ぬいぐるみと夢
マイちゃんは、お父さんとお母さんから、
7才のお誕生日にぬいぐるみを貰いました。
猫にも、犬にも見える、不思議なぬいぐるみ。
ピンと尖った耳が立っていて、くりっとした丸いおめめ。ふさふさした、短いしっぽ。
虹色の毛に覆われたその子に、マイちゃんは
「ユメ」とお名前をつけました。
マイちゃんはユメがとてもお気に入りでした。
お誕生日に貰ったその日の夜から、
毎晩毎晩抱っこしてお布団にもぐり、一緒に眠りにつくのでした。
ある日、マイちゃんは思い付きました。
「ユメと、一緒に学校に行こう」
マイちゃんはユメを手さげ袋に隠して、学校に行きました。
お母さんや先生にばれないように、
そっと、そっと。
その日の夜からです。
ユメが、マイちゃんの夢に毎晩出てくるようになりました。
夢の中で、ユメは言います。
「喧嘩してたお友達のサキちゃんはね、本当はマイちゃんのこと、大好きなんだよ」
「マイちゃん、今日の宿題、忘れたでしょ」
マイちゃんは次の日学校に行くと、
昨日喧嘩したサキちゃんと仲直りをして、
宿題をやらなかったことで先生に怒られました。
この時はまだ、マイちゃんは気付いていませんでしたが、夢の中でユメと話したことが、どんどん現実になっていきました。
この前失くしてしまった大事なキーホルダーが机の中から見つかり、転校生の新しいお友達も増えました。
これは全て、毎晩、ユメとお話しした事だったのです。
ある晩、夢の中で、ユメは言いました。
「お友達のレイちゃんが、ゆうき君にプロポーズしようとしてるんだって」
ゆうき君は、マイちゃんの大好きな男の子です。
マイちゃんは言いました。
「ゆうき君は私も好きなの。取られたくない!
お願い、プロポーズなんか失敗させて!」
翌日の放課後、レイちゃんは一人、泣いていました。
マイちゃんが「どうしたの?」と声をかけると、レイちゃんは言いました。
「ゆうき君にね、好きって伝えたの。でもね、ゆうき君、他に好きな子がいるんだって」
マイちゃんは、ドキッとしました。
レイちゃんのプロポーズが失敗したのです。
それからの事でした。
夢の中でユメがおはなしをすると、マイちゃんは自分の願いを伝えました。
翌日に願いが叶い、またその夜、お願い事をする、その繰り返しでした。
いつしかマイちゃんは、ユメを学校に連れていくことも忘れ、毎朝上機嫌で学校に行くようになりました。
私のお願いは、何だって叶うんだもの。
ある晩、いつものように眠っていたマイちゃんでしたが、いつもと少し違うことがありました。
夢に、ユメが出てこないのです。
呼び掛けても、出てきてくれません。
次の日、学校に行ったマイちゃんは、嫌なことの連続でした。
算数の授業中に先生に当てられた問題が解らなくてもじもじしていると周りからクスクス笑われ、体育の時間では転んで、膝を擦りむいてしまいました。
マイちゃんは怒りました。
ユメが教えてくれなかったから。
ユメが悪いんだ!
不機嫌なまま家に帰ると、ユメが何処にもいません。
まぁいいや、あんなぬいぐるみ、もう知らない。
その夜、マイちゃんは一人でお布団にもぐりました。
いつも抱いていたお気に入りのぬいぐるみはありません。
マイちゃんは急に寂しくなりました。
お父さんとお母さんが、
お誕生日にくれたぬいぐるみ。
優しい肌触りで、
安心させてくれたぬいぐるみ。
たくさん、助けてくれたぬいぐるみ。
我慢していた涙が、わっと溢れました。
泣き疲れて寝付いた夜の事。
夢の中に、ユメがいました。
まっすぐに、マイちゃんのことを見つめています。
マイちゃんは言いました。
「皆に笑われて、転んじゃった日の事、何で教えてくれなかったの?」
ユメは答えてくれません。
代わりに、ユメは言いました。
「マイちゃん。ユメはね、マイちゃんと一緒にいるのがとっても楽しかった。
お父さんとお母さんが、マイちゃんの所に連れてきてくれたから、マイちゃんのことは守らなきゃって思ったんだ。」
マイちゃんは言い返しました。
「あの時は、守ってくれなかったじゃない。」
寂しそうな顔をして、ユメは言います。
「マイちゃんのことは大好きだよ。
でもね、ちょっと悲しくなっちゃったんだ。
マイちゃんが、ありがとうって、言ってくれなかったから。」
それから数十年後、あの頃のマイちゃんは、お母さんになっていました。
男の子が生まれて、今年の春で7才になります。息子の年齢のせいでしょうか。子供の頃の自分をよく思い出します。
お母さんになったマイちゃんは、息子によく、こう言います。
「誰かに優しくして貰ったら、絶対に、ありがとうって言いなさい。そしてね、それ以上に、ありがとうって言われる人になるのよ。」