スペシャル・デイ (Special Days)
夏の特に暑い日。熱をたっぷりと吸収する憎たらしいアスファルトの道を歩く。卵を落とせばすぐに目玉焼きになりそうな暑さだ。
博士はというと、白衣を着ているにも関わらず涼しい顔をしている。
飲み物が切れたので博士と二人でコンビニにジュースを買いに行くだけの筈だった。アイスも買おうとか好きなジュースはあれだこれだと、そんなくだらない話をしていたと記憶している。
きっかけは博士から会話の途中に挟み込まれた何の脈絡もない発言だった。博士の突拍子もない発言や行動に今日も振り回されることが確定した瞬間だった。
「猫。探すか。」
電柱にあった張り紙を指差して博士は言った。電柱に近づいて読んでみる。張り紙には白と黒の日本猫の写真。こういう猫は沢山いる。特徴としては『カリカリをよく食べます。』とあった。
そりゃ食べるだろう、猫なんだから。真夏の日差しが最も強い時間帯の今、猫探しなんて絶対に行きたくはなかったのでやんわりと抵抗してみる。
「どうやってその猫を探すんですか。張り紙には一般的な猫の特徴しか書いてないのに。」
「・・・よし。助手。カリカリを買ってきてくれ。美味しそうなやつを頼む。手当たり次第に探そう。」
「猫が群がるだけじゃないですか。餌づけしたらまずいですよ。」
抵抗は意味を成さなかった。結局、地道に博士と一緒に猫を探すはめになった。隈なく探したが、半日探して発見した猫は6匹。1匹は茶色の野良。あとの5匹はデパートのおもちゃコーナーにあった猫ちゃんの在庫数。
自分は体力がある方ではない。博士がごねるかと思ったが意外にも決断は早かった。同じく博士にも体力は残ってなかったようだ。クーラーの効いた心地よいデパートのお陰で博士の思考は正常に戻ったのだろう。諦めて博士の家に戻ることにした。
その帰路の途中に1匹のグレー色の猫が正面から現れた。キリリとした眼差しでこちらを見つめている。目が合うと後ろを向いて歩いていった。
「見ろ、助手。猫だ。」
「猫ですね。もうちょっとで博士の家ですね。コンビニ寄りましょう。アイスも買っていきますか?」
「少しは興味を示せ。あれを普通の猫だと思うか?私にはそうは思えない。知能の高そうな目をしている。」
「言われてみれば悟ったような凛々しい目をしていましたね。ロシアンブルーかも知れないです。」
「猫の種類を聞いてるんじゃない。追うぞ。何だか嫌な予感がするんだ。」
「じゃあ行かない方が。」
「行くのが研究者というものだ。それに一人じゃ不安だ。」
博士が潤んだ目をしてシャツを引っ張ってきた。
「・・・仕方ありませんね。」
「単純なやつめ。」
猫について行く博士。猫について行く博士について行くと、最後は山奥に入っていった。
ここに来るまで道なき道を歩いた。私有地を通るたびに頭を低く下げながら進んだ。所有者に見つからないようにするためだけではなく、謝罪の意味も込めた行動。
「むう。ここは何処だ。」
突然、困り顔で博士が言った。結論、全ては徒労に終わった。二人は呆気なく猫を見失ったのだ。滝のような汗を流しながら、セミの音がいつもの3倍くらいの山で立ち尽くす。最低最悪の日だ。
あれ?そういえば白と黒の猫探しはどうなったんだ?
「博士。帰りましょう。流石に。」
「一理ある。あの猫についていけば、不思議な体験でもできるかなと思ったが何もなかったな。神社や祠の一つでも。いや、ロシアンブルーには似合わなかったか。ん?」
「民家がある。生活している人がいるんですかね?こんな山奥なのに。」
「昔話なら何も持ち帰らないが正解だったかな?それとも本当は持ち帰って良いみたいな感じだったかな?」
「何の話ですか。」
「遠野物語だよ。おや。こんなところに珍しい花だな。」
博士はそう言うと下を向いて、その場にしゃがんだ。地面には花が生えていてそれを観察し始めた。そして彼女は言った。
「今日のところは帰るとするか。これ以上は私ですら進みたくない。ここは残念ながら昔話に出てくる迷家ではないらしい。」
博士の声が震えている。しゃがんでからの博士の様子は明らかにおかしい。それに言っている意味が理解できなかった。それはいつものことか。でも、こんな表情をした彼女は初めてみた。熱中症かもしれない。心配になって声をかける。
「博士?大丈夫ですか?体調がすぐれないようですけど。」
「私は大丈夫ではないかもしれない。そんなことあるわけがない。理屈は分かる。何か明確な根拠があって恐れているのか。分からない。オカルトなんて一つも信じていない。でも、もしかしたらと私の全身が怯えている。まさか、繋がっているというのか。覚えているかい。この花は。この桃色の花は。」
「『ラナンキュラス』だよ。」