6話 とんだ変態野郎じゃないかそんな奴!
「じゃあ早速出発っスねー」
サリアがなんとも気の引き締まらない号令をかけた。これからオレたちの初陣が始まるというのに……。
オレたちはサウスエッジの町の入り口に来ていた。町は魔物が入ってこないように防壁で囲まれているが、一歩外に出れば安全の保障はない。
「本当にこんなパーティで大丈夫か?」
オレは改めて集まったパーティメンバーを見て、思わず口にした。ハンター免許試験で0点を取っていたメンバーが見事に三人も揃っているのだ。不安にならない方がおかしい。
「大丈夫よ。ちゃんと簡単な依頼を選んできたんだから」
「まず勝手に選んでるのがおかしいんだよ」
そう、ヒナヨがオレのハンター免許証を勝手に使って依頼を受けてしまったため、こんなことになっている。そもそもオレから免許証を奪ったのはミミコなのだが、当の本人は興味なさそうにそっぽを向いてガムを膨らませている。
ヒナヨが勝手に受けてきた依頼はスライムの討伐だ。最近スライムが町の周りで大量発生しているので数を減らしてほしいとのこと。スライムは魔物の中で最も弱いため、オレたちでも何とかなるだろう。
「私たちが声をかけなきゃどうせレージは一人だったんだからいいじゃない」
「うぐっ……! まあ、確かに……」
「あははーずっとぼっちだったっスからねー」
オレはヒナヨに簡単に論破されて声が小さくなってしまう。
確かにその通りでヒナヨたちがいなければオレは未だにギルドの入り口で勧誘を続けていたことだろう。考えるだけで虚しくなってくる。
「とりあえず、行くか。スライムを倒しに!」
オレはこれ以上論破されないよう話を切り替え、さっさと出発するように促した。
すると、今まで腕を組んで静観していたミミコが噛んでいたガムをペッっと吐き捨て、スタスタと一人歩き出す。
「おい、その辺に捨てるなよ。……ったく」
ポイ捨ては良くないぞと思い、オレはミミコが捨てたガムを拾って袋に入れた。
その様子を見ていたサリアがポツリと一言呟いた。
「へー女の子が噛んだガムを集めるのが趣味なんスねー」
「は⁉ いや、捨てるんだよこれは!」
オレはあらぬ疑いをかけられ、焦りながら急いで訂正する。
……おいおい勘弁してくれ! とんだ変態野郎じゃないかそんな奴!
「…………さすがに……それはちょっと……」
ヒナヨが思い切りひきつった顔をしてサリアの背中に隠れている。
……待て、オレにそんな趣味はない!
前を歩いていたミミコは顔だけこちら側を振り向き、この世で一番汚いものを見る目でオレを見ていた。
何故だか分からないがミミコはそれ以来、ガムを道端に吐き捨てることは無くなった。
町を出発して森の中をしばらく歩いていると、茂みの陰から一匹のスライムが飛び出してきた。スライムは、その液体のような個体のようなぶよぶよした体を弾ませながら近づいてくる。
「遂に現れたな、スライム!」
オレはすぐに臨戦態勢に入り、腰に下げていた剣を両手で握り一歩前に出た。
一度皆の実力を見ておきたいと思ったオレは、ヒナヨに声をかけた。
「よし、ヒナヨ! 行けるか?」
「ムリよ」
「ムリか、分かった! …………え?」
さぞ当たり前のように否定したヒナヨに、オレは素っ頓狂な声を出してしまう。
「……え、ムリなの?」
「私はヒーラーなのよ? 攻撃手段なんてあるわけないじゃない」
「ヒーラーだって魔法職なんだぞ? いくつか基本的な攻撃魔法くらい……」
「使えないものは使えないのよ」
「……そういうものなのか?」
「そういうものよ」
「そうか…………いやそういうもんじゃねえよ!」
一度納得しかけたオレは、急いで考えを改める。攻撃手段を一切持たないヒーラーなど、どこのパーティを探してもいないだろう。
そんなやり取りをしている間にも、スライムはぶよぶよと体を弾ませてヒナヨの方に寄っていく。
「分かった、まあ良い。じゃあサリア! 頼む、魔法でガツンとやってやれ!」
「任せるっスよー」
何も良くはないがヒナヨのことは一旦置いておいて、オレはサリアにスライムを倒すよう呼びかけた。
サリアはヒナヨの隣に立ち、手に持っていた木製の長杖を振り上げた。
「くらえー。ファイヤーボール」
サリアは基本的な赤属性攻撃魔法であるファイヤーボールを唱え、振り上げた杖を勢いよく振り下ろした。
しかし何も起きなかった。
「…………ん?」
しばらく待っても何も起こらないことを不思議に思ったオレは、思わず声を漏らした。
「今日はちょっと調子が悪いみたいっスねー」
サリアは一生懸命杖を上下に振り続けている。
その間もスライムは少しづつサリアとヒナヨのもとへ近づいている。
「調子によって魔法が出ないなんてことがあって堪るか!」
「そういうこともあるんスよー」
「ちなみに調子が良い日はあるのか?」
オレがそう質問した瞬間、振り続けていたサリアの手がピタッと止まった。
「…………今のところは……まだないかもしれないっスねー……」
サリアは後半を若干濁しながら答えた。
……そういえばコイツ、魔術テスト0点だった。
「なんでお前魔法使いやってんだよ!」
「魔法ってカッコいいじゃないっスかー」
「気持ちは分からんでもないけど、使えなきゃ話にならないだろ!」
「そのうち使えるようになるっスよー」
「ちょっと! 何でもいいから早く何とかしないと、もうスライムがこっちまで来てるわよ!」
「わーいつの間にっスかー!」
……本当だ! もうヒナヨたちの目の前までスライムが迫っている。
「ちょ、ちょっと! あっち行ってっ! きゃあー!」
スライムがヒナヨに向かって飛びかかり、その衝撃でヒナヨは尻もちをついてしまう。
「大丈夫っスかー! ヒナちゃんー!」
隣に立っていたサリアが心配そうにヒナヨの背中を支えている。
……何やってんだ、こいつら。スライム相手に。
「さっきから見てないで助けなさいよレージ!」
ヒナヨは立ち上がり、自分のお尻に治癒魔法を掛けながらオレに文句をつけた。
「まさかスライム相手にこんなになるとは思わなかったんだよ!」
オレはそう言いながら、手に持っていた剣を握りしめスライムに切りかかった。
そして、オレたちの初めての戦闘が終わりを告げた。
「やったー倒したっスねー」
「ふふん、まあこんなものよ」
「お前ら何もしてないだろ」
「……もういい、あたし一人で十分だ」
先程からずっと大人しくしていたミミコが、何もしていないのに一番喜んでいる二人を尻目に一人でどこかに歩き出した。
「あれ? ミミコさん?」
オレは剣を鞘にしまいながら、一人で歩くミミコを呼び止めようとした。
——ちなみに、何故オレがミミコをさん付けしているのかというと、ここへ来る途中、二回ほど呼び捨てで呼んだところ「馴れ馴れしく呼ぶな」と言われ、二回とも右腕の骨を折られたからだ。ヒナヨがいたから怪我はすぐに治ったものの、あれは痛かった……。
「あら、さすがミミコ! 頼もしいわね」
「ポジティブだな。どう考えても見捨てられたろ、オレたち」
「お腹痛いのかもしれないっスねー」
「それだけは違うだろ……。とにかく、早く追いかけないと!」
いくら凶暴な魔物が少ない地域だからとはいえ、ミミコを一人で行かせるのは危ないので、オレはすぐに追いかけようとした。しかし、
「……どこ行った?」
既にミミコは森の陰へと消えていて、姿は見えなかった。
「……はあ、はあ、まずいぞ、本格的に見失った!」
「はあ、はあ……どこ行っちゃったのかしらね」
「まだお腹痛いんスかねー」
「だからそれだけは違うだろ」
オレたちは木々の間を駆け抜け、森の中へと消えたミミコを探していた。
「ん? あれじゃないっスかー?」
オレはサリアが指をさした方を向き、近づいていく。すると、遠くの方にミミコらしき人影が見えた。
「お、本当だ! おーい、ミミコー! ってうわあ!」
オレは名前を叫びながら近づいていくと、そこにはたくさんのスライムに囲まれたミミコの姿があった。
「何でこんなにスライムがいるのよ!」
「わーすごいっスねー」
軽く数えただけでも、百匹は下らないだろう。スライム一匹の大きさはそこまでではないが、こうも集まると迫力があるな。
「大丈夫っスかー! みーちゃん!」
サリアが声を張ってミミコを呼びながら大きく手を振っている。
それに気づいたミミコがちらっとこっちを見てすぐに前を向き、右手に握りしめたダガーを構えた。向かってきたスライムを何匹か倒しているがこの数では埒が明かない。
「よし、お前ら加勢に……って」
……だめだ、こいつらスライム一匹にも勝ててなかったわ。サリアはやる気満々で杖を構えているが、その杖の先からはきっと何も出ないのだろう。
「よし、お前らここで待ってろ。オレが加勢に行くから」
「行ってきなさい、レージ。回復はしてあげるわよ」
「私も魔法で援護するっスねー。今は調子が出てきた気がするっスよ」
「頼んだぞ。ヒナヨ!」
「何で私無視されてんスかー!」
オレは二人を置いてミミコのもとへ一直線に駆けつける。動線に重なったスライムを切りつけながらオレはミミコの隣へと並んだ。
「大丈夫か! ミミコ!」
「……気安く呼ぶな、これくらい平気だ」
「はいすいませんミミコさん」
オレは早口で呼び直し、ミミコを背にして立った。しかし、改めてかなりの数のスライムがいるな。
オレたち二人だけで何とかなるのか? と、考えていると……。
「な、何だこいつらっ……⁉」
「どうした! ミミコさん! ……って、ぇえ⁉」
オレはミミコの驚嘆した声を聞き、振り向くとそこではたくさんのスライムが一か所に集まろうとしていた。
オレたちは集まっているスライムから後ずさりして距離を取った。
そして絶え間なく集まってきたスライムは、やがて合体して一つの大きなスライムになった。
「マ、マジかよ……」
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