八話【王国の危機】
「アルト。今日のおやつはなにかしら?」
「はい、エショデでございます」
僕は単調で答えた。あまりに気難しい言い方をすると、女王の機嫌を損ねかねないからだ。
今週だけでも、既に30人ほどが女王の機嫌による罪状でギロチンにかけられていた。死に行く罪人たちを見て女王は高笑いしていたが正直、全く笑えない話である。
僕が南雀の森を出て、女王直属の使用人となった日から既に、二年の時が流れていた。そのうちに起こった出来事として、まず、王都の主であるエドマスが亡くなったということだ。
食中毒によるものかと思われているが、僕はこの死の犯人を知っている。
そう、美音だ。
王妃となった彼女の性格は年々歪む傾向にあり、もはや、王宮内のものたちではどうしようもないほどまで進行してしまったと言う。
理由は憶測に過ぎないが、おそらく王からのちょっかいが煩わしがったのだろう。
美音は暗部の者たちに命令し、王の食事に毒を含ませ毒殺させたのだ。
一部の位の高い貴族達の中には、その事実に気づいているものも居たが、女王の権力を恐れ、それを黙殺していた。
それほどまでに女王の権力は偉大で、恐ろしいものであると、これ以上にないまでに実感させられた。
しかし、僕からすればどうでもいい話だ。|美音
《みおん》のそばにいる今が、一番幸せを実感出来る瞬間なのだから。
こうして使用人をしているのも、美音に怪しい輩が近づかないか見張りをするためだ。
美音は相も変わらず僕を気に入ってくれているから、多少不備を起こした程度では問題ない。しかし、何かと機嫌を損ねることがあれば、他が犠牲になりかねない。
自分のせいで他人に害が及ぶのは心苦しいところがあるので、そこら辺も気を使いながら過ごしていた。
「全く……最近は食料やら移民やら問題が多いせいか、会議がやけに多い。おかげで、疲労感がいつになってもとれん」
美音はそう言うと、大きく溜息をつき、脱力したように座り込んだ。
そんな顔じゃ、せっかくの美貌が台無しだよ と心の中で呟きながら、僕は王座の後ろに控えていた。
性格はやや歪んでしまったが、容姿はあの頃から少し大人びた美しい女性へと成長していた。
その姿は女王を語るに相応しいものだ。
言葉遣いもその地位に見合ったものに変貌しており、昔のお転婆で元気そのもののような面影は、もうなくなっていた。
しかしながら、この歳の子に政治を任せるのは国からしても、如何せん不安ではあった。
王権継承の日、生前の王が遺書に「王妃に国の権限の全てを引き継ぐ」と表記していたので、この国の全権は美音の手に渡った。
「……アルトはいいのぉ。妾は常に問題に追われているというのに、お主は呑気に掃除しているだけで良いとは」
「ははは……。さすが女王様です」
美音は肩を竦めて言う。
ちなみに、アルトというのは僕、歌絲の偽名である。
女王に接近するために職を得たのはよいものも、ここで女王が美音としての記憶を取り戻してしまえば、王政はたちまち崩れ、国は崩壊してしまうだろう。
今でこそ優秀な女王様の美音も、あの頃の幼さを取り戻してしまえば政治どころではない。
それだけは防がねばということで、エネットが事前に用意してくれたのである。
「ところで女王様。現国の戦線状況は非常に良好ですが、ノトス様が増援を要求する文書が届いております。どう致しますか?」
「構わないわ。今回の遠征は我が国にとって重要なもの、兵を惜しんでいる場合ではない。直ちに、城にいる兵を80万まで貸し与えよ」
「承知しました」
現在、この国は第六十五王都と領地を巡っての戦争を行っている。こちらの兵力は約220万、敵の兵力は約100万と、勢力はほぼ二倍でこちら側が有利といったところだ。
しかし、現地で兵を指揮している将軍、ノトス=ロズ=ヴァルトがさらなる援軍を要求してきたのだ。
明らかに過剰な要求に、僕は不信感を覚えていた。
しかし、女王の命令には逆らえないので、直ちに10万の兵を送るという文書を書き、軍事省に伝達の旨を伝えた。
だが、城の警備員の殆どが仕事に追われており、とても動ける状況ではなかった。そこで、その伝書を届ける早馬は僕がすることとなった。
「……酷い……」
馬術はエネットからある程度教わっていたので問題はなかったが、初めて見る戦場は想像を絶するものだった。
そこら中に死体が転がり、無惨な姿で放置されている。争う人々の悲鳴と雄叫びは、とても聞いていられるものではなかった。
その光景に吐き気を模様したが、早くこの伝書を持っていかなければ、あちら側も動くことは出来ない。
そう自分に言い聞かせながら、僕は戦場を駆け抜けた。
二時間ほど走り続けて、ようやく自陣の近くまで辿り着いた。その周りでは、一般兵たちが雑談をしながら警備を巡らせていた。
「いやぁ、楽だなぁ。見張ってるフリするだけで特別給貰えるなんてよ」
「おいおいしっかり仕事しないとダメだろ。ははははは」
笑いながら話す兵士たちに緊張感は感じられなかった。戦争中にこんな楽観的でいられるものだろうか?
「それにしても、なんで将軍はあんなこと言ってきたんだろな」
「確かに。仮にも戦争中だろ?戦場に駆り出されたにも関わらず、実際戦線に立っているのは突撃組だけだもんな」
「俺たち後攻め組は特にないなんてな。正直怖いくらいだぜ」
この会話には不自然さが詰まっていた。
戦術云々の話はまだ良いとして、異例の問題や、作戦の変更などは伝書を飛ばして、女王の許可を得る必要があるからだ。
表記のし忘れなのだろうか と思い、改めて自陣の門へと向かった。伝書を見せると門兵から許可がおり、中に入ることが出来た。
「ご苦労だったな、アルト殿」
「ノトス殿こそ、ご苦労様です」
僕と将軍は少しばかり面識があったので、話すのは容易だった。将軍は伝書を受け取ると、その返答を拝見していた。
だが、数秒ほどするとすぐに伝書を机に置き、僕に近づいてきた。
「いや早、本当にご苦労だった。ところで……アルト殿はここに来る道中、何か噂を聞いたりしなかったかい?」
その質問から圧を感じた。正確に言えば将軍からで、何かを隠しているような素振りだった。
「……何も」
ノトスは僕の返答を聞き、にこやかに笑った。
「そうかそうか、何も聞いていないか。なら、お帰りください。おい、そこの二人、アルト殿をお見送りしてしんぜよ」
二人の部下らしき男はノトスの言葉と共に僕の両腕を捕まえ、自陣の外へ連れ出した。
「てめぇも運がねぇな。女王直属の使用人のくせに今回の早馬に来ちまうとは」
「茶番はいい。早急に始末するぞ」
男らはそう言うと、僕に剣を向け、襲いかかってきた。
「お前!剣を習ったことはあるか!?」
「……ないですよっ!」
振り押される剣に負けじと受け身をとる。
「にしては中々だ!才能あるぞ!」
「っ……どうもご丁寧に……」
まずい。完全に腕で負けている。正確さも打ち込みの角度も、全ての技量、力量に置いて僕が劣っている。
「……しかし耐えるな。剣に置いて貴様は我々に劣っているはず……なのに斬れぬ」
「さぁ……どうしてでしょうね!」
横から迫る太刀を思いっきり弾く。
すると、男たちは一度身を引くように後退し、何かを話していた。これはチャンスなのか?
「今のうちに……」
「おい待て小僧!なんで俺らがお前を殺そうとしてるか知ってるか?」
逃げようとした先、一人の男が問いかけてくる。
「……知っていたら何だと言うんですか。まさか、何か心当たりでもあるのですか?」
その問いに対して強気に返した。わざわざ真面目に返す必要は無い。そう思っていた。
「……っはははは!こいつぁ傑作だな!」
しかし、男は僕の返しを聞いた途端、笑っていた。
「”心当たりがあるか”だって?大アリだよ!全部知ってるさ!!」
男らは再度剣を振りかし、襲ってくる。
「っ!重っ……」
先程より太刀が重い。受けきるので精一杯だ。
それなのに、男はそんなことお構い無しに殺しにくる。
「教えてやるぜ!何故俺らがお前を殺そうとしているかをな!」
どうせ嘘でも言うのだろう。
しかし、嬉々と叫ぶ男の言葉は、油断していた僕の絶望を炙り出すものに変貌した。
「お前たちは裏切られたんだよ!俺たちの将軍ノトス=ロズ=ヴァルト様と、今戦ってる敵国ノズマリアとの連合軍によ!」
「……は?」
意味が分からなかった。戦時中の敵国との連合軍?そんなの有り得るはずがない。
「……何かの冗談ですか?そんな下らない発言をするために、僕を襲ったとでも言うのですか……」
全力でその言葉を否定した。しかし、その抵抗は足掻きでしか無かった。
それは、男が告げた次の言葉で明らかとなった。
「なんでお前が早馬に来たか分かるか?そう、あれは王宮内にいる全兵士から裏切りの合図だ!!そろそろ、王宮は火に包まれ、女王はその放火犯としてでっち上げられるだろうよォ!」
「……!なんでそんな事っ……」
思わず手が止まりそうになった。これほどの事実を明かされた状態で、まともに戦えるわけが無い。
心が落ち着かない。一度撤退せねば。
「おいおい!逃げるのか!?」
「小僧とて手加減せん!逃がさんぞ!」
しかし、この二人の剣を捌きながら逃げるというのは非常に困難なものだ。
しかし、何かしら隙間はあるはずだ。そこを見つけられれば、この窮地を脱することができるはず。
「……お主、何を考えている?」
精鋭の一人が振るざまに問いかけてくる。
「……手の内は開かせませんので」
そこから僕たち三人は十分ほど打ち続けた。
こちらは数的不利なので疲労困憊としているが、糸口はどうにか見つけた。
二人の連携に生まれる一瞬の隙。左右後方から剣を振り下ろすタイミングが同時に重なった時に次への動作が遅れるのだ。
ここを叩けば、まだ逃げることは出来る。
「……まだなにか企んでおるか!」
「こっちの勝手でしょ!」
精鋭の男の剣が強く、重くなってくる。だが、それだけ感情任せということだ。
「……今だッ!」
感情に乗せられた男の剣を払うのは簡単だ。
その隙が現れた瞬間、僕は剣を振るフリの動作をすると、必死に伝達馬の元へ走った。
反応が遅れた二人は剣をしまい、慌てて僕を追ってきた。だが、その隙に出来た距離はあきらかなもので、何とか二人を撒くことに成功した。
「……フゥ、一難去ってまた一難って感じか」
先程の男の言葉を胸に押し込み、必死に馬を走らせた。美音が、王国がどうなっているのか、想像するのは容易だった。
「……行っちまったな。あの使用人」
「ああ、気の毒な事だ。現実を見せないために、折角ここで殺してやろうとしてたのにさ」
男らの顔は、先程の殺気に満ち溢れた顔つきではなくなっていた。
「……女王美音への謀反。これは草民全ての望んだ意思だ。俺らは悪いことはしてねぇよ」
「ああ、だからこそ俺はノトス様についてくぜ」
「同意見だ」
二人は拳を合わせると、その場に座り込んだ。決して許すことはできない。
全ては草民のためだ。二人は、そう心に誓っていた。
遠のいていく影は、そんなことも知らずにただ戦場を駆ける。
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