私は異世界で明太子とマヨネーズを取り出した。
家に行くと、博士から返事がなかった。
玄関が開いていれば返事が無くても入って構わないと事前に博士から了承を得ていたが、良心が僅かに侵入を躊躇わせた。もう一度呼んでみてもやはり返事はない。結局入ることにした。
博士の部屋のドアをノックする。それでも返事は返ってこない。仕方がないので扉を開ける。
博士は寝ていた。論文の執筆中に寝てしまったのだろう。机に突っ伏して博士は眠っている。寄稿の締め切りが迫っていると聞いていたので起こさないように毛布をかけた。
床はいつも通りガラクタと本で足の踏み場もない。その中にA4の用紙が一枚落ちているのを見つけた。紙は折れておらず新しそうだった。論文の一枚だろうか。
もしそうなら机に置いておいた方が良さそうだとそれを拾い上げた。
そういえば博士の文章を読んだことはなかった。ちょっと読んでみようか。
はじめに
じゃがいも。ナス科ナス属の植物である。馬鈴薯とも呼ばれる。食用として世界中で愛される植物である。様々な調理方法があり、料理にはそれだけバラエティがある。蒸せばほくほくとした食感になるし、薄くスライスして揚げればサクサクとした食感になる。
じゃがいもの調理方法や食感についての嗜好は本稿では取扱わないため割愛させて頂く。
そんなじゃがいもがライトノベル(注1)界において議論を呼んでいる。
端的にいえば、それは『ある時代』を設定した小説に、文中に『植物等の現代において伝来し食されているもの』を登場させた場合に生ずる時代設定上の矛盾を如何様に捉えるかという時代考証上の問題である。
本稿ではそんなライトノベルの分野、とりわけ、いわゆる『異世界モノ(注2)』を題材とした作品において頻繁に論じられる『じゃがいも問題』を整理し、最後に私見ではあるが若干の一考察を加えた。以下、検証していく。
「んあ。助手おはよう。来ていたのか。ふああ。お、メールがきている。」
寝起きの博士がPCに送信されているメールの中身を確認する。それを見て博士は安堵した。
「確かに受領しましただってさ。いつもギリギリなのに珍しく捗ったので私も驚いている。ああ、それ?それは落書きだ。」
「面白そうな議題だったから休憩がてら書いてみたんだ。でも馬鹿らしくなって『はじめに』だけ書いて止めた。」
「世の中には論じなくていいこともある。こんなこと研究者が言うと誰かに怒られてしまうかも知れないけれどな。」
「作品という一つの人生を謳歌するために様々な矛盾を楽しみたいな私は。書き手であっても読み手であってもね。」
「私は異世界に明太子とマヨネーズを持ち込みたい。そしてジャガイモを蒸して食すのだ。」