔力に触れられる時と、そうではない時・・・???」
「深く考えルナ。うちのオ嬢サマがスゴイ! それだけダ!」
なぜか得意げに口の端を上げるレイラ。ベルデは少しだけ嫌そうにレイラを睨んだが、すぐに《赤の巫女姫》の件でリハイルがわざわざ呼んだ人物であることを思い出し納得した。
「なるほど、ベラバンナはとてつもなく凄い子だったのだな!」
「ソウだとも! 流石オ嬢サマ! エッヘン!」
「あ、はは……」
よしよしとベルデに頭を撫でられ、純粋だが完全な子供扱いにササハは表情を引きつらせる。
「そ、それよりも。お二人共、どこで呪鬼を付けてきたのか、心当たりとかないんですか?」
頭に乗せられたベルデの手をさり気なくどかせる。レイラとベルデもその疑問はあったのか、互いに一瞥だけ送りあったが首を横に振ったのも同時であった。
「正直、分からない。私の場合、一昨日ベラバンナから呪鬼のことを聞かされてお嬢様の元へ戻った後、特に変わったことは何もなかったと思う」
ベルデ曰く、夜の就寝時以外は明けの館内にいたらしく、敷地内からも出ていないらしい。レイラも似たような状況で、多少屋敷内を探索はしたが思い当たる場所や出来事はないと言った。
「・・・という事は、明けの館のほうで新たに呪鬼に憑かれたって事ですかね?」
ベルデもレイラも頷きはしなかったが、否定もしなかった。
「ならばこの屋敷内に呪具がある可能性が高いということか! ……ベラバンナ。どうか今すぐ奥様とお嬢様の元に」
「チョット待て――――そう睨むナ。少シは考えろ」
「なんだと」
ササハの手を取り、今にも引っ張って行きそうなベルデをレイラが止める。ベルデは隠すことなく咎める視線をレイラへと向けたが、レイラも負けぬ熱量をもって睨み返した。
「今オ嬢サマに頼んで呪鬼を排除してモ、呪具本体をドウニカしないと繰り返シだ。効率ワルい。ムダ多し」
「ぐっ……確かに、それはそうだが」
レイラの言う通り、呪いの元である呪具本体をどうにかしない限りは同じことの繰り返しだ。しかも問題である呪具はどうやら近くにあるようで、呪いの影響もすぐに復活するおそれがある。
故にレイラはある提案をした。
「呪鬼がミえるのは我ラのオ嬢サマだけ。ダカラ呪具探しはワタシたちに任せロ」
腰に手を当て、胸を張ってレイラが言い切る。レイラの提案は呪具探しをレイラとササハが。当初の目的である《赤の巫女姫》の居場所の特定は、ベルデたちリオーク側でやれと言うものだった。
「そのほうがジュンチョウ。時間のタン縮」
「確かに、手分けしたほうが効率がいいかもですね」
「ん? うむ。そう、だが……?」
本当にそれでいいのかとベルデは首を傾げる。レイラの言う通り呪鬼が視えるのはササハだけ。故に効率だけを考えれば確かにとしか言いようがない。が、どこの誰が仕掛けたかも、そもそも本当に存在するのかも分からない呪具探しを部外者であるカルアンの人間に任せていいものなのか。
「ト、言うわけで。一緒に呪具をサガそう、オ嬢サマ」
「了解です!」
ササハは純粋なやる気で頷いた。ベルデは腑に落ちないながらも、それで夫人やローサの不調が治まるならばと引っかかりを覚えながらも頷いた。レイラは呪具にカルアンが関わっているかも知れないことを、今この時ササハの頭から抜け落ちてくれていたことに感謝しながら心の内でほくそ笑んだ。
「じゃあオ嬢サマ。怪しい場所がなイか屋敷内をタンサクしてみヨ」
「その前にリオを起こしてから」
「それもコイツに任せておけバ大丈夫ダよ」
ベルデにリオの部屋の扉を指して、レイラはササハの背を押した。ササハはまだ寝衣のままで、時刻もまだまだ朝の早い時間だ。気配から察するに、リオは部屋の中には居るが活動している様子はない。部屋のすぐ側で、これだけ騒いだにも関わらず。
そのことにササハが気づく前にと、レイラはベルデへと目配せをする。
「……はあ、分かったよ。ベラバンナ、申し訳ないが奥様やお嬢様のためにも、一刻でも早く呪具を見つけてもらえないだろうか。もう私は気が気ではなく、今にも胸が張り裂けてしまいそうだ」
「分かりました! すぐに着替えて呪具を探してみます」
「ぅぐっ! 純粋な眼差しが! 痛いっ……つらっ…………なのに、私はなんて汚い大人なんだ」
「ベルデさん?」
「大丈ブ。コイツの持病だヨ。さあ、行コ」
「でも」
「大丈ブ、大丈ブ」
適当なことを言ってレイラはササハを部屋へと押し込む。扉が閉まる前にササハが首だけで振り返れば、地面に両手をつくベルデの姿がかろうじて見えた。本当に心配で苦しい思いをしているんだろう。ならば自分も頑張らねばと決意も改まった。
だからササハは先程見た光景を二人に伝え忘れた。呪鬼が消える際、呪鬼から放たれた小さな光の珠が二つ。それぞれの身体へと入っていったことを。




