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若き獅子は目覚めてからも夢を見る  作者: ひなたひより
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第3話 アジフライ

 夕食時、内弟子で一番古株の斎藤はぼそりと呟いた。


「アジフライ……」


 四人の内弟子に加えて居候の高木、松田、相馬の三人も食卓に着いてがつがつ食べ始めている。


「斎藤さんアジフライ嫌いなんすか?」


 内弟子の中で一番年数の浅い立脇たてわきが何となく聞いた。


「いや、そう言う訳じゃないんだが……」

「美味いっすよね。静江さんのアジフライ」

「美味い。確かに美味いんだ。しかしこのところ多すぎないかアジフライ」

「そう言えば一昨日も食べたかも」


 斎藤はフライを頬張りながら考え込む。

 箸の止まった斎藤に気が付いたのか、信一郎が何の遠慮もなく声かける。


「いらないんなら俺がもらいますよ。大好物なんで」


 いつも腹を空かせている信一郎が、斎藤のおこぼれを狙って目を光らせた。


「やらないよ。しかしお前、アジフライが相当好きみたいだな。飽きないか?」

「飽きる? こんな美味しいものを? 静江さんが作るアジフライは天下一品ですよ。毎日でも食いたいぐらいです」

「お前はそうなんだろうな」


 その時、台所で静江は、ほんのり頬を紅く染めて二人の話を聞いていた。

 そしてちょっと上機嫌で顔を出す。


「あの、お代わり有りますので言ってくださいね」

「あ、はい。じゃあ頂こうかな」


 信一郎が席を立つ。


「いつもすみません。美味しくってつい……」

「たくさん召し上がって下さいね」


 静江は白飯を山に盛って信一郎に手渡した。


「ありがとうございます」


 続いて太一と謙三も席を立った。


「あの、俺たちもいいですか」

「はい。どうぞ」


 二人は茶碗を手に戻ってくると、信一郎の向かいに腰を下ろした。

 そして太一は謙三に囁いた。


「なあ」

「ん?」

「信一郎の方が多くないか?」


 太一が自分たちの茶碗と信一郎の茶碗を見比べる。

 たまたまなのか、そうでないのか、信一郎の方が山盛りの度合いは一段上だった。


「確かに……」

「だろ。しょっちゅうあいつの好物のアジフライってのも引っ掛かるんだよな」

「確かに。お前の言うとおりなんか変だよな」


 訝し気な顔で二人は信一郎の様子を観察する。

 そして二人の箸が止まっているのを、信一郎は見逃さない。


「何だお前ら食わないのか? 食わないんだったら俺にくれ」


 底なしの食欲の信一郎にアジフライを狙われて、二人はまたガツガツと食べ始めた。



 木枯らしの吹いた十二月。

 大学の門を出てすぐの信一郎に、予期せぬことが起こった。


「高木さん」


 聞き覚えのある声に信一郎は吃驚して飛び上がった。

 落ち葉の溜まった遊歩道に、マフラーを首に巻いた静江がいて、こちらに手を振っていたのだ。


「え? 静江さん? どうしてこんなところに」


 大学を出てすぐ静江に声を掛けられた信一郎は、完全に不意を突かれてしどろもどろになっていた。


「ちょっと近くに用事があって。高木さんの大学がどんな感じなのかなって通りがかったら丁度出て来たんで、私もびっくりしました」

「そうだったんですか。いやあ奇遇というかなんというか」

「本当ですね」


 いつもと違うおしゃれ着ではにかむ静江に、信一郎はくぎ付けになった。


 天使か……。


「今日はあのお二人と一緒じゃないんですね」

「あ、ええ、あいつらは稽古してますよ。僕は道場に戻って稽古するからって先に出てきました」

「いいんですか?」

「ええ。監督も許してくれてます。最近成績がいいもので」


 信一郎は誠真館での稽古のせいか、近頃の大会では一度も負けていなかった。

 柔道と合気道の技はかなり違いはあったのだが、基本的な体の使い方や重心の崩し方は共通していた。


「私も一度拝見してみたいな。高木さんの出る試合」

「え? とんでも有りません。静江さんみたいな爽やかな人があんな汗臭い会場に」

「あら? 私いつも誠真館で皆さんのお稽古拝見させてもらっていますよ」

「あ、そうでしたね……」


 信一郎は照れたように笑いながら頭を掻いた。

 静江はそんな信一郎を見てクスクスと笑う。


 女神か……。


 その可憐さに目を奪われて、また呆然としてしまう。


「一緒に帰りませんか? 私も今から帰るところなんです」

「し、静江さんと一緒に?」

「ご都合悪いですか?」

「とんでもない。もし都合があったとしても全く関係ないです」


 思わず本音が出た。


「じゃあ行きましょうか」

「はい」


 しかし静江さんと一緒の所を見られたら、先生に怒られそうだな。

 そんなことを考えながらも、一方ではこんな綺麗な人と歩いていたら、他人からどう見られるのだろうかなどと考えてしまっていた。


「少し夕飯のお買い物をしていっていいですか?」


 静江が電車を降りてすぐの、駅前の食料品店を指さした。

 信一郎は少しでも静江と長くいたかったので、勿論大歓迎だった。


「はい。是非お供させてください」

「すみません。えっと、今日は何がいいかな……」


 籠を片手に静江の後ろをついていく信一郎は猛烈に幸せだった。

 謙三と太一に先に稽古に戻ると言っていたことなど、どこかへ飛んでいってしまっていた。


「高木さんは食べたいものとか有りませんか?」

「え? 僕ですか、静江さんが作ってくれるものなら何だって美味しいですけど」

「まあ。嬉しいけど、お世辞ですよね」

「いえ、本当です。誓って嘘なんか言ってません」

「お上手なんですね」


 そう返しつつ、静江は嬉しそうに頬を染める。


「前に高木さん、アジフライが好物だっておっしゃってましたね」

「はい。よく覚えてくれていましたね。特に静江さんのアジフライは絶品です」

「他にも好きな献立ってありますか?」

「えーと、実はポテトサラダが好物でして……」

「あ、私も大好きです。一緒ですね」

「そうですか、僕も大好きで……」


 言ってる途中で信一郎はなんだか恥ずかしくなってきた。

 ポテトサラダの話をしているだけなのに、静江の前で余計なことを考えてしまっていた。


 ポテトサラダよりも目の前のあなたの方が……。


 食料品店の通路で猛烈にときめいてしまい、赤面した信一郎だった。



「ポテトサラダ……」


 古株の斎藤が目の前に盛られたポテトサラダを見てつぶやいた。


「あれ? 斎藤さん食べないんですか? いらないんなら俺にください」


 信一郎にポテトサラダを狙われて、斎藤は、お前にはやらないぞと隠すように食べ始めた。


 おかしい。もう三日もポテトサラダが続いている……。


 斎藤はガツガツ貪るように大盛りのポテトサラダを頬張る信一郎を横目に、どういうことなんだとまた考え込むのだった。

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