九十話【傀儡帝】
差し出した手の先、何か光るものが現れる。
「……六角の傀儡。死を司りし俺の最高傑作の一つ」
その光は段々と黒く染まり、物体を形成していく。
「──トート」
黒い砂のようなものが渦巻き、その中から人型の何かが現れた。
「……これはお前たちを死へ誘う傀儡……基、出来損ないの成れの果てだ」
傀儡……実際に見るのはこれが初めてだが、イメージとだいぶ違う。もっとこう、木だったり鉄だったり使ってるイメージだった。
しかし、目の前にいる傀儡は全身が形づいておらず、浮いている砂の物体のようなものだった。(人間と同じく各部位はしっかりあるが)
「……傀儡使い?」
「……そうだ。俺はあのお方の特別精鋭にして、傀儡帝の名を賜った。そこらの兵と同じにしてくれるなよ」
精鋭か。あの方というのは分からないが、存在感からして強敵なのは間違えない。おそらく、僕やマストル単体では、勝つことは難しい。
「マストル、ここは協力してアイツを──」
「てめぇ」
黙っていたマストルが、ふと口を開いた。
「……なんだ?」
「その傀儡、誰で作ってきやがった?」
突如発せられたマストルからの質問に、男は口元を緩ませた。
「……子供の割には察しがいいな。見た目は大分壊したんだがな」
「……存在探知がなかったら気づけなかったけどな。それより、俺の質問に答えろ。その出来損ないってのは……」
二人の会話についていけない。さっきからマストルは何を言っているんだ?
「ねぇ、マストル。さっきからなんの事──」
「黙れアルト。もしかしたら、今俺たちが対峙してる相手は、ただの敵じゃねぇかもしれねぇんだ」
僕を叱るマストルの顔は、いつも以上に強ばっていた。
「……ふむ、仲間割れもせず冷静さを保っていられる……強固なものだな、絆というのは」
「何すかしたこと言ってやがんだ。俺の質問にはノーコメントか?」
「……無論だ。まぁ、お前たちがこの傀儡を破壊できたら教えてやってもいい」
「……無理だと分かってて、言ってくれるな」
マストルと男は、その間に言葉で表せないような何かをぶつけ合っている。
これは少しまずいのかもしれない。
「……アルト、俺は今から万生状態であの傀儡ごと男をぶっ壊す。お前は美音様を死守しろ」
「……唐突だね。何か策でもあるの?」
「ある訳ねぇだろ。あの傀儡は得体がしれねぇからよ。……ある程度俺なら耐えられるから、まずはそれで小手調べだ」
「分かった。気をつけろよ」
「今回ばかりは言われなくても分かってるよ」
傀儡の存在感を密かに測ったが、何故か反応しなかった。という事は、自由意志と言ったものが傀儡には存在しない。
であれば、あの男が操っているのだろうか。しかし、そんな動作は見受けられない。
「……お前たちが何を企んでいるのかは知らんが、この傀儡を倒さない事には始まらないぞ?」
男は挑発するように誘ってくる。あんな見え見えの誘いに乗るわけが──
「あ”あ”?てめぇ、俺たちの事なめてるだろ」
そうだ、忘れていた。ここに居たんだった。
「言っとくけどな。たかがお人形遊びで俺たちを殺そうなんて甘いんだよ」
「……そうか。では、そのお人形遊びをその身をもって味わうがよい」
「あぁそうする。存分に味あわせて貰うぜ」
マストルは言い終えると、左足を起点に大きく踏み込んだ。
「入ったぞ。俺の射程圏内」
目にも止まらぬ速さで男の懐に入り込んだマストルは、右手を大きく振りかざす。
「……中々よいな。しかし、映像で見たより遅くなっているのではないか?」
「うっせぇよ。まずは一発目だ」
遠心力全開の右ブローが男のみぞおちを襲う。
「……トート」
ドガッ という音と共に、マストルの拳は男……ではなく、先程出てきた傀儡に炸裂した。
「ちっ!さっきと同じ感触……!」
「……その通りだ。先程の攻撃もトートの一部によって防がせてもらった。最も、防がずとも効かなかったがな」
「戯言だな!防いどいて説得力ないぜ!」
マストルはそれを気にせず連撃を仕掛ける。
「おらァァァァ!」
しかし、どんな角度から攻撃を浴びせても、全て傀儡を破壊する打撃とはならなかった。
「……無駄だということが分からぬか?やはり身体特化系の保持者はそれに依存しやすい傾向にあるな」
「ほざけ!」
さらに速くなるマストルの連撃に、傀儡は冷静さを保ち対応する。まだ一撃も優打点が入っていない。
「くっそぉお!硬すぎんだろ!」
「……この傀儡の正体を知っているなら言うまでもないがな。……しかしながら少年よ、我が身は気にせんでよいのか?」
「あぁ?俺がどうしたんだってん……ッ!」
男が諭すように言った瞬間、マストルは血走った顔を青ざめ、突然後ろに下がった。
「……気づいたか。だが、もう遅い」
男は緩んだ口元をさらに歪ませ、嘲笑うかのようにマストルを指さした。
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