八十五話【賭け】
瞬きをした間の、ほんの一瞬の出来事だった。
気がつけば、マストルの片腕が飛ばされていた。
「うぉー!さすがアトラ副隊長!!」
周りから歓声が上がる。
おそるおそる雷鳴が走った方向、つまり、後ろを見る。
視線の先には、ゆっくりと刀から手を引くアトラの姿があった。
「ふぅ、一式もまだまだ……」
ため息をつきながら呟くアトラには余裕が見られた。
「うむ、勝負は決したかな?」
前線にたっていた男が腕を組みながら言う。
「まだです!まだ負けてません!」
「そんな訳あるかよ!見ろよ、お前の仲間をよぉ。右腕を抑えて動かないぞ!」
「そうだそうだ!大人しく諦めろ!」
「仲間が可哀想だぞ!」
集団のどこかから、僕の返答を否定する声が上がる。
可哀想なわけあるか。というか、これに負けたら結局殺されるから、どっちからと言うとそっちの方の方が可哀想だ。
しかし、この程度でマストルが負けるわけが無い。
「うぅ……腕がァ……」
マストルは尚右腕を抑えながら苦悶の呻き声を上げる。
しかしながら疑問だ。マストルはこんな攻撃では痛がったりしない。
マキ殴られた時にも一応体は形を保っていたし(一回だけ無理だったけど)、異形獣とだって肉弾戦でやり合っていた。
そんなマストルが、一端の剣士如きの剣に不覚を取られるはずがない。
「ぁああ……俺の……俺の……」
「お、ついに降参するに気なったか?最後まで言えよ」
マストルの呻き声にギャラリーが反応する。
「俺の……俺の……」
「ほらほら言え!言え!」
マストルはフッ、と笑い苦悶の表情を歪ませる。
「……勝ちだな」
「……は?」
突然のマストルの言葉に、アトラと、その他ギャラリー全員が静まり返った。
「だから言ってるだろ?俺の勝ちだって」
「……てめぇ、折角降参の機会を与えてやったのに、何ふざけたこと言ってやがる!」
まぁそうだろうな。マストルを知らない奴からすれば、これは無礼に当たるのだろう。
「は?おいおいおい、誰が降参するなんて言ったよ?まさか片腕飛ばされた程度でそれを判断したってのかい?安直だなぁ」
余裕の笑みを見せるマストルは、ため息をつきながらギャラリーに踵を返す。
「さてと、アルトもそろそろ疲れてきた頃だろ?アトラって奴の実力も把握したとこだし、終わらせようか」
マストルは飛んだ腕に視線をやる。
「こい、俺の右腕よ」
右腕がマストルの方向に向け動き出し、右腕に綺麗にはまった。
「うむ、我ながら完璧な再生能力だ。違和感ゼロ!」
「ふざけおって……」
ギャラリーからは不穏な雰囲気が流れ出す。それを見たマストルは笑い、もう一度体を反転させる。
「なぁそこの隊長さんとギャラリーの皆さん?」
「ん?なんだ」
「今から俺はアトラって奴を倒す」
突然何を言い出すかと思えば、今度は調子に乗り始めたようだ。
これだからあのバカは救えない。
「はぁ?ふざけんな」「調子こいんでんじゃねぇぞ!」「お前がアトラ副隊長を倒せるわけねぇだろ!」「早くやられちまえ!」
予想通り、マストルに向け罵声ややられちまえコールが飛び交う。
しかし、マストルはそれに屈せず続ける。
「まぁまぁ待て、気持ちは分からんでもないさ。俺はお前たちから見れば明らかに劣勢だもんな……だが、俺は今からアイツに勝つ」
「はぁ!?だから副隊長はやられないって──」
「そーこーでーだ。皆には俺が奴を倒すのに何秒掛かるかを予想して欲しい。何、余興のうちにも楽しさが必要だろう?俺はそれを提供してるだけさ」
完全に舐め腐っている。
「ちょっと待って下さい。失礼ながら、貴方が私を倒せるような実力を保持しているとは考えづらい」
後ろで話を聞いていたアトラが口を開く。そりゃそうだ。腕を取った相手がいきなり勝利宣言してから、あまつさえ賭けなんか始めるのだから。
仮に僕がマストルの相手をしていたら、呆れてものも言えなくなる。
「あぁそうですか。ならお言葉だが俺からも一言……お前は俺に勝てねぇよ」
「……なっ!」
「お前がさっき見せた一式は凄かった。だけど、見切れたからな。次は当たんねぇ」
まぁそうなるだろう。僕の突きを片指で止める実力があるマストルに見切れぬ剣など中々ない。
「三十秒」
突然、ギャラリーの中から声が上がる。
「へぇ……そんなんでいいの?もっと短くした方がいいかもよ」
「……構わん」
誰だろうか。この状況でマストルの賭けに乗るヤツがいたとは意外だ。
「ノームさん……」
アトラが呟く。
「ん?なんだって?」
「……いえ、なんでもないです。それより賭けは成立したんですよね?早く始めましょう」
マストルは再度、フッと笑い、構えをとる。
「オーケー……久しく見る強き者よ。俺を存分に楽しませろ!!」
マストルの言葉と共に、二人は再び睨み合う。
マストルの台詞にどっかで聞いたことがあるワードが混ざっていたが、まぁ気にしないでおこう。
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