喫茶ファラオの大博打
行きつけのレトロな喫茶店がある。
喫茶ファラオ。開店時間は決まった時間には必ず開かないので分からない。気まぐれに始まり、気まぐれに終わる。
内装はクラシックが聴こえてきそうな雰囲気はあるが、聴こえてくるのはラジオ放送で、高級そうな皮製の椅子はガムテープで穴が塞がれているし、机は何だか油っぽい。
最近、分煙にしたと言っていた。そんなマスターはカウンターで煙草を吸い競馬新聞を読む。いつもカウンター越しに座らされるので煙がダイレクトに降りかかる。最悪だ。この場所は禁煙だったはず。
極めつけにアイス珈琲が泥水みたいな味がする。泥水は失礼かもしれない。珈琲を舌で味わってみる。泥水に失礼だ。ええと、これは雑巾の絞り汁だろうか。
レトロというより時代錯誤な喫茶店。そんな喫茶店のマスターが自分に話しかけてくる。
「毎日お前さんくらいしか来ねえ。あとは偶に携帯の充電が切れたやつ。メニュー表に入れとくか。充電って。」
「一番人気が出そうなメニューですね。それは。」
「流石に自家製プリンには負けるだろ。柔らかくて美味いからな。一日に3個は食べる。」
メニュー表を確認すると確かにプリンと書かれている。そんなメニューがあるなんて今まで気が付かなかった。
「初めて聞きましたよ。あるんだ、プリン。マスターは一日にプリンを何個作るんですか。」
「3個だ。」
マスターの一日の食事は3食プリンだったようだ。マスターに歯があれば。もっと他のものも食べられたかもしれないのに。
「それによう。俺はどうしても一番人気ってのが嫌いなんだ。当たったところで対して嬉しくねえ。」
「また馬の話ですか。本当にお好きですね。ギャンブル。」
「博打が好きなのか、金が好きなのか忘れちまった。やらないと不安になるんだ。外すと更に不安になるけどな。明日もお前さんがこないと馬券が買えねえって。」
「明日も来ますよ。自分のお金がマスターの競馬代になっているのなら。でも程々にした方が良いですよ。」
「ありがてえ。そうだ。勝ったら半分やるよ。二言は無え。百万だろうが千万だろうが。半分やる。明日のレースは人生で一番自信がある。きっと荒れるレースになる。俺だってさ。このままで良いとは思ってないんだ。喫茶ファラオは昔は客に溢れていた。活気があった。もう一度あの頃に戻りてえ。」
「アイス珈琲代を安くしてくれたらそれで。」
「若い奴には欲がないねえ。俺は当てるぞ。漢の3連単一点。1,000円掛けだ。足繁く通ってくれるお前さんには礼をしたいしな。16→5→2だ。この数字を覚えておきな。」
「応援してます。それじゃあアイス珈琲代800円置いておきますね。」
「今日は1,000円だ。」
予想は大きく外れることになる。それはマスターの予想ではなく、外したのは自分がした予想の方であった。
結果は16→5→2。まさか当たるだなんて。3連単の1,000円掛けは3,500万円の払い戻しになったそうだ。あのレースの配当は高額すぎてニュースになっていたから知っている。
喫茶ファラオのシャッターは今日も下ろされている。開店時間は訪れない。永遠に。