ステイシス・アンド・ゴールド
箒に跨り全速力で図書館へと向かったので、道中、木にぶつかりそうになったが、いつもよりも早く着いたようだ。
何度か通っているうちにいつの間にか少女は図書館に通うのが好きになっていた。古い図書館には古い本が沢山ある。
誰もいない自分だけの図書館。
今日は気紛れにも、いつも漁る本棚の場所よりももっと上の本棚が気になった。少女はその高さまで箒で上昇した。
そして歴史書のような分厚い本を棚から手に取った。動物の皮のカバーだろうか、見るからに他の本よりも古そうで目を引いたのだろう。
「ぶわっくしょい!!!」
本に付いた大量の埃が大きなくしゃみを誘ってきた。憎たらしい本の埃を払うと、箒で宙に浮かびながらその本を読み始めた。少女にとってはその本が史実なのか小説なのか分からない内容だった。
『グーテンベルクは活版印刷技術を発明し、文化は飛躍的に発展した。知識が書物として複製されて人々に拡散することが出来たからだ。』
『共有された知識は発想を生み出して更なる知識を生み出す。知識が醸成されてゆく。その仕組みは現代も変わらない。複製は人類にとって、とても重要な技術である。』
『魔法。それもまた私達が生きるために必要な要素である。』
『貨幣。かつて私達が生きるために必要な要素であった。』
『複製と魔法。この二つは組み合わさり何百年の時を経て複製魔法が発明された。それは望めば貨幣を容易に造り出せる技術だった。』
『金を生成することを目指した錬金術。魔法による生成は上手くいかなかった。科学技術による生成も上手くいかなかった。何もないところから何かを生み出すことはできないからだ。』
『複製魔法は常識を覆した。金の複製についても可能なものにした。』
『金そのものであれ、コインであれ、いずれにせよそれらが従来持っていた交換価値は失われた。』
「ふむ。ふむ。」
少女は頷きながらその本を読み進める。
『物々交換の交渉は頻繁に決裂した。物の奪い合いが起きた。奪われるのを恐れて人々は生産をあまりしなくなった。』
『それでも、一度でも秩序を経験した世界で暴力はある程度抑制されていた。』
『そうすると知識や経験が価値を持ち出した。人々は自らの知識や経験を隠すようになっていった。また、詐欺が横行した。』
『誰も信じられなくなった世界で教育は衰退した。知識、技術。魔法は衰退した。自分達のことばかり。分かち合うものは次第に減っていった。』
頭をぽりぽりと掻きながら少女はペラペラと本のページを捲って進めたり戻したりした。
残念そうに少女が本を閉じる。いつもの本棚の絵本を一通り見ると満足そうに図書館を後にした。
『この本も次第に読める者は減っていくだろう。発展を止めたこの世界において意味を成さないのだから。』
『いみのわからないほんのちょしゃより。』