八十七話【万生状態】
振り下ろした剣の先、誰もがマストルの死を確信した。しかし───
ストンッ
爽快な音を立てて、アトラの剣は床に突き刺さった。
「──誰がお別れだって?誰がさよならだって?」
先程地に蹲ってたマストルは、いつの間にかアトラの後ろにたっていた。
「っ!いつの間に……!」
「……悪いな。お前の剣が遅すぎて殺しちまうとこだったぜ。あの時は少々油断したが、もう後戻りは出来ねぇ」
怒りがこもった笑みを浮かべたマストルは、瞬時にアトラの目の前に移動し言う。
「あの時だって……?」
「あぁ、あの時だ。今の俺とさっきの俺は違うからな」
「一体何が違うと……」
「解放したんだよ、アレを。いちいち深くは言わんがな」
マストルの口調から察するに、おそらく万生状態を解放したんだろう。
ついに本気……と言ったところだ。
「……どんな小細工を使ったのかは知りませんが、私の勝ちは揺るがせません。もう一度貴方を倒します……!」
「そう来るよな。でも、俺だって学習くらいはする……殺す気で行くから覚悟しろよ」
双方再び距離を取り、構える……訳ではなかった。構えたのはアトラだけだ。
「……?構えは取らないのですか?」
「本来俺は型とかそんなモンを使うタチではないからな。全力なら感覚重視派でね」
「……なるほど。では……行かせてもらう!」
構えを深く取り、アトラは目を瞑る。
「七抜刀法……乱舞!」
先程とは違う踏み込み……しかも速い!
「マストル!」
「……アルト、そんなに心配すんなよ」
アトラの鞘から剣が抜かれ、素早く加速する。剣の握り方を見るに、連撃。再生より早く斬り込む気だろう。
しかし、アトラの斬撃は全て”外れた”。
「……外れた?」
騎士団長が驚きの形相を浮かべる。
それほどまでに凄い型なのだろうか?
「……な、なぜ」
斬りこんだ先、剣を下ろしたアトラが騎士団長よりも驚きの形相で呟く。
「なぜです……?なぜバラバラになっていない?」
それは斬撃が外れたからだろう。
「俺は剣の扱いには慣れてるもんでね。全部躱しといたぜ」
笑って返すマストル。しかし、アトラは怒りの表情でそれに返す。
「ふざけないでください!僕は絶対に貴方を斬りました。刀身が肉を割いた感触……あれは避けられては感じられないものです。それを感じたということは……」
剣がマストルに当たった、とでも言うのだろうか。しかし、それは有り得ない。
現にマストルは平気だし、アトラの斬撃も全て見ていたが、マストルに切れ込みが入る瞬間は一度もなかった。
「一体、どんな小細工を使ったんですか……!」
「なんも?俺はただ避けただけよ。小細工は使ってない」
「嘘八丁な……当事者である僕は騙せませんよ!」
マストルは、やれやれ と言わんばかりに頭をかくと、面倒くさそうな感じで答えた。
「……これ以上の誤魔化しは効かないようだな。そうだよ。俺はお前の斬撃を受けた。思いっきりな」
マストルの思いがけない返答に、僕を含めたその場の全員が「えっ!?」と声を上げる。
「……やはりそうでしたか」
「そうでしたよ。んでもって、その攻撃は俺に通らなかった……そんだけよ」
「……それも嘘ですね?」
「何故?」
「僕の剣がその身体を割いた……しかも、今僕が使用した型は、仮にも我流最速の連撃の型……それに貴方の再生が追いつくはずがない」
その言葉には少し驚きだ。再生云々より、今までの型が我流だった、という事にだ。
しかし、マストルは表情一つ変えずその言い分を聞いている。
「僕が先程使用した”神成”は一撃で多量の面積を抉りとり、瞬時に致命傷や絶命を誘う技。ですが、切込みの速度がこの乱舞には劣ります。この意味が分かりますか?」
実際受けた訳では無いが、今の説明で理解した。それならアトラが理解不能になるのも納得だ。
しかし、それはマストルを理解していないという事にも繋がる一言だった。
「……へっ、そこまで理解してるなら答えを教えた方が早いな」
マストルは口元を歪ませ、悪役風に答える。
「お前の斬撃は通った。しかし、俺の再生がそれを上回った。それだけだ!」
僕を除いた誰もが、その言葉に耳を疑った。
「そんなわけありません!僕の話を聞いていましたか!?」
「じゃあお前も俺の話を聞いていないな……俺、さっきなんて言ったか覚えてるか?」
「え……?ええと……」
「”今の俺とさっきの俺は違うからな”、って言ったんだよ。ていうか、このやり取りさっきもしただろ」
「……それとこれになんの関係が──」
「俺の力は神経の異常性を特質として発揮するものだ。その恩恵で得られるものは危機察知能力や再生などの”生存”に特化したもの……即ち”進化”だ」
「……進化?」
「そうだ。だから、俺の体はお前の斬撃を上回るため……進化したんだ。だから今の俺にどんな速度で切り込んでも傷一つ残らない。音速だろうが光速だろうが、同じ事だ」
それを聞いて軽くショックを受けた。
ここまで強いとは思っていなかったので、置いてけぼりをな喰らった気分だ。
「……そ、そんな」
ああ、さっきまでやる気十分だったアトラの顔が絶望に染まってる。もう終わりだ。見るまでもない。
「分かってくれたようだな。なら、やることは決まったな」
勝負が決した所で、ふと美音へと視線を移した。
寝てる。相当暇だったのか、それとも気絶してるだけなのか、よく分からない。
まぁしかし、寝てくれてるなら運びやすい。これでスマートに脱出できる。
「マストル、早めに終わらせてくれよ」
「おう、分かってるさ……さてと」
肩を回しながらマストルはアトラに近づいていく。
「ここからが勝負どころだ。簡単に殺られてくれるなよ?」
本編読んでる方は気づいてる人もいると思いますが、本気状態→万生状態に改名してます。
いきなりですいません。一応過去回も修正してます。




