九十五話【正念場】
あえて援軍来ますよ的な言い方をして焦りを誘う。
どうなるか……。
「ははは!援軍なら足止めしておいた。であるから安心せよ」
そう来たか。
「……どうやって」
「我が軍を舐めるなよ。今回は質も量も素晴らしい数が揃っている。ここにいるのは全軍のほんの一部なのだからな」
2800人が一部……これは逃げる筋を捨てた方が賢明なのかもしれない。
「……マストル、これは戦うしかないようだね」
「ひぇえぇ……俺帰りたいよぉ」
「帰ってるでしょ」
泣きわめくマストルを落ち着かせ、戦闘態勢に入る。
前と話し方を違わせたから、提案が来るか分からない。油断は出来ない。
「くくく……怯えているようだな。しかし安心せよ。そんな貴様らに取っておきの提案をしてやる」
「て、提案だと……?」
おっと?これは少しいい感じなのでは無いのだろうか。
「どうだ、気になってきただろ?」
ここで提案は好都合だ。現地点では最善手とも言える道なのだ。
僕は同じように提案の開示を求めた。
「ふふふ……そう来ると思っていたぞ。では、その提案とは──」
*
そこからの展開は全て同じだった。
「俺の弟子にして配下であるコイツを倒せ!さすれば、大人しく引き上げてやろう」という騎士団長の提案。そして、それにキレたマストル。
双方の合致により始まったマストルとアトラの一騎打ち。
結果は変わらずマストルの圧勝。そして今、僕はその状況に直面している。
「……見事だった、マストル殿」
騎士団長は奨励の言葉を添え、近づいてくる。
「約束だ。俺たちを解放しろ」
「分かっている。総員、直ちに道を開けよ」
騎士団長が命じると、団員たちは素早く道を作る。これを見るのは二度目だが、本当に手際がいい部下だ。
さて、道が開いたところで、ここからだ。
「ありがとうございます」
お礼の言葉を言い美音を抱き抱え、マストルを手を引く。
「おう?もう行ってしまうのか?」
「すいません。急いでるので」
騎士団長からの引き止めも聞いている暇はない。
「お、おい。そんな急ぐ必要あるか?騎士団長もなんか言おうとしてたぞ……」
「あるよ。ここからが問題なんだ」
「も、問題……?」
マストルは分からないだろうが、ここで誤ってしまえば全てが終わる。
間違う訳にはいかない。
「はぁはぁはぁ……」
「ちょ、待てよ!俺戦ったあとなんだぞ!」
「でも急いでくれ!死にたくなかったらね!」
「はぁ?死にたくなかったら?」
呆れるマストルを尻目に、急ぎ足で螺旋階段に向かう。
「止まれ!そこの使用人!」
目の前に現れる無数の敵兵。こんな時に厄介な……。
「マストル、頼む」
「お、おうよ!」
引っ張っていたマストルを前に投げ捨てる。
その瞬間、激しい打撃音と何かが粉砕されていく音が響き、敵兵は宙を舞い、無様にも地に横たわった。
「……フッ、峰打ちだ」
「明らか峰打ちじゃないでしょ。音おかしかったよ」
「気にするな。倒せればいいんだ」
ここら辺は前と違うが、おそらく許容範囲だろう。
「……っと、ここが螺旋階段の入口か」
「うん……急ぐよ」
繋がる扉を突き飛ばし、螺旋階段へと走る。
「……よし、存在感は──」
その瞬間、身がよだつような存在感が肌を通過した。
「……アルト、これは……」
「分かってる。振り返っちゃダメだ」
この感覚、身に覚えがある。
「……女王の存在を確認した。直ちに連れて戻る」
無機質で淡々とした口調……間違えない。
あの傀儡の男だ。
「……おい、そこの使用人ども」
「ひゃ、ひゃいっ!」
マストルが変な声で返事をする。
「……ほぉ、意識を保ってられるのか。分身体で見た映像だと感じきれなかったが、案外精神力はあるようだな」
ふと、視線をマストルに傾ける。
足が少し逆方向に方向こうとしている。これは踏み込む時の足だ。
「マストル!馬鹿なことは考えるな!」
「……!なんでわかったんだ……」
やはりそうだ。こいつは全く……
「分かるだろ。僕たちで行ったって勝てる相手じゃない」
「……けど……」
分かる。挑まなければ何も始まらない。だから、捨て身でも、勝てないとわかっていても立ち向かう。
だけど、それじゃダメなんだ。
「……気持ちは分かる。でも、無駄死だけはダメなんだ。僕たちの役割を忘れたの?」
「……そうだな」
納得してくれたようだ。
「……随分と冷静だな。そんなに俺が弱く感じるのか?」
問いかけには一切無視する。ここで下手に喋ってもいい事なんて一つもない。
「……反応無しでは面白くないぞ?貴様らの目論見は分かっている」
嘘だ。わかっているなら、今頃僕たちは殺されているはず。
「おい、アルト……本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だから落ち着け。従順なふりをするんだ」
落ち着け。ここが正念場なんだ。
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