九十一話【壊せ】
「が……が、があああ!」
後ろに引き下がったマストルは、突如として胸を抑えながら苦しみだした。
「……!?マストル!大丈夫か!?おい!」
「……うむ、やはり耐久性も十分だ。これなら良い傀儡が作れる」
男は笑って呟く。
「……マストルに何をした」
「……俺は何もしていない。ただ、やつが自滅しただけに過ぎん」
「自滅……?」
後ろからだが、マストルの行動は一つ逃さず見ていた。自滅のような動作はなかったはずだ。
「……信じていないようだが、それは本人に聞けば分かる」
そんな事言われてもマストルは 蹲って話ができる状態じゃない。
「お前がそうさせたんだろ!」
「……俺が言っているのは真実だ。根拠もなく否定するな。それに───」
「ぐ、ぐぎ……」
「……そろそろお前の仲間も死ぬしな」
先程は激しく蠢いていたマストルだったが、次第に動きが少なくなっていた。
「どういう事だ……なんで、こんな事に……」
マキはいないし、メイもここにはいない。このままでは本当に……
「マストル!返事をしてくれ!お願いだ!」
体を何度とも揺する。だが、数分後、マストルは動かなくなり、冷たくなった。
「……長かったな。いいデータが取れた」
「……ふざけやがって!よくもマストルを……!」
何度声を掛けても、マストルが返事をすることはなく、その声は虚空に消える。
「……そう焦るな。お前もすぐにそいつと同じ場所に送ってやる」
男は無慈悲な声で告げる。
「……トートよ。実験対象に死を」
男が命じると、黒砂の傀儡はその体を宙に散らす。
「……くそ!」
なんでこんなにも、僕は無力なんだ?
本来の目的である美音を危険に晒して、あまつさえ友を失った。
あぁ、なんて無力なんだ。こんな自分、”壊れてしまえばいいのに”。
「……そうだ。僕が僕じゃなくなればいいんだ。そうすれば、奴を……」
意識が途切れた先にある”何か”。怒りでもない、冷淡さを保った狂気の表面。
「殺せる」
いつからだろうか。こんなにも、人を殺したいと思ったのは。
いつからだろうか。自らを手放してでも、殺したいなんて思うようになったのは。
「……始めよう」
そこから、僕の全ては”何か”に突き動かされた。
まずは、あの邪魔者を取り払わなければ。
「……邪魔」
右手で迫ってくる黒い砂を振り払う。
「……今のを風圧だけで防ぐか。……操作系か?」
驚く男、所詮こんなものか。なら、まだ余裕はある。
「おい、お前」
ただ、一つだけ問いたい。
「……なんだ」
「マストルに対して、何か言うことは無いのか?」
ここで謝罪の一言でも出てきたなら、せめてもの救いで痛みなく殺してやる。
「……何か言うことがあるのか?俺は実験体を本来の使い方通りに使っただけだ」
「……マストルが実験体とでも言うのか?」
「……そうだが?何も不思議なことではないだろう?」
人一人殺しておいて、贖罪を表す気もない。慈悲なんて考えた僕が馬鹿だったようだ。
「……で?お前も死ぬ気になったのか?」
何を言っているんだ?死ぬのはお前だ。でも、その前に
「……美音、少し待っていてくれ。僕はやるべき事があるんだ」
美音まで巻き込む訳にはいかない。せめて危害が及ばないよう、保護でもしてあげる。
「……小結界だと?操作系ではなかったのか?」
「……どうだっていいよ」
咄嗟に出たものだから、僕自身もどうやって出したのかは分からない。
でも、今優先すべき事は決まっている。疑問は後回しだ。
「……殺してやる」
「……よいだろう。お前にも、あの子供が味わった傀儡の味を教えてやる」
傀儡の味?そんなもの味わう前に壊してやる。
マストルの仇……この手でとるまでは。
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