八十八話【計画発覚】
そこからの展開は早かった。
力の解放により己が限界を超越したマストルは強く、アトラを圧倒した。
アトラは八式に加え、それに至るまでの全型を使用していたが、マストルに傷がつくことはなく、あまつさえ剣を折られる始末だった。
『くっそぉぉぉぉぉ!』
その姿を見るのは気分が悪く、目を逸らす他なかった。
そして今この時、アトラはマストルの前に膝をついている。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「どうした。こんなもんか?」
「……まだ……まだです……!まだ……やれます……!」
もう無理だ と制止したくなるほど、アトラの目に戦意は残っていなかった。
「……やめてくれ」
その姿を傍観していた騎士団長が静かに呟く。
「もう十分だ!」「副団長、もうやめてください!」「貴方は頑張ったんです!」「これ以上は命の危機です!」「おやめ下さい!」
その一言に感化されてか、そこら中からアトラの戦闘の中断を促す声が上がる。
「ふん……お仲間もお察しのようだな。どうする、アトラ副団長さん」
「……く、くそぉ……」
アトラは悔しそうな顔をしかめ、傷ついた拳を地に叩きつける。
そして、ついにその瞬間は訪れた。
「……僕の……負けです……」
アトラは負けを認めた。
「やっとか……お疲れ様だな」
「……ナイスだった、マストル」
「……おう」
掛けてやれる言葉は思いつかなかった。今はただ、気分が悪かった。
しかし、条件は達成された。これでここからが脱出できる。
「……見事だった、マストル殿」
騎士団長が近寄ってくる。
「約束だ。俺たちを解放しろ」
「分かっている。総員、直ちに道を開けよ」
騎士団長が命じると、団員たちは素早く道を作る。
「ありがとうございます」
「いや、なんて事ない。と言うか、先に攻め込んできたのは我らだ。勝手なマネををしてしまって済まなかった」
騎士団長は深々と頭を下げる。
「やめてくれ、俺が悪いみたいになる」
「僕から見たら結構悪役っぽかったけどね」
「アレはあの状態での副作用的なやつだから許せよ」
悠々と会話する僕たちを見て、騎士団長は苦の表情を浮かべていたが、自然とその表情を消していた。
「……羨ましい事だ。若年ながらそれほどの力と恵まれた地位と環境を手にしている……」
「……何が言いたい?」
「……我々が今回ここに攻め込んできた理由についてだよ。目的はその王女だが、本質的にはどうでもいい囮役なんだ」
「……囮役?」
こんな実力者の集いが囮役だって?
「いや、普通に考えればそうなるだろ」
マストルが腕を組みながら納得した顔で言う。
「安定した国家財力が魅力の 第六十三王都と、平定された国家軍事力と豊作力を持つ 第六十五王都……内部的な実力を差し引けば、どっちを囮に使うかは明白だろ」
いきなりの真面目構文に少し戸惑ったが、言ってることは最もだ。しかし……
「……それ本人の目の前で言う?」
「言う。てかそれくらい騎士団長なら知ってるだろ」
いや普通なら言わないであげるだろう。少しは騎士団長の心境を考えてあげるべきだお思うが……
「クハハハハ!年相応ならざる図太さ、ますます気に入ったぞ」
「そりゃどうも」
騎士団長はマストルの冷静な分析力を素直に評価していた。この二人、ある意味ウマがあってるのかもしれない。
「それはそうと、如何なる理由で敵である僕たちに戦略状況を教えたのでしょうか?一端の使用人とはいえ、僕たちは王宮の者です」
「あぁ、それに関しては俺の独断だ。正直、あの男に使われるのが気に食わん」
「……あの男?」
弱く見積もってもアトラより実力の高い騎士団長を使う。それはかなりの実力者であるか、それなりの地位にある者にしかできないはずだ。
それをやってのける人物……一体どれほどの人間なのだろうか。
「……気になってる顔だな。まぁどうせお前らは知らないだろうし、教えてやろうか?」
「……いいんですか?」
「おうとも。しかし、これで貸一だからな」
優しいタイプかと思ったが、こちらも随分と図太い精神の持ち主のようだ。
賭けに負けといて(いや三十秒以上経ってたから実質こちらの負けだが)貸しを作ろうとしてくる。
「いや、俺が勝負に勝ったからタダでいいだろ」
しかし、マストルも負けじと応戦する。もう何が何やらよく分からない。
「お前はノームとの賭けに負けたから勝負での勝敗はプラマイゼロだ。諦めな」
「はー!?そんなのアリかよ!」
「アリだ」
何だこの茶番 と思いながらもさりげなくタメ口になっている事はつっこまないでおく。
「……分かったよ。貸一でいいんだろ?」
「分かればよろしい……コホン、そいつの名は──」
騎士団長が言いかけた瞬間、凄まじい爆発音と共に、王室の壁が破壊された。
「──っ!爆撃ぃ!!」
「総員構えろ!敵襲だ!!」
突然の事態に慌てふためく聖皇軍一同。なんだか歪な感じがする。
「……失敗したか。無様だな騎士団長よ。実力を見込んで傀儡にしなかっと言うのに、そのザマでは言い逃れできんぞ」
壊れた壁に巻き付く煙から一筋の声が聞こえる。
すると、突然耳が歯がゆいような感覚に襲われる。
「なんだ……この耳障りな音は……?」
マストルも同じことを考えていた。これはおそらく、この声が関係している。
「ちっ……野郎、監視をつけてやがったか……!」
舌打ちをかました騎士団長は、苦悶の表情を浮かべながら言う。
「……知ってる人なんですか?」
「ん?あぁ、本当なら心の底忘れたいが、忘れられん存在よ。あの忌々しい男の配下……」
あの男の配下。となれば、敵軍の勲位の高い人なのだろうか?何方にせよ只事ではないようだ。
「……早く逃げろ二人とも。これは俺たちの問題だ。お前らを巻き込む訳にはいかん……特にその女王とかな」
剣を取り出し、構えた騎士団長は急かすように言う。
「……只事ではないんですね?」
「あぁそうさ。一大事だ」
「……分かりました。行くぞマストル」
騎士団長の言うことは聞いておいた方がいい。そう判断した。
「お、おう……団長さん、頑張れよ」
「おう、マストル殿も達者でな」
その言葉を別れに、僕たちは作られた道を駆け、王宮からの脱出を試みる。
*
「……行ったか。中々いい筋のあるヤツらだったな。あわよくば仲間に……とも思ったが、叶わぬようだな」
「……騎士団長ともあろう者が敵に惚れ込むとは……志を捨てたか?」
煙から身を現した男は、ゆらりとした口調で言う。
「黙れ。基、お前らの支配下に置かれた地点で情の欠片も捨てたかと思っておったわ」
「……それはご愁傷さまな事だ」
互いに通じ合わない会話を終わらせた二人は、静かに武器に手を掛ける。
「珍しいな。貴様自らか戦うとは」
「……これも実験の一環だ。不適合対象のお前には戦闘経験用の実験台役が相応しい」
「へっ、言ってくれるじゃねぇか。こっちだって伊達に騎士団長やってるわけじゃねぇんだ……ここで決めさせてもらう」
「……いくらでもほざけばいい。実験台はいくら足掻こうが実験台だ」
互いに睨み合う二人は、その刹那、目にも止まらぬ速さでその場を駆けた。
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