八十二話【大至急】
あの日から一週間たった。僕は依然として王宮使用人としての日々を送っている。
あの日から色々と変わった事がある。
一つは、マキがヘヴン直属侍女として働くようになったこと。
そして一つは、僕がヘヴン直属から美音直属の使用人に配属が移ったことだ。
これは美音がヘヴンに持ちかけた話だが、ヘヴンはアッサリとそれを認証した。
その事実を聞いた時はショックだった。いや、美音のそばに常にいられることには嬉しいの限りだ。
これで堂々と寝顔を見られるのだから。
だけど、僕の心には何故か痛みが残っていた。
「どうしたんだよ。朝っぱらからそんな顔して」
「あ、おはようマストル。朝食は大丈夫だった?」
「何とかな……今日は一段と起きるのが遅くて、メイ様に殺されかけたぞ」
「あはは……お前はいつも通りだな」
「……」
「どうした?」
いつも通りのマストルなら、ここで「バカにするなよ」など返してくるはずだ。
しかし、今日は何故か黙り込んでいる。
「気分でも悪いの?医療室まで一緒に……」
「……お前、そんなに強がって何がしたいんだ?」
「……え?」
強がる?僕が?
「な、何を言ってんだよ。僕はいつも通りさ」
「お前の目の色が曇ってるのはいつも通りなのか?」
目の色が曇ってる?そんな事はないはずだ。今日はいつも通りの日常。何も気にする事なんてない。
「……お前さぁ、あの時メイ様の言う通りにして休んどけば良かったんだよ。ここ一週間のお前はお前じゃねぇ」
「そんな事……」
「ある。そうでなきゃ、俺もいちいちこんなこと言わねぇよ」
いつも通りじゃない?そんな訳ない。僕はいつも通りなんだ。いつも通りにするって……決めたから。
「……ほらな。どうせヘヴン様のこと考えてるんだろ。本来なら、お前は美音様の直属になれて嬉しいはずなんだ」
「……やめてくれ」
「じゃあ正直な答えを言ってみろよ」
「……僕は」
言いたいことは心の中に山ほどある。でも、それを口にすることはできない。
「はぁ……お前の本心は……惜しかったんだろ?あの日々が」
「……やめろ!」
「やめないね。お前の口から言うまで、俺は何度でも──」
「アルト!マストル!大変だ!」
大声で僕たちの名を呼びながら走ってくる影がある。
「おお……どうしたよ荒伽。お前が慌てるなんて珍しいじゃん」
「そんな事より……早くここから逃げるぞ!もうすぐここまで奴らが来てる!」
「……奴ら?誰だよ?」
「はぁ!?お前たち聞いてないのか!?敵国だよ!長年対立してきたノズマリアがついに攻め込んできたんだよ!」
「「!?」」
有り得ない。第六十五王都と第四十六王都が対立していたのは昔から変わらない。
しかし、第六十五王都が攻め込んできたのは前世で言うと約四年後の話だ。これは明らかに早すぎる。
「まじかよ……あの国の野郎、とっ捕まえてぶっ殺してやる!」
「よせ、マストル!お前が叶う敵じゃない!」
そうだ。前世での戦争では我国である第四十六王都は大敗している。
前世で聞いた”裏切られた”という言葉はあまり分からなかったが、おそらく国内に裏切り者がいるのだろう。
「そういう事だ。俺は女王様連れてくるから、お前らはヘヴン様を救出して来い!」
「おうよ!荒伽も気をつけてな。じゃあ行くぞ、アルト!モタモタしてると大変な事になっちまう!」
「あ、あぁ……」
とりあえずはそうだ。この戦争で一番あってはならないこと、それは美音が殺されてしまうことだ。
僕がそれを助けなければ、この人生に意味はない。
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