七十八話【終わらせない】
「()」を使ってる時は感性会話の時になります。
「歌絲さーん!」「アルトー!」
耳が痛くなるような声に誘われ、突然意識が戻ってきた。
薄らと見える二つの影から射す光が眩しい。
そして、やけに周りがうるさい。加えて頭も痛い。
「歌絲さーーん!起きてくださいッス!」
「アルトー!置いてくぞ!」
二人の声が重なるその時が一段とうるさい。今は気分が悪いから安静を取らせて欲しいのだが。
「ん〜」
結局、その声を止めるために返事をした。おそらく、この声はマキとマストルだろう。
「あ、起きましたね」
「そうですな。全く、これだからコイツは……」
返事したらしたで、今度は呆れの言葉が返ってきた。人を起こしといて酷いやつらだ。
「じゃあ、後はメイさんに連絡するだけッスね。私が行ってくるので、歌絲さんを連れてきてください」
「分かりました。じゃあ、まずはコイツをベットから下ろす事からだな……」
ん?ベットから下ろす?今僕はベットの上にいるのか?走行中ではなかったのか?
「よっと……ここは……?」
重い体を起こした先に広がる、懐かしい部屋の雰囲気と匂い。なんだか既視感がある。
「おー、やっと歩く気になったか。あの時はあんなに早かったくせに、なんで今になってこんなバテてるんだよ」
「……?」
状況が理解できない。そもそも、なんでベットの上にいるのかすら分かっていないのに、質問なんて論外だ。頭がさらにこんがらがる。
「なんだその顔。言っとくけど、覚えてねぇとは言わせねぇからな。一度ならず二度も俺を置いていくとは流石に思わなかったぞ」
一度置いていったのは覚えているが、二度目はよく分からない。もしかすれば、また気絶中に何かあったのかもしれない。
とりあえず、ここは誤魔化しの意味を込めて……
「……面白いこと言っていい?」
「……なんだよ」
「覚えてない」
マストルの返しに間髪入れず答える。一種の嫌がらせだ。
「はぁ……予想はしてたが、お前も悪になったなぁ」
「いいでしょ。これが僕の本性なんだよ」
「そのくせ、一人称僕か?可愛いことだなぁ」
「……殴っていい?」
「ほぉお?散々やってきたけど癖にその言い分か。随分と肝が据わってるな、アルト」
上等だ。喧嘩を売ったのは僕なのだから、あちらが買うなら受けて立つ。
いっその事、少し懲らしめてやるという手も……
「止めぬか!二人とも!」
バチバチと火花を散らす僕たちの間に、誰かが割って入ってきた。こんな時に一体誰だ?
声は高いのでおそらくマキだろう。全く、少しは空気を読んで欲しいものだ。
「ちょっと待ってくれ、マキ。僕たちは今から真剣勝負をしなければならな──」
「はーい、呼びましたか?」
マキに話しかけた途端、先程音源がした逆の方向にある窓からマキが顔をだした。
「え?マキ……なんでそこに?」
「美音さんが見つからなくって、外を探してたんスけど……あ」
マキは、「見つけたッス」と言いながら、僕の視線の逆の方向に指を指した。
そこは、先程マキの声がした場所だった。
しかし、マキは目の前にいる。
どういうことだ?
そう思い、おそるおそる後ろを振り向くと、真っ青な顔で佇むマストルと、むくれた表情の美音が立っていた。
「貴様!妾に指を指すとは何事か!死にたいようじゃな!」
マキに指をさされたことが気に入らないのか。美音は声を荒らげ、逆にマキに指を傾けた。
「いえぇ……別にそんなつもりは……」
突然死刑宣告をされたマキは、オドオドしながらかろうじて返事をした。しかし、それでは美音の怒りは収まらない。
「問答無用じゃ!マストル、無礼者を今すぐひっ捕らえよ!」
「……え?俺ですか?」
「当然じゃろう!お主以外に誰がおる?」
「お言葉ですが女王様……わたくしめにはそんな力はございませんと存じ上げますが……あの……」
「ええい!お主まで妾に反抗するのか!王宮に帰還したら死刑にしてやろうか!?」
「それだけはご勘弁をぉ……」
これはまずい。こうなっては、絶対誰か一人が犠牲になる。
このパターンを見るのはこれで十回目。だからこそ分かる。解決法が全くない。
これまで見た事例全てで、最大五人、最低でも一人が犠牲になっている。しかも、この事例には僕たちと同世代だった子供も含まれている。
つまり、年齢によるお情けなど通用しない。
「ぐぅうう……姉御……」
マストルは迷い、美音は怒り、マキは泣き目、もう正常な状態ではない。この場を打開する術が、全く思いつかない。
しかし、このまま黙って見ている訳にも行かない。こうなったら、手荒だが最終手段に出るしかない。
「(マストル!突っ込め!)」
感性会話を使う。上手くいくかは、これ次第だ。
「……え?今どこから……?」
「(いいから!次の合図をしたら、マキに向かって思いっきりだ!)」
最終手段。それは、”殺したフリ作戦”だ。
美音の怒りがマキに向いている以上、これだけは絶対に覆せない。
だから、ここでマストルにはマキを殺したフリをして貰い、マキにはマストルに殺されたフリをしてもらう。
完璧とは程遠いが、これしか方法はない。
「(マキ!死んだフリをしてくれ!)」
「(……!歌絲さんッスか……?)」
「(そうだ!理由は後で話すから、今からマストルが突っ込んでくる。それに合わせろ!)」
「(……え?でも、私手加減しきれないような気が……)」
手加減?死んだフリに手加減とかあるのだろうか?いや、それはさて置きだ。
「(……とりあえず、やらないとマキが死刑になるんだ!大丈夫。これが上手く行けばマキは助かる!)」
「(……分かったッス。頑張ってみるッス)」
マストルは理解出来ているか分からない。しかし、これだけは成功させる。
合図のタイミングは、次、美音が声を上げた瞬間だ。
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