4話 オレ余ってね?
「やあ、君がレージ君だね」
なんと部屋の扉から出てきたのは、短い金髪をオールバックにしてサングラスをかけた、顎髭の生えたいかつい男だったのだ。
オレは予想に反した人物の登場に動揺して座っていた椅子から滑り落ちそうになるも、なんとかこらえて立ち上がり挨拶を交わした。
「は、初めまして! レージ・オアコベトです!」
「初めまして。私はハンターギルドサウスエッジ支部、ギルド長を務めているギース・マタルドだ。よろしく頼む」
そう言ってギースは両手に持っていた二つのカップを小さなテーブルの上に置き、その一つをオレの方に寄せた。
「あ、ありがとうございます」
「とりあえず、座ってくれ。これから何をするか大体分かっていると思うが新人ハンターの説明会を行う」
ギースは小さなテーブルを挟んでオレと向かいの椅子に腰かけた。
「は、はい!」
いきなりギルド長と一対一で話すことになってしまい、緊張しながらもオレはギースに促されるまま椅子に座った。……それにしても顔怖いな。ギラギラとサングラスが黒光りしている。
「説明会と言ってもそんな堅苦しいものじゃないから安心してくれ。本来は私がすることじゃないんだが、今は他に手の空いてる者がいなかったからな。特別だぞ。良かったな!」
「ははは……」
オレは全然嬉しくもない特別に相槌を打ちながら話を聞く。
ハンターの存在意義は何なのか、ハンターとしての心構えや教訓、ギース流ハンター十ヶ条などというよく分からない物まで教えてもらった。挙句の果てには、ギースのハンター時代の武勇伝まで聞かされた。
長い説明を聞き続けること約二十分、ギースの話にようやく区切りがつき……。
「さて、随分話してしまったな。じゃあここからが本題なんだが……」
今から本題かよ! じゃあ今までの話は何だったんだよ! と、思わず口に出してツッコミそうになったが何とか心の中で抑える。
ギースは一度姿勢を正してオレに質問をした。
「レージ、ハンター免許を見せてみろ」
「ああはい、これですね」
オレは腰に下げていた小さな革のポーチから取りたてほやほやのハンター免許証を取り出して、ギースに手渡した。
「……ふむ、良い顔をしているな」
「どこがすか、それ半目なんですよ」
オレは反射的にツッコんでしまう。
ハンター免許にはその人の個人的な情報の他に、顔写真も記載されている。ハンター免許試験の合格の手続きをしている際、あれよあれよという間に顔写真を取る流れになってしまい、焦って上手く顔を作ることができず半目になったのだ。
もしオレに一度だけタイムスリップする力があるのならば、この顔写真を撮り直しに力を使うだろう。
「ところで、これが新人ハンター免許だってことは知ってるか?」
「ん? 新人ハンター免許?」
「そう、ハンター免許はハンターの実力によってそれぞれランクが異なるんだ。一番下のランクからグリーン、ブルー、ゴールド、プラチナ、ブラックの五つのランクに分かれている」
「あれ? それじゃ新人ハンター免許のランクは?」
「新人ハンター免許はこの枠組みとは外れていてな。要はハンター(仮)みたいなものだ」
そうだったのか……知らなかったな。これから華々しくハンターデビューできると思っていたのだが、オレはまだ(仮)なのか……。
「グリーン以上の一般ハンターは一人で依頼を受けることができるんだが、新人ハンターはそれが禁止されている。新人を一人で行かせるのは危険だからな。新人ハンターは一般ハンターと組むか、新人だけで組む場合は最低でも四人以上のパーティを組まなければ依頼を受けられないんだ」
「へー……」
ハンターになりたての新人がいきなり魔物にやられることがないよう対策はされてるみたいだな。
「じゃあ一般ハンターになるにはどうすればいいんですか?」
「新人ハンターの依頼の達成状況を見て、ギルドが一般ハンターとしての技量があるかどうかを判断するんだ。見込みがあると判断された新人ハンターは新たに一般ハンター試験を受けてもらうことになる」
「また試験かよ……ハンターもなかなか大変だな」
「まあそうがっかりするな。しっかり依頼をこなせている奴なら楽に突破できる」
簡単に言ってくれるな。こちとら新人になるのでさえ手一杯だってのに……。
しかし新人ハンターは一人では依頼を受けることができないのか……。
…………やばい、人集まるかな……。
「一般ハンターの道はなかなか遠そうですね」
オレはまず人探しから始めないといけないことに気を落とした。
「そうでもないさ。とりあえず頑張って働けということだ」
ギースはニッと笑いながら手に持っていたオレのハンター免許を返して、スッと立ち上がった。オレもそれに合わせて立ち上がり、ギースが部屋から出るのを見送る。
「それじゃ、期待しているよ。頑張って。……あ、そうだ、ちゃんと憶えているか? ギース流ハンター十ヶ条」
「んえ⁉ あーっと……」
ギース流ハンター十ヶ条……。そういえば、最初の二十分くらいの雑談で言っていたような。
オレは必死にギースの言っていたことを思い返し、すでに忘れかけていた記憶を何とか呼び覚ます。
「其の一! 『諦めなければ何とかなる!』」
「ほう、よく覚えているじゃないか。それを忘れずに頑張ることだ」
ギースは満足そうにニッコリ笑い、右手をパーの形にして軽く上げ、部屋を後にした。
いきなりギース流ハンター十ヶ条聞いてくるとかマジ勘弁してくれ……。よく思い出せたなオレ。答えられなかったらどうなってたんだ?
ちなみに、ギース流ハンター十ヶ条其の二は『無理だと思ったら逃げろ!』だ。いきなり矛盾してると思うがどうなんだ?
まあでも、人柄の良い人だったな、ギースさん。……顔は怖いけど。
オレはカップに入ったまま一口も口をつけていなかったコーヒーを一気に飲み干し、部屋を出た。
「何はともあれ。これからハンターとして働くんだ! なんだかワクワクするな!」
部屋を出たオレは、今更ながらハンターになった喜びを噛みしめた。来るときは説明会のことで頭がいっぱいだったため、気が付かなかったがギルド内にはたくさんの人がいるようだ。
ギルドには大きな掲示板があり、そこにハンターへの依頼が張り出されている。ハンターはその中から好きなものを選び、受付で許可をもらうことで依頼を行うことができる。
新人ハンターがいきなり自分のランクと見合わない魔物と戦おうとするのは危険なので、そういったものは受付から許可が下りないようになっている。
ギルドでは他にも、購買部やちょっとした酒場があり、ハンター活動における必需品を購入したり、軽い飲み食いをすることができる。
「さて、まずは一緒に依頼を受けてくれるパーティメンバーを探さないとだな……」
新人ハンターは一人で依頼を受けることができないため、オレはパーティを組んでくれそうな人を探すことにした。幸いギルドの酒場にはちらほら人が集まっていたため、オレは酒場へ足を運んだ。
……さすがに誰かしら組んでくれるだろう。
オレはまず大きな斧を担いだ屈強な男に話しかけた。どうせ組んでもらうなら強い方が良いだろう。
「どうも、こんにちはー。今パーティメンバーって募集してたりします?」
「ん? おおその恰好は新人だな? 悪いな、俺らのパーティは難しい依頼も受けに行くからな。新人にはちょっと厳しいと思うぞ」
「ですよねー」
……まあ一人目から上手くいくとは思っていない。これくらいでくじけてはいけない。
「新人なら新人と組むのはどうだ? そういう奴らの方が多かったりするぞ?」
「あー本当ですか! 探してみます」
これは良い情報だ。確かに新人ハンターならベテランハンターよりも断られる可能性が低そうだ。オレはアドバイスをくれた屈強な男に感謝して次の人を探しに行く。
「あーどうも。ちなみに今ってパーティメンバー募集したりしてます?」
オレが次に話しかけたのはパッとしない顔がそっくりな二人組の背の低い男たちだ。オレと歳が近そうだから、もしかしたら同じ新人ハンターかもしれない。ちなみにオレは18だ。
あれ、近づいて顔を見たら、めちゃめちゃそっくりだな……双子なのだろうか。
「兄ちゃん。誰か何か話しかけて来たよ」
「ああ、そうだな弟よ。こういうのは無視が一番だ」
「おおい、無視すんなよ! 目の前で!」
こんな無視の仕方をされたのは初めてだ。何たる屈辱!
オレは話しかける相手を間違えたかもな、と思いつつもせっかくなので話を続ける。
「君たちは新人ハンターなのか?」
「ああ、そうだが、お前も新人だな。何か用か?」
もう一人に兄ちゃんと呼ばれた、おそらく双子の兄であろう男が答えた。
「できれば一緒のパーティに入れてほしいなと思って」
「兄ちゃん。こいつまだボッチみたいよ」
……おい、弟! 口が悪いぞ。オレは意外とこういうので傷つくんだぞ。
「ああ、そうだな弟よ。ほとんどの新人は昨日の時点でパーティを組んだというのに。悲しいことだ」
「…………⁉」
オレは兄の今の言葉を聞き、息を呑んだ。
……そうだ、忘れていた。昨日新人ハンターの説明会があったから、新人はみんなそこでパーティを組んだんだ。あれ? ということは………………オレ余ってね?
……え、どうしよ。
「悪いが俺たちも既にパーティを組んでいる。他を当たってくれ」
オレは双子の兄に言われ素直に引き下がった。……やべえこれ。他の新人はみんな昨日組んだばかりのパーティで試してみたいはず。新たによく知らない男を入れる余地など毛頭ない。
オレはしばらく考えどうすればパーティを組めるのか、方法を探した。
そして数十分に及ぶ長考の末、結論が出なかったオレは当たって砕けろの精神でひたすら声をかけまくった。そして断られまくった。
…………本当にヤバいぞこれ。
オレは数多もの人間に断られまくった結果、ギルドの隅で膝を抱えて座っている。
新人ハンターとしてデビューしたのは良いものの、パーティを組む人がいなくて依頼が受けられず、ハンター免許剥奪されました! なんて目も当てられない。……こうなったら最終手段を使うしかない。
オレは恥も外聞もなく、最終手段を実行することにした。
まずは大きめの木の板を用意して、この板にペンである一文を書く。
『誰か俺を拾ってくださーい!!』
オレは文字が書かれたこの木の板を両手で掲げて、ギルドの入り口に立った。
ブックマーク、評価をお願いします! 本当に励みになります!
ぜひ☆を付けて評価して下さい!