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若き獅子は目覚めてからも夢を見る  作者: ひなたひより
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第4話 白くて細長いもの

 信一郎が大学の学食で昼飯を食べていると、遅れて謙三と太一もやって来た。


「あー腹減った。しかし昼飯代も馬鹿にならんな」


 太一は信一郎の向かいの席に座ってすぐに、うどんをすすりだした。

 太一のすすっているうどんは、何も入っていないかけうどんだった。

 謙三はその横でカレーを食べ始める。


「金が無いんだ。全く……」


 太一がズルズル言わせながら不満を口にする。

 信一郎は同じくかけうどんを食べ終えて、物足りない顔をあからさまに出しながら太一に共感した。


「そうなんだ。金が無いんだ。バイトしてた時はちっとは小遣いがあったんだが全くない。稽古が忙しすぎてそれどころじゃないよな」

「学費出してもらってるし、親に小遣いくれなんて言えないしな」


 信一郎と太一は、かけうどんより50円高いカレーを食べている謙三をじろじろ見た。


「お前羽振りいいな」

「えっ?」

「おまえだけカレー食ってるじゃないか。俺たちはあんな腹の足しにならんようなもんしか食ってないのに」


 ひもじさのせいなのか、二人はカレーを食べる健三に、羨望とやっかみの眼差しを向けていた。


「なんだよ。50円の違いだろ」

「その50円がデカいんだ。俺と太一は練習の時にもう腹ペコペコなんだ。早く帰って静江さんが作ってくれる夕飯を食いたい。今日は何だろうなってそれしか考えられないんだ」

「信一郎の言うとおりだ。食ってすぐ腹が減ったと思うもんしか食えない辛さよ。謙三には分かんねーよ」


 二人はなんだか拗ねている。健三は何となく食べにくそうだ。


「いや、俺だって腹は空いてるよ。確かにうどんは消化が良すぎて持たないだろうな」


 ひもじい会話をしていると、隣のテーブルにちょっと小綺麗な女子二人が座った。

 そして、A定食とカルボナーラがテーブルに置かれた。

 太一はテーブル上のA定食を食い入るように見ている。

 謙三は物欲しそうな太一に小声で注意した。


「おい、あんまし見るなよ。変に思われるだろ」

「いいだろ。イメージで少し腹をましにしたいんだ」

「馬鹿、それって余計に腹が減るやつだろ」


 ひそひそ揉めている男三人を、女子二人は訝し気に見る。

 そしてもう少し遠い席に移動して行った。


「何だよ。減るもんじゃないし」


 太一は不満を女子たちに向けた。


「太一、ああゆうのは良くないぞ。多分自分のことを見てたってあの子たちは思ってる。きっといやらしい奴だってお前のこと思ってるぜ」

「は? 謙三、何言ってるんだよ、俺はあんなの全く興味ないね。日ごろから静江さんを見て目が肥えてるんだ」


 太一の冗談交じりのひと言に、急に信一郎の雰囲気が変わった。


「お前、ひょっとしていやらしい目で静江さんを見てるんじゃないだろうな」


 信一郎がこめかみをヒクつかせて太一を睨んだ。


「おい。どうしたんだ? 何マジで怒ってんだ?」

「いいか、今後一切静江さんを見るな」

「何だよ。そんなの無理に決まってるだろ」

「無理でも見るな。あの清らかな人にお前の汚らわしい目を向けるんじゃない」


 半分キレかけている信一郎に、太一もムカッとして返す。


「おまえこそ変なこと考えてるんだろ!」

「おまえと一緒にするな!」

「おい! やめろ! みんな見てるぞ!」


 食堂にいた全員がこの席に注目していた。

 それから三人は、黙って席を立って食器を片付けた。



 部活が終わって三人は誠真館に戻るべく電車に揺られていた。


「俺たちに金がないのは交通費のせいが大きいな」


 謙三が何気に言った一言だったが、信一郎と太一は大きく頷いた。


「そうなんだ。大学から結構遠いよな。そんで電車賃がまあまあかかる」

「そうだよな。けっこう高いよな」

「しかし電車に乗らん訳にもいくまい」


 信一郎と太一が、しみじみとどうにもならないことを口にしたので謙三が窘めた。


「バイトするか?」


 太一が簡単にそう言ったので二人とも首を横に振った。


「無理無理。何時バイトするんだ? そんな時間全く無いだろ」

「そうだよな。時間がないんだ。寝てる時間位しか空いてない」


 そう言って太一はため息をついた。


「なあ、お前ら」


 謙三がちょっと真面目な顔をした。


「寝てる時間、ちょっとだけ使うってどうだろう」


 謙三は何やら思い付いたようだった。


 謙三のバイト作戦は要約するとこういうことだった。

 例えば夜や、明け方のバイトを三人が、交代でやれば三人で睡眠不足の負担を分け合えるから出来るのではないかと提案したのだった。

 そしてかけうどんをカレーに昇格させるために早速行動に移した。

 朝の市場、平日は朝4時から2時間の力仕事だったが体力自慢の三人にはうってつけの仕事だった。

 これなら朝稽古のある日も間に合うので丁度良かった。



「おおお……」


 一か月後、三人は一万円札が六枚もあることに感動して震えていた。

 そして謙三がその使い道を真っ先に提案した。


「これでカレーを、いや、憧れのA定食を食べれるんじゃないのか?」

「そうだよな。でもカレーを跳び越えてA定食って、やり過ぎじゃないかな」


 信一郎はやや慎重になっているようだ。長い間、白くて細長いものばかりだったせいだろう。

 しかし太一は、カレーを跳び越えたい派だった。


「今日だけ。今日だけ食ってみようぜ。そんでこないだの女子たちの鼻を明かしてやろうぜ」


 変なライバル心を太一が持っていたのには苦笑したが、三人はA定食を昼休みに食べることに決めた。

 そして三人は、なかなかのボリュームのA定食と向き合った。


「いただきます」


 箸をつけるや否や、かき込むように食べ始めた。


「美味い……これを知ったらもうあの白くて細長いやつには戻れんな……」

「本当だ。何て贅沢なものを食ってるんだ。細長いやつには悪いけど、もうあいつとは会うことないだろうな」


 そして三人は満足して昼食を終えた。



 誠真館に戻り、夕方の稽古で汗を流した後、楽しみにしている夕飯にありついた。

 三人は静江が作ってくれた夕飯を腹いっぱい食べて一息ついていた。


「ふー。美味かった。静江さんが作ってくれたと思うと、また格別なんだなこれが」

「太一、おまえ静江さんを見るんじゃないぞ」

「まだ言ってるよ……」


 太一は隣で黙々とまだ食べている古株の斎藤をじっと見る。


「斎藤さん、内弟子の人たちってどうやってここで生活していってるんですか?」

「ん? どういう意味だ?」

「いや、稽古に明け暮れて特に働いてるふうでもないし……」


 太一はずけずけと訊いた。それは信一郎と謙三もどうなっているんだろうと思っていた。

 そんな疑問に、斎藤は簡潔にこたえた。


「まあ、俺たちは先生の仕事の手伝いをしてるかな。演舞大会とか講習会とか、お前たちは知らないだろうが先生はそう言った行事に良く呼ばれているんだ。そこで受け身を取る役や身の回りのこと一切をしている」

「へえ、じゃあそれが仕事って感じですか?」

「それは仕事というか恩返しだよ。先生は俺たちが稽古をしながら生活できるようにそう言った場を設けてくれているんだ。あと、俺は誠真館の会計を任されてる」

「へえ、お金のことを扱ってるんですか凄いな」


 話の途中で静江がニコニコしながら入ってきた。


「斎藤さんは会計士なんですよ。私たちの道場の会計を一手にやって下さってるんです。しかも無償で」

「ええっ!」


 三人とも驚いた。


「ただの無職の人だと思ってた……」

「そんなこと無いんですよ。斎藤さんには本当に感謝してます」

「お嬢さん止してくださいよ。私がここでこうしていられるのも全部先生とお嬢さんのお陰なんですから、まだまだ足りないぐらいです」

「あと資産運用をして下さってるので助かってるんですよ。おかげで皆さんの食費もそこから捻出できているんです」


 三人は聞いていて段々恥ずかしくなってきた。

 学生とはいえ、住み込ませてもらって食べさせてもらい、楽しくやらせてもらっているだけの自分たちと斎藤を比べてしまったのだった。


「お前らもいつか先生と静江さんに恩返ししろよ。なんだか最近バイトしてるみたいだけど、自分たちの食いたいもののために使ってたりしてないだろうな」


 冗談交じりに斎藤に痛いところを突かれて三人は小さくなった。


「謙三、太一、ちょっといいか……」


 信一郎は二人を連れて部屋を出た。


「バイト代、静江さんに渡そう」

「えっ! いや、そ、そうだよな……」

「信一郎、太一、えらいぞ、良く言った」


 そして三人で一万円だけ抜いて、あとは静江に食費の足しにして下さいと渡すことにしたのだった。

 静江は遠慮していたがその遠慮している姿が滅茶苦茶可憐だった。

 三人はちょっと得をした。



「はーーー」


 三人は学食で長いため息をついた。

 そして白くて細長い食べ物を、またズルズルと食べ始めたのだった。


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